深緋
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( 何がどうしてこうなったんだろう…… )
美桜は温かい布団に包まれながら漠然と思った。足元にはいつも通り小さくなった琥珀が寝ているが、今いるのは自分のベッドでも自宅でもなかった。
背中側には人の気配がする。息を潜めれば穏やかな呼吸が聞こえて、ますます目が冴えた。
美桜は今、五条悟の家のベッドにいた。
別にやましい理由はない。ただ夏油傑に狙われている美桜を自宅に帰すのはあまりにも危険だった。万が一夏油傑が襲来しても撃退できる呪術師となると、選択肢は片手に収まるほどしか残らない。その筆頭といえる悟の家に保護されるのは自然だった。そもそも美桜は高専ではなく悟に保護されることになったのだから、当然と言えば当然だ。
事態を飲み込む前に家に連れてこられ、浴室に突っ込まれた。今晩の着替えは悟のスウェットを拝借し、下着は昼間に購入したばかりの物を着けた。明日美桜の自宅に行って当面の生活に必要なものを取りに行く手筈になっている。
( なんでこうなったんだろう…… )
同じ疑問がぼんやりと浮かぶ。
美桜は自分の肉体が呪霊と呼ばれる化け物のご馳走になることを知っていた。いつからか隣にいた琥珀に耳にタコができるほど言われ、実際に何度も襲われたことがあるからだ。そりゃあ幼いときは琥珀に反抗して逃げ出したこともあったが、その度に呪霊に襲われ、その度に琥珀が助けてくれた。大人になった今では自分の特殊な体質を受け入れる、まではいかずとも、うまく付き合っていこうと思っていた。
だが、今日の呪霊は今までの比ではなかった。
尻尾を振るだけで大抵の呪霊を祓う琥珀が、元の大きさに戻り、術式も使おうとしたのだ。それだけ強い相手だったのだろう。
術式を使って非術師に害を加える呪術師を呪詛師と呼ぶらしい。あの袈裟の男は史上最悪の呪詛師で、呪霊操術の遣い手。つまり、美桜の血肉は手持ちの呪霊の強化に最適なのだ。捕まったら一体どんな目に遭うか。一思いに殺してくれるならいい。一番最悪なのは少しずつ血だけ抜かれながら生き長らえることだ。
「寝れないの?」
「…!」
そこまで考えたとき、寝ていると思っていた悟から声をかけられた。驚いた美桜をよそに、悟は身体を反転させて美桜に向き直った。暗い寝室でも輝きを失わない碧眼が優しく細められる。
「ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
「ううん、そもそも寝てなかったから大丈夫。……で、寝れないんでしょ?」
「……はい、」
足元にいる琥珀はへそ天で寝ている。
「怖かったでしょ。今まで白虎…琥珀だっけ? が倒してくれてたから、身の危険を感じることがなかった。違う?」
「……そう、です」
「琥珀がすごく強いのは認めるよ。でも特級複数相手に、美桜を守りながら立ち回るのは流石にしんどいだろうね」
「……」
自分は邪魔なのだろうか。気分の落ち込みとともに思考もどんどん暗く重たいものになっていく。確かに怖いが、一瞬で喰われてしまえば痛みも恐怖も一瞬だ。その方が琥珀や目の前の美しい男の負担にならなくて済むのではないか。
「だから高専に庇護を求めてやってきた。……僕らとしても美桜を狙った夏油傑は無視出来なくてね…僕の中で美桜のことは最優先事項だ。最強の僕がボディーガードになるんだから大船に乗ったつもりでいてよ」
「…ありがとうございます」
「わかったらもう寝ちゃいな。不安なら抱き締めてあげようか?」
「……おねがいしてもいいですか?」
「へ、」
硝子のようにゴミクズを見るような目を向けられるか、歌姫のようにキャンキャンと噛みついてくると思っていた悟は呆気に取られた。口をぽかんと開けたまま固まる悟を置き去りに、美桜は悟の腕の中に擦り寄って目を閉じる。
そこでようやく現実を飲み込めた悟は一度右手で前髪をグシャリと握りつぶすと、その手を美桜の頭に置いた。
何度か撫でて、髪をすいてやると自分と同じシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。自分から香るには何とも思わないが、それが人から香ると色々とくるものがある。
安心したのか、深呼吸を何回かしただけで美桜は眠ってしまった。その顔に浮かぶ濃い疲労の色に、なぜか悟の胸が締め付けられた。
翌日、二人は美桜の住むマンションを訪れた。
ドア越しにもわかる濃い残穢。夏油といくつかの呪霊のものが混ざっている。悟は心底、昨日のうちに高専に来てくれてよかったと思った。でなければ今頃どうなっていたことか。
「先に言っておくけど、かなり荒らされてると思うよ」
「え…?」
『臭うな。昨日の奴の匂いじゃ。やはりここに来ておったか』
「昨日高専に来てくれて助かったよ。じゃなきゃ今頃かなりまずい状況だったと思うよ」
悟はそう言うと、固まる美桜から鍵を取ってドアを開けた。
玄関横にある電気をつけると「よくもまぁこれだけ荒らしたな」と感心するほど部屋が荒らされていた。綺麗に収納されていたであろうキッチングッズも、クローゼットの中も全てである。お目当てのものがなかったのか、腹いせに蝿頭を放っていくという徹底ぶりだ。
流石に荒事に慣れていないであろう美桜にこの惨状を見せるほど悟も鬼ではない。悟はあえて自分の大きな身体で室内を見せないように隠しながら言った。
「やっぱりかなり荒らされてるね……ちょーっと刺激が強いから見ないことをオススメするよ。何か欲しいものある? 取ってくるけど。」
悟が自ら使いに走るなど、明日は空から槍が降るだろうか。きっと伊地知がいればそう思うだろう。
『儂がいく。美桜、アルバムか写真があればいいな?』
「……ぅん」
美桜は恐怖で震えていた。昨日のうちに高専に保護されていなければ、今頃死より苦しい地獄が待っていたのだ。呪霊を認識しているとはいえ、非術師と同じように暮らしてきた24歳の女性だ。突然明確な悪意を向けられて平然としていられるわけがない。
「もうここには住めないから解約しちゃおう。手続きは全部こっちでやっとくよ。……じゃあ当面に必要なものを買いに行こうか」
「…はい」
『大丈夫だ。儂もいるし、この男はかなり強い。美桜には指一本触れさせん。』
「その白虎の言う通りさ。」
「……よろしくお願いします」
美桜は今は亡き両親の写真やアルバムを持ってきてくれた琥珀をギュッと抱きしめながら、悟に頭を下げた。
