彼の秘密
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それからというもの、ラウラは沖矢が運転する車でスーパーに向かっていた。有希子は片付けがあるからと家に残った。ラウラと沖矢を二人きりにさせるために気を遣ったのだろうが、余計なお世話である。
乗っているうちにラウラは違和感に気付いた。
「右ハンドル慣れていないんですか?」
「……よく分かりましたね。前に乗っていた車が左ハンドルでして。それにアメリカにいた時間の方が長いので、右ハンドルにまだ慣れていないんです。」
「わかりますよ、私も同じでしたから。」
まっすぐ走っているつもりでもセンターライン寄りになるのだ。意識して左側に寄っても気を抜けばまたセンターライン寄りになってしまう。また右折する時のタイミングが少しだけ早く、逆に左折する時は少しだけ遅い。
「アメリカにいたんですね。私も7年前までアメリカに住んでいましたよ」
「そうなんですね。……ラウラさんはハーフでしょうか?」
「ハーフでもあり、クオーターでもあるんです。父がドイツ人で、母がイタリアと日本のハーフなので。……あ、そこを右に曲がってください」
「了解。……へぇ、それはすごい。珍しいですね。ご職業は何を?」
次々と質問されて、まるで尋問である。
「デザイナーと、時々モデルもしています」
「デザイナーとモデルさんでしたか。……もしよろしければ、私の服を見繕っていただけませんか?」
「…え?」
なぜそうなるのか本気でわからなかったラウラは取り繕うのも忘れて返事をした。ハンドルを握る沖矢を見上げれば、意外と睫毛が長いことを知る。
「というのも、持っていた服は全て灰になってしまいましたし、お恥ずかしい話センスがなくてですね。どんな服を選べばいいかわからな……」
「そんな良い身体しているのに、なんてもったいない!!!」
「……ん?」
「あ、」
心の声に留めておくつもりが、思いっきり声に出ている。おかげで沖矢も先程のラウラ同様、取り繕うのを忘れて素で返事をしてしまった。まだ声が沖矢であるからセーフだろう。
「ふっ……良い身体、ですか。」
「す、すいません! 男の人に言うようなことじゃないですよね!!」
「いえいえ、構いませんよ。貴女のような美しい方にそう言っていただけると嬉しいです」
気取ったような感じではなく、さらりと褒めるこの男は慣れている。反応の仕方が大人なのだ。言動から滲み出す大人の魅力。
実際は大学院生という一応学生に分類される化けの皮を被った32歳。立派な大人であるから当然だ。
「では後日また日を改めて。」
「えぇ、そうですね。」
「予定を立てたいので、連絡先を教えていただいても?」
赤信号で車を停めた沖矢は赤いケースのスマホを取り出してラウラに寄せた。ラウラもショルダーバッグからスマホを出し、大抵の人がインストールしているであろう緑のアイコンのトークIDを交換した。沖矢のトップ画像は今乗っている車の写真。
「赤がお好きなんですか?」
「えぇ、まぁ。馴染み深くて。…おや、ボーダーコリーですか」
ラウラのアイコンはバディとのツーショットである。口を開けてベロを出しているバディはまるで笑っているように見える。そんなバディに抱き着いているラウラも笑顔で、とてもいい写真だ。
「えぇ、飼ってるんです。とっても頭が良いんですよ」
テッシュ、と言えば持って来てくれるし、一度通った道は忘れない。不審者を撃退してくれたこともある。いかにバディが賢い犬であるかを力説していればスーパーに到着した。
車を降りて、二人で並んで歩く。どちらも背が高いからか非常に目立っている。
「何を作る予定ですか?」
「昴さんは本当に初心者なので、簡単なのは煮込み料理だと思うんです。切って煮込めば出来上がりますから。…なので、肉じゃがです!」
ラウラはじゃがいもの袋を手に取ってにっこり笑った。肉じゃがなら分量や煮込み時間を間違えない限り失敗しない……はずだ。
そして使う野菜がじゃがいもはもちろん、玉ねぎとにんじん。あとインゲンかサヤエンドウ。後の二つは置いておくとして、前の三つは野菜の代表格とも言える。ピーマンがないのが残念だが、それはまた後日。
「肉じゃが……いいですね。」
沖矢は顎に手を当てて頷いた。
肉じゃがが出来るようになれば、カレーとシチューを習得したも同然。この三つは途中の工程と材料が違うだけで、基本的な流れは同じなのだ。
