吾輩とサトル




サトルは任務が嫌いである。

よく行きたくないとぐずっている。吾輩はサトルと二人きりになれるからそんなに嫌いではない。そう思っていることを知られたら毛並みぐちゃぐちゃの刑に処されるから言わないが。

呪霊を祓うこと自体は嫌いではないようだ。では何が嫌なのかというと、移動時間が苦痛らしい。これには吾輩も同意して頷いた。いくら寝ていても移動時間は苦痛である。それが毎日。嫌になって吾輩の自慢の髭が一本か二本抜けてしまいそうだ。




サトルは腐ったみかんが嫌いである。

みかんを箱買いしていたことを忘れて、大変なことになったのは記憶に新しい。
なんか変な匂いがして、匂いの元を探したのだ。そうして発見した箱はサトルの手によって開けられたが、それはもうすごかった。あまりの恐ろしさに吾輩とサトルは互いを抱き締めあったほどだ。

ドロドロに崩れた灰色のナニカ。それの近くにあったみかんも同じように灰色と白で汚れ、この世のものとは思えない匂いを放っていた。思い出すだけで鼻の奥がムズムズしてくる。


だから吾輩は、サトルにそう言われた時に耳が頭から離れてしまいそうなくらい驚いたのだ。

「腐ったみかんどもに呼ばれたからちょっと行ってくるわー」
「!?」

く、腐ったみかんに!? 呼ばれたのか!? なんで、どうやって!? じゃあサトルも腐ったみかんになるのか!?

オロオロとサトルの周りを回る。サトル、あんなものにならないでくれ。サトル、お願いだ。お願いだから…!!

「腐ったみかんどもの菌が移ったら嫌だから、シュガーはお留守番ね。良い子で待ってるんだよ?」
「……」
「ん? どったのシュガーちゃん」

吾輩はサトルの足にへばりついた。不器用な前足でサトルのスネ辺りを抱え込み、行かせないという強固な意思を主張する。サトルが腐ったみかんになるなんて嫌だ!! 行かないでサトル!!!

「えー、かわいいーなにこの子食べちゃいたい写真撮ろ。行ってほしくないの? 僕もお家にいたいよーーー」

だったら! だったら行かなくていいじゃないか!!

「……でもさ、そういうわけにもいかないんだよね」

サトルが優しい声で言った。その顔には決意が浮かんでいて、吾輩は力を抜いた。こんな顔をしたサトルの行く手を阻んではいけない気がしたのだ。

吾輩はゆっくりと前足を離した。お座りして見上げる吾輩にサトルがキスと抱擁をくれる。やめてくれ、最後の抱擁なんて…!!!

「じゃ、行ってくるね」

その一言だけ残して、サトルは背を向けた。吾輩はその背中を見送ることしか出来なかった。

サ、サトルゥゥゥ!!!!!



サトルを失ったことで吾輩の心にぽっかりと穴があいた。死地へ向かうサトルを見送ってから、吾輩はずっとドアの前から動けずにいた。いつもならサトルの服の中に埋もれたりベッドで飛び跳ねたりするが、そんな気力もない。眠くないし、お腹は…、すいた気がするけどここから動きたくない。

「……にゃぁん、」

今にも死にそうな鳴き声しか出ない。サトルが死ぬなら吾輩も死ぬ。



どれくらい経っただろうか。吾輩の性能の良い耳が微かな足音を感知して、吾輩は顔を上げた。目をギュインと開き、耳を立てて意識を外に集中させる。そんなはずはない、と思ったが、この聞き覚えのある足音はサトルのものだ。

ガチャ

鍵が開いてドアが開いた瞬間、吾輩は飛びついた。

「ただい……うおっっ!?」
「にゃああああ!!!」

サトルゥゥゥ!!!
大丈夫か!? 腐ったみかんは!? 腐ったみかんになってしまったのではないのか!?

「にゃ!? にゃにゃにゃ!? にゃんにゃんにゃ!?」
「おぉおぉ、すごい喋ってる。ちょっと待って落ち着いてシュガーさん。」

サトルが吾輩を抱っこしたために近くなった顔に前足をぽんぽん当てて確認する。肉球から伝わるサトルの肌に異常はなさそうだ。
くんかくんかと匂いを嗅いでも異常はない。いつも通りいい匂いがする。
全身を目で確認しても、これといった異常は見当たらない。

腐ったみかんになってしまったのではないのか?

「大丈夫だよ、シュガー。僕元気だし、どこも痛くないよ。」
「なぁん」

サトルがそう言うのなら元気なのだろう。
だが念には念をと、吾輩はその日一日中サトルにピッタリとくっついていた。

ご飯食べるときも、お風呂も扉越しにサトルのシルエットを見守り、トイレだって一緒に入った。サトルは少し困ったように笑っていたが、諦めたのか吾輩の好きなようにさせてくれた。


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