彼女の秘密
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つけっぱなしのテレビが正午を知らせた。
ニュース番組のアナウンサーが深刻そうな声で読み上げるニュースが気になり視線を向ければ、米花町と杯戸町で強盗や空き巣が多発しているという内容だった。
この近辺ではどちらもよく聞く話だが、一週間の間に8件もあれば話が変わってくる。日を分けて2回侵入された家もあるらしい。なんて物騒な。
アナウンサーが被害住宅の位置を地図の上に記して、それぞれの家の特徴や被害の時間を説明していく。
被害時間はどれも昼間。白昼堂々、人の有無関係なく、派手に窓ガラスを割って侵入。被害者によると目出し帽を被った男一人の犯行。マスクにサングラス、フードを被っていた日もあるようだ。目出し帽の方が視界が広くて楽だろうに、なんでわざわざそんなことを、と思ったのは彼女だけではなかったようで、コメンテーターも不思議がっていた。
だが、心のどこかで自分は関係ないと思っていた。
いくら近所で発生してるとはいえ、ここは米花町。犯罪率日本一の名は伊達ではない。毎日どこかで人が亡くなっている。だがそれも、自分の知り合いが被害に遭わなければ対岸の火事も同然。「ふーん」で終わる。
故にラウラは、知り合いが被害に遭ったわけでもないため、所詮他人事だと思っていたのだ。
───次のニュースです。
ニュースが切り替わったタイミングでラウラは昼食を作るために立ち上がった。
冷蔵庫の中身を確認しつつ頭の中でメニューを練る。
今日は猛暑日と呼ばれる日で、言わずもがな非常に暑い。冷房の効いた部屋にいるとしても何となく冷たいものが食べたくなるのは自然なことだった。
「冷たい蕎麦にしよーっと」
誰かが返してくれるわけではないが口に出しながら湯を沸かすために片手鍋に水を入れた。
湯が沸くまでの間に蕎麦を出し、トッピングの海苔やネギを用意する。
気付けばグツグツしている湯に、蕎麦を入れようとした時だった。
「ウ"ウ"ゥゥゥ……」
「……バディ? どうしたの?」
何かに気付いたバディが、全身の毛を逆立てて唸っている。牙とも呼べる鋭く尖った歯を剥き出しにして威嚇する姿に、これは只事ではないと脳内に警鐘が鳴り響いた。
ガッシャァァァァン!!
「きゃあっ!!」
大きな音を立てて割られたリビングの窓ガラス。レースカーテンの隙間からガラスの破片が床に飛び散る。今まで聞いたことないくらいバディが激しく吠えていると、窓辺に誰かの足が見えた。
よっこいしょ、なんて言いながら逃げる素振りもなく侵入してきた見知らぬ男。目出し帽に黒いリュック、そして手には包丁。
いかにも強盗犯ですという格好に、先程見たばかりのニュースがラウラの脳裏をよぎった。
( うそ、強盗… )
そう認識してもパニックを起こしているのか、身体はピクリともしない。ただ目を見開いて男を見ることしか出来ない。
「おー、
目出し帽の下でニヤニヤしているのがラウラにもわかった。粘っこい声が生理的な拒絶反応を起こし、勝手に鳥肌が立つ。
一歩ずつ確実に近付いてくる男に何も出来ない。頭が真っ白で何も考えられない。ソファの横を通り、ラウラに近付いてくる。
そんな時、勇敢に立ち向かう影があった。
「ギャオォォン!!!」
「いってぇぇぇぇ!!!」
「──ッ!! バディ!!」
飼い犬だとしても、本気で噛みつけば爪も割れるし、皮膚にも穴があく。要はものすごく痛い。
文字通り飛び上がった男は、顎の力だけで腕から離れないバディをなんとかしようともがいている。
そんなバディの勇敢さに我に返ったラウラは、グツグツと煮えたぎる湯の入った片手鍋を持ち上げた。
「バディ!! こっちおいで!!!」
