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「……ということで! 今日から補助監督見習いの涼森 美桜ちゃんでぇーす!! 皆仲良くしてあげてねー!!」
「……涼森 美桜です、よろしくお願いします。」
美桜は本日三度目となる自己紹介に顔を引き攣りながら頭を下げた。一度目は学長だという夜蛾に、二度目は悟の同級生と後輩であるという硝子と七海に、そして三度目の今回は悟が受け持つ生徒たちにだ。
「おー?」
「補助監督見習いってことは、最近までパンピーか?」
「いくら」
「そ、三日前まで」
「「「三日前!?」」」
想像以上に最近でパンダ、真希、憂太は声を揃えて繰り返した。
ちなみに美桜は補助監督になることを了承していない。にも関わらず悟は補助監督見習いと皆に紹介した。
美桜も呪霊に怯えながら過ごす日々に嫌気がさしていたし、替えのきく仕事よりも自分しか出来ないことをしたいと思う。それは人間として当たり前のことで、承認欲求とも言える。要は自分が本当に必要とされている場所に行きたいのだ。それが呪術高専だとしても。
「そ。でも自分の術式は把握してるし、完璧に使いこなしてるからねー。」
「完全な一般人ってわけじゃねぇんだな」
「どんな術式なんですか?」
「んー……棘のに近いね。」
「すじこ??」
自分の名が呼ばれると思っていなかった棘は目を瞬かせた。己を指差して、「僕のに?」という副音声が聞こえてきそうだ。
「そ。美桜の術式は
「いいですよ」
美桜は常に持ち歩いている札を一枚だけ悟に渡した。呪霊が一定範囲内に近付けないように「接近禁止」と大きく書かれている。周りには細筆で「十メートル以内」「破損無効」と条件を付け加えてある。
「簡単に言うと、これを持ってるだけで呪霊が寄ってこない。」
「すげーなそれ」
「でしょ? 呪力の制御も完璧で、自分の術式も把握して使いこなしてる。正直、今すぐ仕事辞めて引っ越してきて欲しいくらい。」
「辞めるのに三ヶ月はかかるので待ってください」
「え、いいの?」
今まで濁してきた返事をサラッと返された悟は目隠しの下で目を瞬かせた。
「え、ほんとに?」
「いいですよ。ここにいれば呪霊がいない。それだけで仕事を辞める価値があります。」
「もちろん不測の事態になったら結界内に呪霊が出ることもあるけど、アラームが鳴るからすぐ分かるよ。それに呪術師がすっ飛んでくから安全。」
「それに、私のことを本当に必要としているところに行きたいです。……少なくても五条さん、貴方には私が必要みたいですね。」
まるで口説き文句のようだが、本人は至って真面目だ。悟は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから、フッと笑った。
「そうだよ。僕には美桜が必要だ。だからここにいて欲しい。」
「……いいですよ」
こうして、美桜が補助監督になることが決定した。
仕事を辞めるまでの間は有休消化も兼ねて連休を何回か作り、その度に新潟から高専に行って呪術の何たるかを学んだ。美桜の作った札は二級呪霊まで余裕で祓うことができるが、美桜には他の呪術師のような身体能力がないため、補助監督一択だ。他の呪術師の攻撃の幅を広げるために札を使うこととなった。
* * *
「ねぇ。そろそろ教えてくれても良いんじゃない?」
「……何をですか?」
正式に高専所属となってしばらくした頃、美桜は悟に誘われて食事に来ていた。高層ビルの上層階にあるフレンチレストランだ。ドレスコード必須な高級レストランだけあり、料理も雰囲気も店員も非の打ち所がない。
悟はいつもの目隠しの代わりのサングラスをかけ、知りたいようで知りたくない金額のスーツをピシリと決めていた。少し緩められたネクタイに色気すら感じる。
「なにって、その胸元のお札さ。いつ見せてくれるか待ってたんだけど。」
悟は美しいデコルテとそこに影を作る谷間をチラリと見た。もちろん服の下も気になるが、今は常に胸元にある札の方が気になる。
「……、」
美桜は少し迷った。
胸元の札は美桜の持ちうる力を全て注いで作り上げたもので、世界中の人々が喉から手が出るほど欲しい効果を持つ。
呪術高専に来てから、呪術師がどれだけ死に近い場所にいるのかを知った。今まで知らずに生活していたことが申し訳なくなるくらい、世の中の人間のために自らを犠牲にしていた。
そんな彼らのために何かしてあげたいと思うのは当然だった。
美桜は「ちょっと失礼」と断ってからそれを取り出した。小さな巾着袋に入っているそれを悟に手渡す。
中を開けて付与された効果を正確に把握した悟の眼が弧を描く。
「クックックッ……いいね、最高だよ」
書かれていたのは「厄除」の文字。発動条件は致命傷を負うか、なんらかの理由で戦闘不能になったとき。その身に降りかかるありとあらゆる厄を一度だけ祓い除いてくれるのだ。平たく言えば一度だけ死なない。
「教えてくれてありがと。これ返すね」
「いえ……。五条さんの血と髪をいただけますか」
「やっぱりこれ血で書いてるんだ。まぁそうだよね、血が一番確実だ。髪は何に使うの?」
「筆にするんです。対象の髪で作った筆に血を染み込ませて書くと一番効果が強くて。」
「なるほどねー。そうすることで文字の効力と血の繋がりを強くしてるわけだ。……すごいね?」
そこまで自力で辿り着いていることに悟は素直に称賛を贈った。なんとなく自分の術式を自覚している者はいても、周りに呪術師がいないのにここまで理解を深めているのは初めてだった。それだけ切羽詰まっていたのだろう。
「僕のは一番最後でいいからさ、生徒たちに作ってあげてって言ったら嫌?」
「嫌ではないですが…、」
美桜はそこで一度言葉を切った。少し言いづらそうに視線を彷徨わせてから、悟の目を真っ直ぐ見た。
「……私が一番生きていて欲しいのは五条さんなので、一番最初に五条さんのを作ります。」
「……え、」
それってまるで僕が一番大切みたいじゃん。
悟も美桜のことは好ましく思っている。まだ出逢って半年程の付き合いだが、天下の五条悟に対して媚びもへつらいもない。いつも自然体で、言いたいことは遠慮なく言う。社会人経験があるせいか、踏み込んで欲しくない部分を察するのが非常に上手い。
そんな美桜だからこそ、悟も定期的に食事に誘うのだ。悟も美桜といるときは自然体でいられる。付き合いは短いはずなのに、まるで十年来の友人といるような感覚だ。
「それってどういう意味?」
「ふふ、どういう意味でしょうね」
あ、負けた。そう思った。
目に愛おしさを滲ませながら口元に手を当てて笑うその姿があまりにも綺麗で。まだ余裕があるはずの心が、笑えるくらい呆気なくストンと落ちた。
「───っあ〜〜、クソ、」
つい昔のように悪態をついてしまった。この赤くなった顔を見られたくない一心で鼻から下を大きな手で覆う。上がりきった口角を下げることが出来ない。
そんな悟の反応を見て、美桜はまた綺麗に笑うのだ。その度に悟の胸がドクンと大きな音を立てる。
最強の呪術師である五条悟は、新人補助監督に敗北した。
