深緋
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あれから悟はすぐに婚約指輪を用意した。いつもは視界に映ったものの中から直感で選ぶが、今回ばかりは吟味に吟味を重ねて選んだ。
あの細い指を飾る最高の婚約指輪はどれか。デザイン、色、幅、宝石の意味。
どうせならいずれ購入する結婚指輪とともに付けて欲しかったため、婚約指輪選びは難航した。
そうして選んだ婚約指輪を悟は大事に胸ポケットにしまい込んだ。
さぁ、いつどうやって渡すか。やはり夜景が綺麗な高級レストランでディナーを食べた後か。それともいつも通りの日常生活の中で渡すか。
そんな幸せな悩みを抱える前に、とんでもないことが起きた。
「呪いの坩堝 東京新宿。呪術の聖地 京都。それぞれ千の呪いを放つ。………思う存分、呪い合おうじゃないか!!」
最悪の特級呪術師である夏油傑が宣戦布告をしてきたのだ。これにより呪術高専は上から下まで大騒ぎ。その中心部にいる悟はいつも以上に忙殺され、家に帰る間もなかった。
そして全てが終わって25日の朝に帰宅したとき、冷蔵庫に「お疲れさまです。お腹空いていたら食べてください。そして身体を休めてくださいね」というメッセージとともに置いてあったおにぎりを見て、悟は決めた。
( 今プロポーズしよう )
寝室の扉を開ければ、丁度目が覚めたばかりなのだろう。ベッドの中で眠そうにしている美桜がいた。
「おかえりなさい」
「……うん、ただいま」
このやりとりだけでどうしようもなく胸が熱くなった。
今日のことが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。新宿で呪霊を祓い、呪詛師と戦い、そしてたった一人の親友に手をかけた。本当に、辛い。何故と理由を問い続けても答えは見つからない。「あのときこうしていれば」という後悔が際限なく湧いてくる。それでも結局は現実に帰ってくる。辛く目を背けたい現実に。
故にこの当たり前になりつつある挨拶ひとつが、悟の傷付いて血を流す心にじんわりと染み込んでいく。内側からゆっくり癒してくれる。そんな気がした。
悟はずっと胸ポケットに入れていた婚約指輪を取り出し、美桜の左手の薬指にそっと嵌めた。
「僕と結婚してください。」
「………へ?」
寝起きでプロポーズされても理解できない。美桜は状況を把握するために目を擦ってから左手を見た。
ダイヤモンドが輝く指輪が確かに嵌っている。
目の前を見れば、手に光るダイヤモンドよりも輝く目がこちらを見ていた。いつものような軽薄な態度ではなく、真剣に、まっすぐ、ただ美桜だけを見つめている。
ごくり。生唾を飲み込んだ音がした。
美桜はだんだんとぼやけていく視界から碧を見失う前に息を吸った。
「……はい、喜んで」
「───ッ!!」
悟は美桜の上に倒れ込むようにして抱き締めた。ギュッと、強く。絶対に離さないとばかりに抱き締める。
「ありがとう。絶対幸せにする。」
「ふふっ、もう幸せですよ」
そう言って目を合わせて笑い合う。
しばらくして落ち着いた美桜が身支度をするために寝室を出た途端、琥珀が頭を上げた。
『……本気か?』
「あったりまえじゃん」
『もう夏油傑はいないのじゃろ? ならばもう美桜と暮らす必要はないはずじゃ。』
そもそも美桜が呪術高専に庇護を求め、悟と暮らしているのは夏油傑に狙われていたからであって、そこら辺にいる呪霊なら琥珀で対処できる。つまり、悟と同居する必要性がなくなったのだ。既に呪術高専で経理として働いているため、会うことがなくなるわけではない。
しかし悟は、どうしても美桜を手放したくなかった。
「そうなんだけどね。僕が美桜のことを好きになっちゃったんだから仕方ないじゃん?」
『……儂は美桜が幸せならばそれで良い』
「それなら大丈夫! さっき "もう幸せです" って言われたから!」
にっこりダブルピースを決めてそう言う悟に、琥珀はもう何も言えなくなった。琥珀は美桜から「悟さんのこと好きになっちゃったかも」や「今日も悟さんがかっこよくて!」などと散々聞かされていたのだ。もうあとは若い者同士好きにやってくれ。そんな気持ちである。
折角のクリスマスということで、その日のうちに婚姻届を提出した二人は晴れて夫婦となった。
美桜が繁栄を約束する仙果だからとか、悟が五条家の当主だからとか、そんなものは関係ない。ただ純粋に「この人と一緒にいたい」と思ったから結婚したのだ。世間一般的な理由だが、様々なしがらみを持つ二人にとって大事なことだった。
高専に戻ってきた悟は、真っ先に夜蛾と二人の同級生に報告した。そのうち一人は既に冷たくなっている。
「聞いて聞いてー。」
「……なんだ」
「見てわからないか? 今忙しいんだけど。」
遺体の処理中に話しかけられた硝子は視線すら向けずに口だけで返した。悟はそんなことお構いなしにビッグニュースを報告する。
「僕、結婚したんだ〜♪」
「………ハ?」
「すまん、疲れすぎて耳がおかしくなったようだ。もう一度言ってみろ」
「だーかーらーー!! 結婚したんだって!!」
「……だれが?」
「僕が!!」
「……だれと?」
「美桜と。」
夜蛾も硝子も、流石に手を止めて悟を見た。親友に手をかけてこの世の終わりくらい沈んでいるかと思えば、ニッコニコ笑顔でどこか肌艶も良い。
「…………まじ?」
「マジ。ほら、これ」
悟は先程買ったばかりの結婚指輪を見せつけた。ウェーブデザインのシンプルなシルバーリング。お値段はびっくりする程高いそれは、値段相応の輝きを放っていた。
「……お、おめでとう…?」
「なんで疑問系なの? まぁありがとう。言っておくけど美桜が仙果だからとかじゃないから。純粋に一緒にいたいって思ったから結婚した。ただそれだけ。」
「流石にそこは信じている」
「で、学長はなんかないの? ……って、嘘!? え、学長!? 泣いてんの!?」
「……ッ、」
夜蛾はサングラスの下からいくつもの涙を流していた。昨日は結末を聞いて目尻に僅かな涙を溜めるだけだったにも関わらず、だ。悲しみには強くとも、喜びには滅法弱いらしい。
「あっはは!! 学長どんだけ泣くの!!」
悟は腹を抱えて笑った。
霊安室に不釣り合いな声が響く。その声に釣られたのか、動かないはずの頬がほんの少しだけ上がった気がした。
「おめでとう、悟」
「「!!!」」
「……ありがとう、傑」
三人の耳に確かに届いた声に、悟は寂しげに笑いながら返した。