「ワンッ!」
非常事態でもラウラの意思をしっかりと汲み取ったバディは、あっさりと男から離れると彼女のすぐ後ろにやってきた。
「これでも、…くらえっっ!!!」
ラウラは両手で持ち手を掴み、助走をつけて思いっきり湯を男にぶちまけた。
「ギィヤァァーーー!!!」
「あつっ!」
余波が自分にも少しかかり、思わず小さな悲鳴をあげた。だが命には替えられない。
男が熱湯を身体の正面からかぶって苦しんでいるのをいいことに、ラウラはバディを連れて着の身着のまま家から飛び出した。
太陽で熱せられたアスファルトが信じられないほど熱く、一歩踏み出すごとに彼女の足の裏を焼く。だが彼女にそれを気にしている余裕はない。
誰かに助けを求めようとしたとき、ラウラの頭に真っ先に浮かんだ顔はすぐ隣の阿笠でも灰原でもなく、彼だった。
「っ昴さん!! 助けて!!! 昴さん!!」
工藤家の門を乱暴に開け放ち、ドアをドンドンと叩きながら叫ぶ。インターフォンを鳴らしている余裕があるわけがない。バディが大声で吠える。
はやく、はやく
後ろを確認しても男の姿はなく、それが一層不気味だった。今どこにいるのかもわからず、辺りを警戒する。
これだけ叫んでも物音一つしない工藤邸に、沖矢が不在の可能性を考えていなかったラウラは頭が真っ白になった。
今から別の場所に逃げようと踵を返せば、門に男がいた。目出し帽は外され、熱湯で火傷して真っ赤になった顔が露わになっている。
そこに浮かぶのは、怒気。
男は青筋を立てて、唾を飛ばしながら叫んだ。
「……やってくれるじゃねェか、このクソアマがっ!!」
バディがラウラを守るように勇敢に立ちはだかる。
相手は包丁を持っている。
ラウラは丸腰だ。
彼女は蘭のように空手の関東大会で優勝したこともなければ、護身術を持っているわけでもない。ただの一般人だ。
( あぁ、もう無理…逃げられない )
彼女が諦めかけていたとき、動かなかった扉がガチャッという音を立てて開いた。
「……え、」
「どうかしましたか?」
顔を覗かせたのは、もちろん沖矢。
ラウラは藁にもすがる思いで彼の胸を叩いた。
「っ昴さん、助けて!!!」
「……なるほど。ラウラさん、中へ。」
包丁を持つ男を見て状況を察した沖矢はすぐに外に出てラウラを背中に庇った。そして膝を軽く曲げて右足を一歩引き、截拳道の構えをして男に向き直った。
だが、相手は刃物を持っている。
「昴さん!」
「大丈夫だ。…君には指ひとつ触れさせやしない。」
チラリと視線を向けながら言われた言葉に、ラウラがどれだけ安心したか、沖矢は知らない。
大きな背中がひどく眩しく見えた。
「へっ、丸腰で何が出来る!!」
そう言って包丁を振り上げた男の手首に、容赦ない手刀が入った。
痛みで包丁を落とした男の腹にドスッと重たい音で拳が入ると、男は力なく地に伏した。沖矢は男の両手を背中で一纏めにしたまま、起き上がることができないように膝を背中に乗せる。
ラウラは、丸腰でも強盗を制圧できることを知った。
「なんじゃこれは!! 一体どういうことじゃ!?」
「あぁ、阿笠さん、ちょうどいいところに。何か紐かガムテープをいただけますか?」
「ちょっと待っとれ! すぐに取ってくる!!」
騒ぎを聞きつけてやって来た阿笠に手早く指示を出した沖矢は、FBI捜査官なだけあって場慣れしている。
既に意識がない男をガムテープでぐるぐる巻きにしてから沖矢はようやく男の上から身体を退かした。
命の危機を完全に脱した。
極度の緊張状態だったラウラは、今まで堰き止めていたものが溢れ出していた。その想いのまま沖矢の胸に飛び込んだ。
「おっと、」
「……っ、こわ、かった…っ!!」
沖矢は戸惑いつつ、飛び込んできた彼女の背中に手を回して抱き締める。