「じゃあ煮込み料理なので、じゃがいもは男爵じゃなくてメークインで……」
「じゃがいもに種類があるんですか?」
「………えっと、はい。」
まさかそこからだとは思っていなかったラウラは面を食らった。
それから、スーパーのお野菜コーナーにてありがた〜いお野菜教室が始まった。もちろん講師はラウラ、生徒は沖矢の個別指導だ。
「こっちの男爵いもはコロッケやふかし芋に向いています。メークインは煮崩れしにくいので、肉じゃがとかカレーとか、昴さんが作ろうとしている煮込み料理に向いています。」
「なるほど……男爵いもで煮込み料理をするとどうなるんですか?」
「煮崩れる前ならいいですけど、ちょっと長く煮込むと溶けます。」
「………溶ける? じゃがいもが?」
沖矢は糸目にするのを忘れて聞き返した。じゃがいもというかたいものが溶けるのが、それほど信じられなかったのだ。残念だがそれが現実である。
日常的に料理をする者なら一度はやったことがあるだろう。うっかり煮込みすぎて原型がなくなったじゃがいも。少しでもカケラが残っているならまだいい。一番嫌なのは全部溶けて汁と一体化してしまったタイプだ。シチューなどのルーごと食べる料理ならいいが、肉じゃがでそれをやると主役の一人が消えて悲しい肉じゃがになる。
「じゃあわかりました昴さん! そんな昴さんのために、バラで一個だけ男爵を買いましょう! 一緒に煮込めば違いがわかると思います!」
「いいですね。そうしましょう。」
意外と沖矢も乗り気である。
思いの外楽しい買い出しの時間が過ぎるのは早く、気付けば17時を回っていた。
ラウラは一度帰宅してバディの散歩に行った後、今度はバディも連れて工藤邸を訪れた。
「バディくん久しぶり〜! 相変わらず可愛いわねぇ♡」
久しぶりに有希子に会えたのが嬉しいのか、バディの尻尾が止まらない。一方で初対面の沖矢にはしつこいほど匂いを嗅いでる。膝の辺りの匂いを嗅ぎ、差し出された手をこれでもかというほどクンクンする。やがて認めたのか普通に頭を撫でさせていた。
落ち着いた頃、ラウラと沖矢はキッチンに並んだ。
有希子から借りたであろうフリフリのエプロンが沖矢の鍛えられた身体を飾っている。フリルの肩紐から信じられないほど肩が飛び出している。そのあまりの似合わなさに、真面目に話そうとしても笑ってしまいそうになる。
ラウラは意識して顔を引き締めてから話し始めた。
「まず、じゃがいもの皮を剥きます。私は包丁で剥けますが、昴さんはピーラーで剥きましょうね。」
「はい。」
良い返事とともに構えられたピーラーとじゃがいもに、驚いたラウラの目が点になった。
「待って待って待って!! それだと指切るから!!」
沖矢は左利きのためじゃがいもを右手、ピーラーを左手に持っている。手が大きいからか、じゃがいもを持っても余りある指がピーラーの進行方向に思いっきり出ている。これでは絶対に指を切る。
ラウラは沖矢の手を持って正しい構えに修正した。手全体で持つと先程と同じことになるため、指だけで持つイメージだ。
気を取り直してもう一度。
「ホォー……」
「ぶっっ」
一度剥いて「なるほど……」という雰囲気を出している沖矢に耐えきれず、ラウラは吹き出した。料理初心者に教えることは大変だが、非常に面白い。
ピーラーの角にある突起で芽を取り除くことを教えて、ようやく一個剥き終わった。ちなみにあと四個ある。がんばれ。
「にんじんは皮に栄養がいっぱいあるので、剥かずにきちんと洗って一口サイズに切ります。」
「わかりました」
ラウラはそのぎこちない包丁さばきにきゅんとした。大きな男の人がちまちまと具材を切っている姿が可愛いのだ。一応猫の手は知っているらしい。
にしても一口サイズが大きい。これは沖矢の一口であって、ラウラや有希子の一口ではない。
「火が通りやすいようにしたいので、もう少し小さくても大丈夫ですよ」
「これくらいでしょうか?」
「あ、いいですね! その調子です!」
次は玉ねぎである。買ったばかりで常温のため目が痛くなりそうだ。ラウラは慣れているため微塵切りにしない限り沁みることはないが、慣れてない人は本当に辛い。本気で目が開かなくなる。
ラウラは皮を剥いた玉ねぎを見本として二回ほど切った。玉ねぎは切る向きが大切なことを忘れずに伝える。
すると沖矢はじゃがいもとにんじんを切って慣れたのか、自分でサクサク切り始めた。
さぁ、ここからがお楽しみである。
「……ッ!?」
( あ、きたきた )
