深緋
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「年末年始さ、温泉行かない?」
「え! 行きたいです!!」
「あ、また敬語。やり直しー」
「い、行きたい!」
夫婦なのに敬語はおかしいでしょ、という悟の主張があり、美桜は敬語で話すことをやめた。正確にはやめる努力をしている。しかし時折こうして敬語になってしまい、その度にやり直しを喰らうのがここ数日の日常だった。
「じゃ、行こっか。」
温泉。それは日本人なら嫌いな者はまずいないであろう、魅惑の響き。悟は結婚を決めてすぐに客室露天風呂付きの部屋を四泊おさえたのだ。年末年始で元々高い部屋が倍以上に高騰しているが、悟にはなんのその。可愛い新妻との時間には代えられない。
もちろん「プロポーズを断られるかも」なんて不安は悟にはなかった。
普段は補助監督に運転させて自分は後部座席でゆっくりしている悟だが、プライベートは自分が運転する。運転席のシートスライドは一番後ろに設定し、それでもなお窮屈そうな長い脚でアクセルを踏む。右手だけでハンドルを持ち、左手は助手席に座る美桜の手を握ったり撫でたりしていた。
( か、かっこいい…!!! )
運転している姿というものは二割増しにかっこよく見えるものだ。ただでさえ目が潰れそうなのに、そんなイケメンが運転したらどうなるか。───答えは簡単だ。心臓が破裂しそうになる。
美桜は窓からの景色を楽しみつつ、時折チラリと悟を見てはまた景色を見ることを繰り返していた。怖いもの見たさというか、見れば心臓が破裂しそうになるほど激しく脈打つということを己の身をもって実感しているのに、また見てしまう。
手に触れる大きくて暖かい手も美桜の心臓に負荷をかける。長く骨張った指に手の甲を撫でられるたびにソワソワして気持ちが落ち着かない。
いつもなら琥珀を撫でたり、お腹の匂いを嗅いだりして精神安定をはかるのだが、今回の旅行に琥珀はいなかった。琥珀なりに新婚夫婦を気遣ったのだ。おかげで行き場をなくした左手が太ももの辺りで挙動不審な動きをしていた。
「わー! すごーい!!!」
車で二時間程で目的地に到着した。温泉郷で有名かつ年末年始ということで随分と人が多い。悟は美桜を手を離さないように握り直した。
「流石に年末年始だから人が多いねー。……離さないようにね」
「うん!!」
「琥珀もいないし、出来るだけ一人にならないように。」
「ふふ、ずっと一緒だね」
「ハハッ、そうだね」
穏やかに笑い合って温泉郷を散策する。
温泉の熱を使って蒸した肉まんや串焼きを食べ歩きし、デザート代わりにプリンを食べる。チェックイン時間になればすぐに四泊する予定の旅館に向かった。
よく年末年始に、それも出発日間近でここが取れたなと思うほど豪華な旅館だった。部屋は離れのため完全なプライベート空間が確立されており、新婚夫婦にはぴったりの部屋だった。もちろん源泉掛け流しの露天風呂が完備されている。
夕食は19時のため、それまで時間が空いた。せっかく温泉郷に来たのだ。これは温泉に入るべきだろうと考えた悟は、部屋を探検している美桜に声をかけた。
「僕は露天風呂入ろうと思ってるけど、美桜も一緒に入る?」
「……は、はいりません!!!!」
予想した通りに顔を真っ赤にして否定する美桜が面白くて、悟はケラケラと笑う。
実はこの二人、まだ身体の関係はないのだ。悟が後処理で忙しかったのと、この休みを堪能するために全力で仕事を終わらせることに集中したのだ。よって二人はいわゆる初夜を迎えていなかった。
美桜もこの旅行はそういうことをするつもりだったし、当然悟もそのつもりだ。琥珀だって空気を読んで留守番に名乗りをあげた。つまりは皆、悟と美桜がこの旅行で身体を重ねるであろうことを予想しているのだ。その恥ずかしさったらない。穴に埋まりたいくらいだが、美桜も悟と心も身体も繋がりたいと思っているのも事実。
「じゃあ先行くねー。……あ、途中で入ってきてもいいからね??」
「はいりません!!!」
後ろ手を振りながら脱衣所に消えていく悟を見送った美桜は、ぐったりと椅子に体重を乗せた。頬の熱がいつまで経っても引かない。
そりゃあ、美桜だってこの旅行で悟と身体を重ねる気でいる。そのつもりで色々準備してきた。それを悟も分かっていながら様子を見ていることを美桜も察しているため、余計に恥ずかしいのだ。文章にするなら、「この後身体を重ねることを考えてソワソワしていることを、他でもない本人にバレていることを、自分もわかっているからこそ余計に恥ずかしい」といった具合だ。
これが他人事ならニヤニヤしていられるが、当事者となると正気でいられない。
「うぅぅ〜……」
美桜は両手で顔を包んで頬の熱さを確かめると、悟が消えていった方に目をやった。そして何かを決心したように拳を握ると、椅子から立ち上がった。
「あ"ーーー……」
身体を軽く流してから、白濁した湯に鳩尾の辺りまで浸かる。そこまで熱くないが、外気で凍えるほど温くもない。要はちょうど良い温度だ。外気に晒されている肩にも手で湯をかけてやると、身体の凝りがほぐれていくような気がした。そのままボーッと空を見上げる。
