コウメイさんの奥さまは、
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「ぐぬぬ……」
美桜は向かい側でコーヒーを飲みながら新聞をめくる高明を見て唸った。
身長に比例した長い脚をこれ見よがしに組み、膝に新聞の角を軽く置いて最新の経済状況の把握に努めている。何もかも見透かしそうな深い青の瞳は上下に動いて文字を追い、優秀な脳みそに情報を与え続ける。
その顔立ちやパーツの配置は完璧といって差し支えなく、口の上にちょこんと生えた髭ですら芸術の一部になっている。最近後輩が出来た高明は先輩刑事から「お前ら同い年だろ」と笑われたのが心底気に食わなかったらしく、髭を伸ばし始めたのだ。童顔であることを地味に気にしているらしい。
そんな高明が新聞を読む姿ですら絵になっている。ルネサンスの画家や彫刻家たちが見れば、列をなしてモデルを頼むだろう。
「ふぬぬ……」
美桜はもう一度唸ると眉間に皺を寄せた。こんなかっこいい男が自分の旦那だという事実に感動を覚えると同時に、とある欲望がむくむくと膨れ上がる。
いつも冷静で、目の前で殺人事件が起きても大して動揺せず現場検証を始めるような人間だ。理性的で合理的な性格。───そんな高明に「ぎゃふん」と言わせてみたい。
要は勝ってみたいのだ。美桜は密かにそんな事を考えていた。
では何で勝つか。すぐ思いつくのは学業とスポーツだろう。
だが考えてみて欲しい。
東都大学法学部を首席で卒業した者に、学力で勝つことは可能か。ほぼ無理だろう。
美桜とて長野大学の経済学部を出ているが、地方の国立大学と日本を代表する国立大学の差は歴然だ。美桜の得意分野だったとしても勉学や雑学の幅が広すぎる高明の前では歯が立たないだろう。
とすれば次はスポーツだが、悔しいことに高明は何でも卒なく熟すためこちらも難しいだろう。警察官の中では圧倒的に頭脳派で、犯人と素手でやり合って逮捕するような肉体派には程遠い。しかしそれは警察官の中での話だ。
美桜とてスポーツはそれなりに好きだが、素人に毛が生えた程度。お世辞にも運動神経が良いとは言えない。
では、一体何で勝つか。
何で高明に「ぎゃふん」と言わせるか。
美桜は必死に考えた。───その結果がこれである。
「高明さん、にらめっこしよう?」
美桜は満面の笑みで高明を子ども遊びに誘った。
「ふっ、いいでしょう。」
高明はまるで物語の終盤に出てくる敵ボスのような悠然とした態度で新聞を畳んで置いた。空いた両手を膝を上で組むものだから、レベル1でレベル99のボスに挑んでいるような気分になる。とてつもなく高い壁が目の前に立ちはだかった気がした。
テーブルでやると新人冒険者とラスボスの構図になってしまい、その時点で勝てる気がしないため、美桜は高明の手を引いてダイニングのカーペットの上に座った。
互いに向かい合わせで胡座をかき、いざに尋常に勝負だ。
「手は使用禁止ね?」
「わかりました。笑うの判定はどこからですか?」
「ん〜、歯を見せたらでどう?」
「それでいいと思います。」
この時点で美桜は、ある重大なミスを犯していた。───高明は歯を出して笑わない。
美桜はそのことに気付かず、高明に「ぎゃふん」と言わせることしか頭にない。勝負はついているどころか、始めから勝負にすらなっていないのだ。
「にーらめっこしましょ、わらうっとまっけよ、あっぷっぷ!!」
美桜は自身の渾身の変顔を披露した。
目を大きく開いて中心に寄せ、緩く開けた口からペロッと舌を横に出す。少し気の狂った「ミルキーはママの味」のキャラクターのようだ。言い換えれば、ただ可愛いだけである。
「……」
高明は随分と可愛らしい変顔に内心癒されつつ、表情はぴくりとも動かさなかった。
高明が笑わないことに気付き、悲しくなってきた美桜の眉尻が下がる。その情けない顔に高明から「……ッフ、」と息が漏れた。歯を見せて笑っていないが、思わず口元を手で押さえる。
「あ! 笑った!!」
「歯を見せてはいませんよ」
「でも手使った!」
「……、」
それは変顔するときに手を使用するのが禁止であって、笑う時はいいのでは、と思った高明だが、歳下の可愛い嫁にそんな無粋なことは言わない。
「では僕の負けにしましょう。」
「やった!!」
次は高明の番である。
高明が変顔する。こんなにも主語と熟語が適合していない文章があるだろうか。そもそもあの顔に我々と同じ表情筋が備わっているどうかが既に怪しい。仮に備わっていたとしても、全く使われずに退化しているだろう。
高明と出逢って4年程。美桜も彼の変顔を見たことがなかった。呆れた顔をされることはよくあるが、それは変顔ではない。故に美桜も高明がどんな変顔をするのか、全く予想が出来なかった。
「にーらめっこしましょ、わらうっとまっけよ、あっぷっぷ!!」
美桜の掛け声で高明はとある部分に力を入れた。
「ぷっっ!!! あっはははははは!!!」
高明の顔を見た瞬間に美桜が吹き出して笑う。とてもではないが、笑いを堪えようとしている人のそれではない。
だが美桜が笑ってしまうのも無理はない。高明は口元にちょこんと生えた髭を動かしたのだ。髭だけがピンポイントで小刻みに動く。髭以外は至って真面目な顔をしているのがさらなる笑いを誘う。
「待って、ほんとに…あっははは!!! もう、やめてっ、息が、」
「ふむ。私の勝ちですね。」
これで一勝一敗、つまり引き分けである。だが、歯を見せて笑っていない高明と思いっきり歯を見せて笑った美桜。先の勝負で高明が大人な対応をしたためこの結果だが、状況的に考えれば高明の勝ちだ。
「あ!」
「? どうかしましたか?」
「ぎゃふんって言わせてない!!」
「…、」
高明はその時初めて美桜がにらめっこと言い出した理由を知った。だから高明はお望み通り言ってあげたのだ。
「ぎゃふん」
あの脊髄に響くような低音に似合わぬ言葉を。
「………なんか思ってたのと違う」
全く勝った気がしない美桜は頬を膨らませてそう言った。
旦那には勝てない。
