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その日も五条悟は任務だった。
東京から新幹線を使って2時間程。地方にしては栄えているが、東京の都市とは比べ物にならない。しかし生活するには困らない程度に栄えた街にある、解体作業中のビルに湧いた一級呪霊の討伐任務だ。
こんな移動時間ばかりかかる任務なんて他の術師を派遣すればいいのに、と内心文句を垂れながら一瞬で呪霊を祓う。現場について僅か数分の出来事だった。
この数分のために東京から2時間かけて来たと思うと馬鹿らしくなる。そしてまた2時間かけて帰ることを考えると、怒りのままに蒼をぶっ放したくなった。学生の頃なら欲に任せてぶっ放していたかもしれないが、いい歳した大人になった悟くんはそんなことはしない。自分の機嫌の取り方くらいわかる。
「あ、そういえば今日から新作スイーツ発売だっけ」
目に入ったコンビニのロゴでそれを思い出した悟は意気揚々とコンビニに向かった。
「ありがとうございましたー」
無事に新作を購入することができ、ホクホク顔でコンビニを出た。公園かどこかで食べてから帰路に着こう。そう思った悟は地図アプリを開いて歩き出した。
春になれば薄ピンクの花を咲かせ、人々の心を和ませるであろう桜並木は、今は枯れ葉を落として人々に季節を知らせる。時刻が18時を回ったせいか、仕事帰りと思われる人が多くなった。足早に歩く人たちをボーッと見ながら、公園のベンチに座って封を切った。
「……うま」
最近のコンビニスイーツを馬鹿にしてはいけない。特に本場ベルギーの某チョコレートメーカーとコラボしたこの商品は文句なしの味だった。
「……帰るか」
誰にでもなく呟き、立ち上がって大きく伸びをする。そして帰りの新幹線の時間を調べようとした時、自身の感知範囲に何かが入り込んだ。
濃い術式の気配。隠そうともしていないのだろう。幾重にも重なった術の気配が術者の居場所を正確に伝えていた。
( 呪詛師、はないな。呪術師も僕がここにいるんだからその可能性は低い。……とすれば )
悟は口角を上げた。ニヤつきを隠すために片手で口元を隠す。この降って湧いた幸運に笑い出しそうだった。
足が勝手にそちらに向かって歩き出す。やがて見つけた術者は、悟の見覚えのない女性だった。ということは一般人である。
「……まさかここにこんな逸材がいたとは」
術の気配は女性の胸元とバッグからする。目隠しの下で六眼に呪力を集めて術を見切ると、守護と消滅の能力を持っているようだった。その奥にもう一つ強力な術の気配がするが、別の術で覆っているため読み取ることは出来なかった。
「完全に使いこなしてんね」
ダイヤモンドの原石どころか、研磨後ブリリアンカットされて宝石店に並んでいそうなそれを見つけた悟は、我慢できずに話しかけた。
「ねぇ、胸元とバッグに何入れてんの?」
「……」
女性は全身真っ黒な服に身を包み、長身白髪で目隠しをした怪しさ満点の悟を上から下まで見てから、くるっと踵を返した。出たばかりのコンビニに入って、悟を横目に店員に何かを言っている。流石の悟も話しかけただけでここまで不審者扱いされたのは初めてだった。
「え!? …ちょ、マジか、そうくる??」
一度警戒されてしまえば、その壁を崩すのは難しいだろう。悟は大人しくその場を立ち去った───わけもなく、女性の術式の気配を捕捉出来る距離で女性を尾行することにした。
折角見つけたダイヤモンドだ。このままでは終われないし、呪術界に優秀な人材を遊ばせておけるほどの余裕はない。悟も余計な知識が全くない人材を見逃すことは出来なかった。呪術界を根本から変革するという大きな目標のためには、外からの新しい風が必要不可欠だと思っている。
だからこそ、女性の情報が欲しかった。
元々家からそこまで離れていないコンビニに足を運んだのだろう。すぐに女性の術式と同じ気配のする場所を感知した。禍々しさすら感じる、圧倒的な術式。呪術師ならば異様な気配に新種の呪霊だと思ってもおかしくない。それくらい濃密な呪術の気配だった。
「絶対あそこじゃん! ……え、ウケるんだけど!! どんだけ術式で固めてんの???」
悟の目には術式に術式が重ねられて、見るだけで頭が痛くなりそうなマンションの一室が見えていた。女性は迷いなくそのマンションに入り、その部屋に鍵を開けて入った。
それを確認した悟はすぐに伊地知に電話をかけた。
「伊地知、新潟市有里宮3-2867の506号室に住んでる女性の素性を大至急調べて。……あ、あと今日帰らないでこっちに泊まるからよろしく!」
一方的に要件だけ伝えて電話を切る。もう一度住所を教えて欲しいという旨のメッセージが伊地知から来ても、素直に教えるくらい機嫌が良かった。
「ねぇ、君。もしかしてこれ見えてる?」
悟は近くにいた蝿頭を間違って祓ってしまわないように細心の注意を払って捕まえると、昨日の女性に話しかけた。大きなアーモンドアイが悟の手元を見てからさらに大きく開かれた。
悟はほくそ笑んだ。この呪力量と術式で見えていないわけがないが、実際にこうして見えているのが確認できると嬉しくなる。
「あ、やっぱ見えてるね」
「いえ、手が大きくてびっくりしただけです」