大きな胸に包まれたラウラがムスクと煙草の香りを吸い込めば、なぜかわからないがさらに涙が溢れた。力が抜けてそのままズルズルと座り込む。
「もう大丈夫だ。安心していい。」
そう言って頭を撫でる手は驚くほど優しい。心から安心したラウラはそれまでの恐怖から解放され、声をあげて泣いた。
「ぐずっ…すいません、泣いてしまって……」
「いえ、構いませんよ。強盗に襲われたのですから仕方ありません。」
ひとしきり泣いてすっきりしたラウラは、27歳にもなって人様の胸で大泣きした事実に消えてしまいたくなっていた。
「ワンッ」
ハァハァと興奮したように荒い息を吐く口の周りには男に噛み付いた時についたと思われる血がついている。バディも一生懸命闘ったのだ。
「バディ、ありがとう。…バディがいなかったら、絶対やられてた。いっぱい噛みついてくれてありがとうね。」
またポロポロと流れる涙に「泣かないで」と言うように鼻を鳴らしているのが、先程の勇敢なバディと似つかなくて笑いが溢れた。
「警察には阿笠さんが通報してくれましたし、ラウラさんは一度中に入りましょうか。流石にその格好で人前に出るわけにもいきませんし。」
「…すいません」
沖矢に言われて下を見れば、ブルーのタンクトップにブラックのフィットネスショートパンツという格好が目に入った。大変露出が多い。だが夏の部屋着は大体皆こんなものだろう。
着の身着のまま飛び出してきたのだから仕方がない。
このまま炎天下にいるのは別の意味で危険だ。だからラウラは彼の指示通りにしようとした。
「い"っ!!」
が、足に力を入れた瞬間、足の裏に痛みが走り全身が固まった。沖矢が驚いたような顔をしている。
「どうしました?」
「……足の裏が、痛くて、、、」
沖矢はシンデレラにガラスの靴を履かせる王子様のように跪いて彼女の足の裏を見た。
ラウラは片足を持ち上げられたためバランスが取りにくく、咄嗟に沖矢の肩に手をつく。
「真っ赤になっています。軽い火傷ですね。50度にもなるアスファルトの上を裸足で歩けばそうなりますよ。すぐに冷やしましょう。」
「え、あ、ちょっ!」
流れるように膝裏と背中に手を入れられて持ち上げられた。落とされないか怖くなり咄嗟に首に腕を回す。そうすると必然的に沖矢の顔が近くなり、顔が熱を持った。
沖矢は真っ直ぐ風呂場に向かった。そしてラウラをバスチェアにそっと座らせると、シャワーから真水を出した。
「あてますね」
「はい…つめたっ」
「しばらくこのまま冷やし続けてください。冷えてしまうので…そうですね、これでも着ていてください」
そう言うと沖矢は着ていたカーディガンを脱いでラウラの肩にかけた。先日一緒にショッピング行った時に購入したサーモンピンクのサマーカーディガンである。いまの今まで沖矢が着ていたため彼の香りと温もりが残っている。
「ありがとうございます……いろいろ、助けていただいて。」
「いえいえ、ラウラさんが無事でよかったです。本当に。」
「まさか襲われると思わなくて、正直何が何だか…」
本来なら今頃蕎麦を食べてまったりしていたはずなのだ。なぜこんなことになっているのだろうと思っても、悪いのは犯人でラウラのせいではない。
阿笠の呼んだ警察が到着したのか、表の方が騒がしくなってきた。
「ちょっと様子を見て来ますね」
「あ、私も、」
「ラウラさんはそのままで。」
「…はい。」
全てを言いきる前にオリーブグリーンの鋭い目で釘を刺されて、ラウラは頭を上下に振ることしか出来なかった。
「………思いっきり目開けてたけど、隠す気あるの……?」
ラウラは沖矢が去っていった風呂場でそう呟いた。
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