きっと、いや絶対。自分は細目だから玉ねぎを切っても目に沁みないと思ったのだろう。あまい。玉ねぎはそんな優しいものではない。
確かに目を開けている方が沁みるが、だからと言って閉じていれば沁みないというわけではない。
良い反応をした沖矢が面白くて仕方がない。
「ふふっ、目に沁みました??」
「えぇ。おかしいですね、目は閉じていたのですが……」
沖矢は心底不思議そうだ。それがまたラウラの笑いを誘う。
「あっはは、鼻からもくるんですよ」
「鼻から、ですか? なぜ、………なるほど。そういうことですか。」
「え、すごい。わかったんですか?」
「えぇ、この目頭にある穴、涙点は鼻と繋がっています。なので目を閉じていても鼻呼吸していれば目に沁みてしまう、ということですね」
なぜそんなこと知っているのか不思議だが、まずはその辛そうな顔をなんとかして欲しい。ラウラが背伸びして彼の目をよく見れば、白目が真っ赤になっていた。そしてやはり綺麗なグリーンアイだ。ラウラはその色に既視感を感じた。
「ッ!! ……目を洗って来ます。」
「いってらっしゃーい」
ハッと急に離れた沖矢にラウラも驚きつつ、足早にキッチンから洗面所に向かう彼を見送った。
すぐに戻って来た沖矢は再び包丁を持ち、大きく息を吸ってから玉ねぎを切り始めた。一度痛い目に遭うとそうなる。
「できました。」
「お疲れさまでした。それでは、お鍋を熱してから油を入れて、お肉から焼きましょう!」
「わかりました」
その後は特に大きなトラブルもなく進んでいった。
最初はどうなるかと思ったが、ちゃんと美味しい肉じゃがが出来上がった。肉じゃがの横には、これまた一緒に作った豆腐と長ネギの味噌汁とラウラが常備菜として作ったひじき。一汁三菜とまではいかないが十分である。
沖矢は初めて自分で作った料理に感動しているのか、椅子に座ってジッと料理を見つめている。
「あら〜♡ 美味しそうじゃない!」
「ラウラさんに教えていただいて、なんとか作ることができました。」
「一人で出来そうですか?」
「そうですね……肉じゃがくらいならなんとか。また教えていただけますか?」
「もちろん! 私も楽しかったです!」
三人で食卓を囲む。一人暮らしで、こうやって誰かと食事を共にすることが少ないラウラにとっては貴重な時間。他愛のない話すら楽しく、両親がいた頃を思い出して懐かしくなった。
食べ進めていくと、煮崩れて小さくなったじゃがいもが出てきた。ラウラはしっかりと形が残っているメークインに比べ、柔らかくなっているそれを崩さないように箸で持ち上げて沖矢に見せる。
「昴さん、これが男爵いもです」
「……ホォー、確かに崩れていますね。なるほど…」
「なぁに? 男爵いもが煮崩れしやすいってことかしら?」
「昴さんが信じてないみたいだったから。」
「じゃがいもという硬いものが煮崩れするのが不思議でしてね…」
「あっははははは!!」
沖矢の答えに有希子は腹を抱えて笑う。だからラウラは、沖矢がいかに料理初心者だったかを有希子に教えた。
スーパーの野菜コーナーでお野菜講座が開かれたこと、ピーラーで剥く時の手の持ち方が危なかったこと、玉ねぎで目を真っ赤にしていたこと。
時々沖矢が「あれは、」と反論してくるため尚更面白い。
有希子は目尻に浮かんだ涙を拭いながら口を開いた。
「仲良くなれそうでよかったわ。」
「「……」」
二人は顔を見合わせてだんまりを決め込んだ。言われて気付いたが、今日初めて会った人に随分と気を許してしまっている。
いつもはもっと警戒心を持っているのに。
有希子の紹介だからだ、とラウラは自分に言い聞かせる。
「二人とも一人暮らしだし、家も近いし、困ったことがあったら助け合っていくのよ? 昴くん、ラウラちゃんのこと、よろしくね? この子、私の友達の娘なの。私としては昴くんならお嫁にあげてもいいわ。」
「ちょっと有希子さん、私は結婚する予定ないよ」
「あら、天国の二人に孫の顔を見せてあげないの??」
「う、それは……」
確かに、ラウラも両親には孫の顔を見せてあげたいと思っている。だがそこに至るまでのハードルが高すぎるのだ。結婚、の前に、恋人をつくるのが大変だ。
「まぁ、私としては構いませんけどね。」
「えっ、」
「きゃーーーー!!! 昴くんったらイッケメン!!!」
こうなってしまった有希子は止められない。
マシンガンのように話し出す有希子の言葉を右から左に流しながら、ラウラは残っていた味噌汁を口に含んだ。
