吾輩とサトル




吾輩は雨が嫌いである。

雨もそうだが、そもそも湿度が高いのが嫌いである。
ジメジメとした空気が毛の間を通り抜けて肌に触れると不快だ。それに、吾輩の自慢の毛が「っんもふぁああ!」から「んもっ、」くらいになる。それが一番嫌だ。戦闘力半減どころの話ではない。

湿度が高くていいことといえば、鼻が乾燥しないことくらいだろう。
鼻が濡れている方がサトルの匂いを嗅ぐことが出来る。湿り気が足りないと自分で舐めて濡らしてからサトルのところに行く時もあるのだ。湿度が高いと自分で濡らさずともサトルの匂いをキャッチすることが出来る。雨でいいことなんてそれくらいだ。




吾輩は大きな音が嫌いである。

吾輩のツンとした耳は些細な音も聞き取ることが出来る。足音なんて朝ごはん前だ。サトルの呼吸音だって聞こえる。だからこそ大きな音が嫌いなのだ。


ドンッという音に全身の毛が逆立った。耳をピンと立てて状況把握に努める。なんだ、何が起きたんだ。吾輩とサトルにとって危険なものはないか。

「あ、ごめんシュガー、スマホ落としちゃった」
「……う"ぅ"ぅ"」
「ごめんって! わざとじゃないから!」

サトルが謝りながら頭を撫でてくれるが、吾輩の耳はなかなか元に戻らない。わざとではないと言うが、もしわざとだったら猫パンチの刑だからな? と爪を出した前足でシュッシュッとエアジャブをする。途端にサトルがおやつを持ってきた。狙い通りである。うまうま。




ピカッ……ゴロゴロ……

夏の雨なんて最悪である。ゴリラゲウウというらしい。なるほど、ゴリラが降ってきそうな空の色だ。
ゴリラゲウウは雨と音のダブルパンチで吾輩には効果抜群だ。あるのかは知らないが、もしパンダゲウウがあるなら絶対ゴリラゲウウの方が強い。つまりパンダもパンダモードではなく、ゴリラモードの方が強い。なるほど、納得である。

こんな日は耳を塞いでサトルに甘えるに限る。吾輩は体を小さく丸めてから前足で両耳を塞いだ。

「ねぇちょっとシュガーちゃん、なにそれ超可愛いんだけどマジ意味わかんないかわいいむり。」

サトルが黒い板を吾輩に向ける。それからカシャカシャ音がするが、これはサトルが興奮しているときの音だと知っているため、吾輩は怖くない。それよりも今はこのゴリラゲウウだ。

「……にゃーん」

弱いです。か弱い猫なのです。だからサトルに抱き締めてもらわないと震えが止まらないのです。
体に力を入れて震えてみせると、サトルは黒い板を放り投げて吾輩を抱き上げた。

「よーしよし。怖くないよー。僕がついてるからね。大丈夫だよ、シュガー」
「……ゴロゴロゴロ」

サトルの首のあたりに頬を寄せる。サトルの体温、匂い、鼓動の音、全てに安心して喉が勝手に鳴る。
近くからゴロゴロという音が聞こえるけど、この音は怖くない。やはりサトルはすごい。




そして吾輩が最も嫌いなものは、お風呂である。

吾輩はいつもと少し違うサトルの様子を見て、不穏な空気を感じた。吾輩の方をチラチラと見てくるのだ。まるで吾輩の機嫌を窺うように。
吾輩は尻尾を膨らませてサトルの一挙一動を観察する。そしてサトルが棚からお風呂に使うボトルを取り出した瞬間、吾輩は全速力で走った。

「あーー、やっぱバレちゃったかー。でもやるんだけどね?」
「……う"ぅぅ」

最小化してテレビ台の隙間に入り込んだ吾輩は唸った。いつもはサトルが「おいで」と言ったらすっ飛んでいくが、今回ばかりはその場を動かなかった。

「シュガーちゃーん。お風呂入りますよー」
「……な" あ" ぁ ん 」
「すっげー怒ってる、やば。」

サトルの手が吾輩の首元を掴んだ。本気で抵抗しようと思えばいくらでもできるけど、吾輩はそれをしない。大好きなサトルが大嫌いなお風呂に入れようとしていても、サトルを爪で引っ掻くなんて出来ない。

