コウメイさんの奥さまは、
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時計の針が一番上を指して重なったのと同時に、昼休憩を知らせるチャイムが長野県警に木霊した。
張り詰めていた空気が途端に緩むのを感じながら、高明は首を回す。ボキッという重たい音に謎の爽快感を感じつつ、肩も手で揉みほぐす。だが数回揉んだところで良くなるわけもない。気休め程度だ。
高明は給湯室の冷蔵庫に入れていた弁当を取り出すとしっかりと温め直した。
冷めても美味しいが、折角美桜が早起きして作ってくれたのだ。美味しい状態で食べたいし、何より温め直すという手間を省いてほんの少し味の落ちたものを食べるということが、作ってくれた美桜に失礼だと思うのだ。高明はそう考えている。
だからこそ事件が起きて弁当を食べる時間がなかった時、胸が引き裂かれそうになるのだ。余程のことがない限り時間が空いた時に食べるため残しはしないが。
弁当の内容は朝準備しているところを見ているためわかっているが、それでも開ける瞬間の胸の高鳴りを止めることは出来ない。
( 今日もありがとう。いただきます )
心の中で感謝を伝えながら箸を取ると、後ろから手元を覗き込まれた。
「お! 今日も愛妻弁当ってか?」
「えぇ、まぁ。」
愛する妻が自分のために作ってくれた、愛情たっぷりの弁当だ。それが弁当の内容からも感じられる。高明はさもありなんと頷くが、それが同僚には気に食わなかったらしい。
「いいなぁ、愛妻弁当。俺の嫁は作ってくれたことないぞ。」
「あげませんよ。」
「冷たいこと言うなよ〜諸伏! 減るもんじゃねぇだろ〜?」
「物理的に減ります。絶対にあげません。」
断固として譲らない高明に同僚は諦めたようだ。肩を落としながらコンビニに向かうところを見るに、一口でいいから欲しかったらしい。だがそれでも高明は譲れなかった。
妻の作ったものが他の男の口に入る。考えるだけで眉間に皺が寄る。
もちろん大和は例外だ。幼馴染は別格の存在なので全く気にしないが、ただの同僚でしかないあの男は絶対に嫌だった。もはや意地だ。
気を取り直して、メインのおかずである豚肉の塩麹漬けを齧った。単体で食べると塩っけが強いが、白米を口の中に入れると感動するほど美味しい。何回か同じことを繰り返し、今度は煮物に手をつけた。
薄味で作られているが、中まで味が染み込んでいるため物足りなさはない。様々な具材が満遍なく入っており、栄養バランスも考えられているところに美桜の愛情を感じる。
黙々と食べ進めること10分足らず。高明は空になった弁当を給湯室で洗った。作ってくれた美桜への感謝の気持ちを込めて、事件が発生していないときは自分で洗って美桜に渡すようにしている。
ペーパーでしっかりと水気を引き取ってから同じように包んでカバンにしまう。そんな高明の姿に他の刑事たちが感心しているのは言うまでもない。
「今日も美味かったか?」
「当たり前です。」
肩に腕を回してきたのは幼馴染である大和だ。美桜のことも知っているし時々テーブルを囲んでいるため高明の表情も柔らかいものになる。
「ッカーー!! やっぱ嫁さんの飯はうめぇってか! 幸せそうで何よりだよ」
「えぇ、毎日が幸せで時々不安になりますね。…この幸せが壊れてしまわないかと。」
「大丈夫だ。お前もいるし、俺も上原もいる。いざとなればここにいる全員が力になる。」
両親を殺害された高明は時折不安になる。また自分がいないときに美桜に何かあったらどうしようと、まるで底の見えない穴を覗き込んでいるような気持ちになる。
「……頼りにしてますよ、敢助君。」
大和は高明の背中を力強く叩くと自席に戻っていった。じんと痛む背中から「しっかりしろ」という大和の励ましが聞こえる。高明は緩く口角を上げてから自席に着いて新聞を広げた。
「お先に失礼します」
「おつかれー」
定時を少し超えた頃、何事もなく一日を終えた高明は帰路に着いた。長野県警から車で10分の自宅までの道のりは近いようで遠い。特に、早く家に帰りたいという気持ちに支配されると非常に遠い。つまり毎日非常に遠い。それでも安全第一で運転する。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい!」
手を洗ってからリビングに繋がるドアを開けると待ってましたとばかりに美桜が飛び込んできた。両手で受け止めて柔らかい身体をギュッと抱き締める。
この瞬間に疲労やストレスといった負の何かが頭の上から抜けていく気がする。これが癒しだ。
「今日も怪我してない? 大丈夫?」
「問題ありません」
「…よかった、」
毎日自分の身を心配してくれる家族がいるのは本当に幸せなことだ。両親を亡くしている高明は心の底からそう思っている。感謝の言葉を素直に口に出すようになったのも、両親が突然いなくなり、感謝も何も伝えていなかったことを後悔したからだ。
そのまま抱き締め合って、引き寄せられるようにキスをした。柔らかい唇に触れるだけで多幸感が全身に広がる。
「はぁ、」と甘さを含んだ吐息が美桜から漏れると高明はハッとして身体を離した。このままベッドになだれ込むなんて本能に忠実なことはしない。高明は基本的に理性が本能より数倍強いため、己を律することに長けている。
美桜もスイッチが入りかけた自分に気付き、恥ずかしそうに眉を下げて笑う。それがたまらなくかわいい。
そして夕食の準備をしにキッチンに戻っていくのを見送ってから、高明は風呂に入るのだ。
この帰宅してからの一連の流れが高明は大好きだった。思い出すだけで勝手に口元がゆるんでしまうやりとりが幸せすぎて、どうしていいかわからない。
「……愛していますよ、美桜」
「私も愛してるよ、高明さん」
小さくつぶやいたつもりが聞こえていたらしい。美桜はわざわざ戻ってくると触れるだけどキスをしてからまたキッチンに消えた。
そんな彼女に高明は額を押さえた。いつまで経っても妻に振り回されてばかりだ。それが幸せだと感じてしまうのだから救いようがない。
全国の刑事の中で一二を争う切れ者である諸伏高明も、愛する妻には敵わない。
旦那に愛されている。