( すっごい挙動不審だったなぁ……すごい期待されてるみたいだし、とびっきり気持ちよくしてあげないとね )
旅行に誘った後くらいからまっすぐ顔を見てくれなくなった。だが美桜の気持ちが手に取るようにわかっているからこそ、それも愛おしくて仕方がない。
「……かわいいなぁ」
あの唇からどんな声が出るだろうか。大きな目に溢れそうなくらい涙を溜めて快楽に溺れるのだろうか。胸元を押し上げる確かな塊は一体どんな感触だろうか。どんな感じ方をするのだろうか。そんなことばかり考えていると、健康な分身が顔をもたげようとしていた。
その時だった。
「……絶対こっち見ないでくださいね?」
「え!? えぇっ!? マジで!?」
浴室の扉が開いて、バスタオル一枚の美桜が顔を覗かせたのだ。
「ぜーーったいに! 見ないでくださいね??」
「っ、みないみない!」
流石の悟も予想外で動揺を隠せなかった。確かに途中で入ってきても良いと言った。だが美桜の様子ではそれはないなと己の中で結論を出していたのだ。それがちゃぶ台返しのようにひっくり返された。
先程気配を感じて咄嗟に見てしまった光景が瞼の裏に焼き付いている。細い手足とバスタオルを押し上げる確かな膨らみ。バスタオルの面積が足りず、見えそうで見えない絶対的な領域を保つ太ももと胸元。濡らさないように結い上げられた髪。
慌てて背中を向けたものの、後ろから聞こえる水音が気になって仕方ない。身体を洗うためにバスタオルを取っているのだろう。あんな布切れ一枚、悟にはいつでもどうとでも出来るが、それをさせてくれない謎の呪力がバスタオルにはあった。(そんなものありません)
キュッと音を立ててシャワーが止まる。ヒタヒタと足音が近付いてくる。柄にもなく悟の心臓がドクドクと脈を打つ。
「こっちみちゃダメだからね?」
美桜は念を押してから脚先から湯に入れた。タオルを巻いたまま肩まで浸かる。マナー違反だがこの際仕方ない。
「お湯濁ってるから見えないよ?」
「……でも恥ずかしいので」
「お湯にタオル浸けるのはマナー違反でしょ。それに後で散々見るから今更じゃない??」
「う"っ……それは、そうかもですけど…、」
「あ、敬語。はい、没収ー」
「うぅぅ…」
美桜は渋々タオルから手を離した。すぐに悟の手によってタオルが取られて傍に置かれる。白濁した湯で見えないとわかっていても、恥ずかしくて両腕で胸元を隠した。それにより谷間に濃い影ができる。
精々二人で入ることを想定しているこの露天風呂はそう大きくない。その場の勢い任せで乱入した美桜は想像以上に悟との距離が近くて動揺していた。
「美桜、」
「……、」
「……ねぇ、こっち見て?」
「…………」
そろりと顔を上げると、悟の目が優しく弧を描いていた。白銀の髪から滴り落ちる水も、濡れた筋肉質な身体もひどく艶かしい。
「やーっとこっち見た。ずっと僕の顔見れなかったでしょ」
「……だって、恥ずかしくって、」
「これからセックスするもんね?」
「ぅ………え、あ、ちょっ!!」
悟は美桜を優しく引き寄せると、自分の腿の上に乗せた。目を覚ましかけているそこには触れないように気を使う。
「ねぇ、キスしよっか」
「ぇ、」
「美桜からキスして?」
反射的にツヤツヤした唇を見てしまった。何度も重ねているその味を美桜は知っている。柔らかくて、少しだけ冷たくて、舌を絡めると頭がふわふわして、身体の奥に熱が溜まっていくことを美桜は知っている。
白濁した湯で胸が見えないことを確認してから、美桜は悟の首に両手を回してキスをした。触れるだけの子どものようなキスだったのに悟が嬉しそうに笑うから、もう一度、もう一度、と続きをする。
美桜の頭を優しく撫でていた手が腰や太ももを撫で、いつの間にか舌同士を絡め合っていた。
「……しよっか」
「…………ぅん」
悟はその言葉を合図に美桜を抱き上げて立ち上がると、脱衣所を通り過ぎて寝室に消えていった。
悟は規則正しい寝息で目を覚ました。見慣れない天井と当たり前のように隣にある温もりに、眠る直前の記憶を思い出した。懐には一糸纏わぬ美桜が眠っており、その白い肌についた大量の赤い印を見て苦笑する。
口元にかかった髪を退かそうと手を伸ばしたら瞼が震えた。そのまま頭を撫でて髪を梳いてあげると、猫のように擦り寄ってくる。何度か瞬きをした後に悟を見た美桜が、へにゃりと笑った。
「おはよ」
「おはよ。身体は平気?」
「ん、だいじょうぶ」
「ならよかった」
「……きもちよかった」
「クックックッ、そりゃあよかった」
「すき」
「ぼくも。愛してるよ」
「ん。わたしもあいしてる」
美桜が悟の胸に頬をつけた。肌の下で脈打つ音を聞いては顔を上げて「えへ、」と笑う。悟の心臓に矢がドスドスドスッと刺さった。
「かわいいかわいいだいすきあいしてる僕と結婚してください」
「もうあなたのお嫁さんです」
「ちょっと待って、今のめっちゃキタ」
大袈裟に頭を抱えて見せる悟に美桜がクスクスと笑う。
「ってことで美桜、もっかい♡」
「っもーーー」
と言いながら美桜は降ってきた唇を受け入れた。
【完】
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