吾輩とサトル



吾輩は猫である。

身体は真っ白な毛で覆われ、耳と尻尾の先だけ薄いグレーで色付いている。所謂長毛種と呼ばれる猫である。
目の色は煌めきを放つあお。どこまでも吸い込まれそうな色である。
身体の色も、目の色も。吾輩の大好きな飼い主と同じ色だ。吾輩はこの色が大好きでお気に入りである。

そして顔の造形も最高なパーツが最高な位置に置かれている。つまりはベリーベリーキュートソーマッチな顔立ちである。サトルはよく「語彙力の欠如!」と叫んでいる。だが吾輩からすると充分語彙力がある。

「マジでさー、ベリーベリースーパーウルトラエクレセントアメージングアンビリーバブルインクレディブルファンタスティックなキュートさ。ヤバ。」

意味がわからないが、言いたいことは伝わる。つまりは吾輩がキュートすぎてどうしたらいいかわからない、ということだ。
確かに吾輩はキュートだ。サトルに迎えられてから鏡というもので吾輩を見た時、あまりのキュートさに恐れ慄いて腰が抜けた。それくらい吾輩はキュートなのだ。




吾輩は猫である。

手足には、ぷにぷにの肉球と普段は隠している爪がある。爪を出すことは滅多にない。

この前爪を出したのは、出張から帰ってきたサトルが吾輩によく似たぬいぐるみを買ってきた時だ。吾輩だけに飽き足らず、新しい猫を買ってくるとはどういうことだ。
爪を立ててぬいぐるみに噛み付く吾輩に自分が失敗したことを悟ったのか、サトルは「ごめんごめん」と言いながら名前を呼んではいけない例のアレをくれた。

サトルの手に前足を置いて食べる例のアレは格別ぞ。正式名称で呼ぶと吾輩の目の色が変わるからか、例のアレとしか呼ばれなくなったが、頭の良い吾輩は例のアレが名前を呼んではいけない例のアレということくらいわかっている。

「ンミャンミャンミャ」

あまりの美味しさに口から音が漏れ出る。一生懸命に食べる吾輩を見てサトルが喜ぶから、吾輩は少し大袈裟にンミャンミャ言いながら食べるのだ。ンミャンミャ。




吾輩は猫である。名をシュガーという。

真っ白な毛と飼い主にとってなくてはならない栄養分が由来だ。だから吾輩もサトルにとってはなくてはならない存在なのだと、力説されたことがある。
では吾輩にとってなくてはならない栄養分はサトルだから、サトルのことをサトルと名付けよう。……ん? サトルはサトルだから、名をサトルというのか? 吾輩は猫ゆえ、難しいことは考えられぬ。だがひとつわかるのは、吾輩にとってなくてはならない栄養分はサトルということだ。


シュガーがいなくなったら生きていけないと豪語するほど、サトルにとって吾輩は大切な存在なのだ。吾輩もサトルがいなくなったら生きてはゆけぬ。
つまりは、吾輩がいる限りサトルは生きているということである。そしてサトルがいる限り吾輩は生きているということである。そういうことなら、頑張って長生きしてあげなくもない。




吾輩は少し変わった猫である。

生まれ落ちてしばらくしてから、吾輩は吾輩が異端であることに気付いた。
他のものどもは口を開けば「おなかすいた」と「あそぼう」だけで、吾輩のように知的な猫はいない。

吾輩は白く長い毛と碧目が特徴のラグドールという種類の猫である。吾輩はその中でも稀に見る真っ白な毛と耳と尻尾のワンポイント、そして美しい碧目で買いたいと思う人間が多かった。だが、時折縄張りに侵入してくる気持ち悪い化け物を身体にいっぱいつけた人間に買われたくはなかった。
だから吾輩は、吾輩の中にあるエネルギーを人間にぶつけて買われることを阻止してきた。お前なんぞに買われてたまるか。

ある日、感じたことのないエネルギーを自慢の長いヒゲが察知した。透き通っていて、清々しくて、浄らかで美しいもの。何かはわからなかったが、吾輩はこれに買われたいと思った。ずっと一緒にいたいと思ったのだ。
吾輩は今まで人間どもを追いやったのとは違う、遊びに誘うような優しいエネルギーをそれに投げかけた。一緒にいたい、吾輩を買ってくれ、と。
そして目の前にやってきたサトルは吾輩を見て驚いたように眼を丸くしてから、一言だけ言ったのだ。

「この子、もらうわ」

吾輩は嬉しかった。こんなにも運命的な出逢いが他にあるはずがない。吾輩とよく似た色を纏う飼い主は、誰よりも輝いていた。

あれよあれよという間にサトルに迎えられた吾輩は、世界で一番幸せな猫である。


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