「でも引っ掻いたりしないんだよね。優しい偉い子だもんね、シュガーは。」
「……なん」

抱き抱えられて風呂場に連れて行かれる。この状態で巨大化すればサトルの不意をついて逃げられるけど、やらない。吾輩は偉い子だからだ。

「シュガー、もうちょっとおっきくなれる? そうそう、ありがとね」

サトルの指示にも素直に従う。
ジャーと水を吐き出すシャワーとやらを睨みつける。こいつには容赦なく猫パンチを浴びせる。このこの!

「はい、じゃあ濡らすよー」
「う"う"ぅぅ」

ついに吾輩の体が温かい水で濡らされる。もふぁああとした毛が肌に貼り付いて不快だ。
サトルはボトルから液体を手に出すと、吾輩の体を洗い始めた。マッサージされるように洗われると少しだけ気分が良くなる。

そして流す時はまた唸る。間違ってもサトルを噛んだりしないし、暴れることもない。暴れるとこの時間が長引くだけであることを賢い吾輩はわかっているのだ。

「に" ゃ あ" あ" ぁ ん 」
「やだよねー、ごめんねー。終わったらちゅーるあげるから頑張ろうねー」

水責めが終わった。全身が鉛のように重たい。それもそうだ。吾輩の毛は水を吸う。それも信じられない量の水を吸うのだ。

「絞るよー。……自分で言っててアレだけど、猫を絞るってなんだ? どう考えても主語と述語おかしいでしょ。」

サトルが吾輩の右足を持った。手で包み込んでから力を入れる。するとジャバーと水が出てきた。

「……いやぁ、でも絞るって表現が一番正しいよねぇ」

それを何度も繰り返すと重さが少し減った。体をドリルのようにブルブル振るわせてサトルを濡らしてやる。吾輩をこんな目にあわせたんだ。サトルも濡れろ!
無下限とやらで防ぐことなく飛んできた水を受け止めるサトル。サトルのそういうところ良いなって思う。

そして終わった後には爆音とともに温かい風を吹き出すドライヤーとなるものをしなければいけないのだ。
吾輩はこれが大嫌いである。これをやらなければずっと気持ち悪いままだとわかっているが、それでも嫌いなのである。

「に" ゃ !」
「コラコラコラ、シュガーさーん? どこいくのー」

これを前にして逃走しようにも、確実にサトルに捕まえられる。逃げ道を塞がれて、しゃがんだサトルの間にガッチリと捕獲されると、もう吾輩は尻尾をビッタンビッタンして不快な気持ちを伝える方法しか残されていない。


「はい、おわり。よく頑張ったね!! 良い子だね、シュガー!! えらいよ!!」

ようやく元通りになった体を撫で回しながら褒めてくれる。これだけで吾輩の機嫌は良くなる。我ながら単純である。

「はい、お約束のちゅーるだよ」
「にゃんにゃんにゃーー!」

座ったサトルの脚の上に背中をつけて寝っ転がる。こうすると視界に大好きなサトルとちゅーるしか入らないから良い。

ちゅーるを食べ終わった吾輩は、大きくなるとサトルの胸に頭突きをした。そのまま薄れてしまったサトルの匂いを吾輩につけるために全身を擦り付ける。仕上げに額同士をぶつければ仲直り完了だ。


吾輩を大嫌いなお風呂に入れるのも、大好きなサトルが大好きな吾輩のためを思ってやっていることだってわかっている。だから吾輩も大好きなサトルのために大嫌いなお風呂を頑張るのだ。

つまり、吾輩は吾輩がどんなに嫌いなことだろうと、サトルが吾輩のためを思っての行動だとわかれば受け入れるのだ。


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