思いもしなかった返答に、今度は悟が目を丸くした。
「いやいやいや、見えてるっしょ??」
「指も長いですし、爪の形もすごく綺麗ですね。理想の手です。では私はこれで。」
悟は爆笑した。不自然なくらいに狼狽えてくれるなら取り入る隙があるのに、女性は澱みなく悟の手を褒めたのだ。予想していなかっただけに笑いが止まらない。
「いやーー、マジか、超ウケる」
一頻り笑った後、悟は伊地知から昨日送られてきたメッセージを読み返した。名前は涼森 美桜、24歳。家族は両親と歳の離れた姉が一人。両親どころか五親等以内に呪術師も窓もいなかった。系譜を遡るには少々時間がかかるためまだ結果は出ていないが、ここまで非術師に囲まれているならまず関係ないだろう。
悟の目的はただひとつ。
涼森 美桜を呪術師として引き込むことだ。
「やぁ!」
「……」
翌日の土曜日、悟はマンションの前で美桜が出てくるのを待っていた。
オープンしたばかりのケーキ屋に行こうとるんるん気分でエントランスから出てきた美桜は、悟の姿を見つけると足を止めて口をポカンと開けた。
そして数秒後、チベスナ顔になってから呟いた。
「……目隠し取ったらイケメンって、一体どこの少女漫画??」
「ブッ!!」
悟は思わず吹き出した。美桜の反応が新鮮で面白い。悟の顔に見惚れるのでもなく、頬を染めるのでもなく、驚いた後に出てきた言葉がそれである。
「今日も胸元とバッグにいっぱい入れてんね。部屋も同じような感じでしょ? 5階のあの部屋」
悟はマンションの一室を指差した。思考を必要としないくらい、その部屋は美桜の呪力で満ちていた。
警戒したのか、美桜は悟を無視して歩き出した。駅のほうに行くようだ。特に逃げるそぶりもない。都合よく解釈した悟は己の名刺を渡した。
「五条悟。呪術高等専門学校で教師やってるの。君も見えている呪霊を倒すためのアレコレを教える学校さ。」
「……じゅれい?」
「そ。呪いに幽霊の霊って書いて、呪霊。人間の負の感情から生まれる化け物さ。」
「人間から生まれてるの!?」
「そーだよー。正確にはあの化け物を認識できない人間から。僕たちからは生まれない。」
「……」
ずっと見えていた化け物の正体を知った美桜は、悟に親近感を感じていた。同時にもっと知りたいと思った。あの化け物の生態を、それを祓う呪術師のことを。
「……ってことで、君のこと聞きたいからどこかでお茶しない? 美桜ちゃん」
そうして二人は、元々美桜が行こうとしていたケーキ屋にやってきた。悟も甘いものは大歓迎だ。
「ん〜〜!! やっぱ疲れた時は甘いものだよね〜!!」
「美味しい!!」
美桜はかぼちゃのモンブランとスイートポテトケーキ、悟は美桜と同じものに、さらにチョコレートケーキと苺ムースケーキを注文している。そんなにたくさんの皿を載せることを想定していない2人用のテーブルは置くところがないくらいだった。
一通りケーキを堪能してから悟は真面目な声で言った。
「で、色々聞きたいんだけど。」
「……どうぞ。」
「ありがと。じゃあまず、親族に呪霊が見える人はいる?」
「いいえ。そんな話聞いたこともないです。」
「だよね、了解。じゃあ呪霊が見える人に出逢ったのは僕が初めて?」
「はい。私以外に見える人がいるなんて思っていなかったです。」
「確かに
美桜は生唾をごくりと飲み込んで次の言葉を待った。肝心の悟はかぼちゃのモンブランを一口食べた。それを舌の上で転がし、充分に味わってから嚥下した。
「美桜ちゃんにも呪術師になって欲し」
「無理です。」
「はっや、即答じゃん、ウケる。」
「見たくもないですし、近付きたくもないです。なので倒すことはできません。」
「でもその札を使えば出来るでしょ?」
「ッ!!」
悟は少しずり落ちたサングラスから六眼を覗かせながら言った。その眼には美桜の作った札の効果がはっきりと見て取れる。悟の見立てでは、札一枚で二級呪霊が余裕で消し飛ぶ威力だ。それを何十枚もバッグに入れているのだ。気になって夜も眠れない。
「僕は目が良くてね。美桜ちゃんの護符の力も、部屋に貼っている凄まじい数の護符も、美桜ちゃんが持つ術式も、全部読み取ることが出来るんだ。」
「……なんかえっちですね」
「ブッ!!!」
「便利」や「疲れそう」なんてことは言われたことあるが、「えっち」とは言われたことがなかった悟は吹き出した。口に何も入っていなかったのが幸いだ。
「まぁ呪術師は無理だとしても、補助的な位置にはいて欲しいんだよね。放っておくには惜しい人材だ。」
「……そこにいれば安全ですか?」
「そりゃあもちろん、結界の中だからね。呪霊が出たら警報が鳴って呪術師がすっ飛んでいくよ」
「……私に出来ることはありますか?」
「ある!! めっちゃある!! 正直その護符だけでも喉から手が出るほど欲しいよ!」
「……」
これも悟の作戦だった。
最初にハードルの高いことを言われた後に、現実的な高さを提示されると人は「これなら大丈夫かも」と思ってしまうのだ。だから悟は、初めから補助監督になって欲しいと言うのではなく、断られる前提で呪術師になって欲しいと言ったのだ。
そんな思惑なんて夢にも思わず、美桜はしばらく考えてから口を開いた。
「職場見学させてください。」
