虚化篇
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「涼森五席、お客様です。」
名前を呼ばれた美桜は書類から顔を上げた。気付けば昼の休憩を終えてから二時間程書類と睨めっこをしていた。目に疲労が溜まっているのがわかり、美桜は目の周りをほぐすようにマッサージをした。
「今行くわ」
そう返事をして、大きく伸びをしてから立ち上がった。
他の席官の机も彼女の机と同じように書類の山が出来ており、それは席次が上がるにつれて高くなっていく。
平隊士は書類仕事などほぼなく、勤務時間を鍛錬に費やすことができる一方で、ある程度の席次になるとその時間は減っていき、ついに隊長格になれば鍛錬は終業後、自分の自由な時間を削って行うものになる。それなのに隊の中で誰よりも強くなければならないのも大変だ。美桜は他人事のようにそう思った。
そんな席官たちの机の間をすり抜けて廊下に出ると、待っていたのは意外な人物だった。
「あれ、リサ? 珍しいね、どうしたの?」
背中の中程までの黒髪を一本の三つ編みにして後ろに垂らし、赤縁の眼鏡をクイッと上げたリサは表情を変えずに言った。
「美桜、今晩暇か?」
「大丈夫だけど…」
「じゃあ美桜も来い。飲むで。」
飲み会のお誘いだった。勤務中にわざわざ遠い八番隊から来てまで言うことではない。
折角の誘いであるが、美桜には素直に頷けない理由があった。しかしながらそんな彼女の心の内は数十年来の親友にはお見通しである。
「安心しぃ。真子もおる。」
「ならよかった。お誘いありがとう。参加させてもらうね! 他には誰がいるの?」
自然とメンバーを聞いたのだが、リサはニヤリと笑うだけで答えなかった。
「内緒や。……懐かしい相手、とだけ教えたる。」
「懐かしい相手…?」
真央霊術院の同級生だろうか。美桜は真っ先にそう思った。
六年間特進学級だった四人は共通の知り合いも多い。彼ら以外に六年間特進学級だった者たちもおり、所属する隊は違えど定期的に連絡を取り合っている。
美桜は毎月発行される瀞霊廷通信の一番最後のページにある殉職者のリストに知っている名前がないか、目を皿にして確認している。残念ながら聞き覚えのある名も何回か見たことがある。ただそれはどれも普通学級の者たちばかりで、六年間特進学級だった者たちは一度も載ったことがない。
そんな彼らと同窓会を開くこともある。だから今日も同じようなものだと思ったのだが、待っていたのは美桜が全く予想していなかった人物だった。
終業の鐘が鳴ってから数刻後、とある個室居酒屋に護廷十三隊の副隊長と席官が集まっていた。
六つある座布団のうち、真子の隣にあるもの以外は全て埋まっている。愛川は最後の一人の顔を思い出そうと目線を上にやった。
「あと誰だっけか……。あの回道の子か?」
「せや。」
「あの子は何番隊に所属しているんだい?」
「鬼道衆や。ここは鬼道衆からはちと遠いからなぁ。もうちょっと待ってや。」
「鬼道衆か! 確かに中々の腕前だったもんな」
愛川と鳳橋が数十年前の夏の出来事を思い出して感慨に浸っていると、「失礼します」という声と共に障子が開いた。
「すいません、遅くなりました」
美桜は草履を脱いで座敷に上がると、空いている席に座った。当然のように真子の隣が空けられていることに少しの安堵を覚える。
「おー! 懐かしいなぁ!!」
「あら、お二人は確か……」
愛川と鳳橋を認識した美桜は大きく目を見開いた。大きな目がこぼれ落ちそうである。
そんな彼女の反応を見て満足気に頷いた拳西は咳払いをひとつしてから言った。
「覚えてると思うが、霊術院生の時に流魂街で会った死神の二人だ。偶然会って飲もうって話になったから、お前らも連れてきた。」
「改めて、三番隊副隊長の鳳橋楼十郎だ。ローズでいいよ。」
「七番隊副隊長の愛川羅武だ。俺もラブでいいぜ。」
それぞれ自己紹介をした後、運ばれてきた酒で乾杯した。
「この再会に。」
「「「乾杯!!」」」
次々に運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、数十年経っても変わらず再会出来たことを喜んだ。
「死神やってるとさ、思うんだよね。何年経っても変わらず近くにいてくれる存在って本当に貴重で。」
「同期も最初に比べたら半分以下になっちまったしなぁ…。お前らも同期とか友だちは大事にしろよ。」
なぜ半分以下になってしまったのかは語らずともわかる。だからこそ数十年ぶりに変わらぬ姿で会えたことが一層嬉しいのだ。
死神は常に死と隣り合わせで、隣にいる友が次の瞬間肉塊になっていてもおかしくない。友人や家族を亡くした者たちはふとした瞬間に生のありがたみを感じるのだ。
「まぁ、俺らの同期は上手くやってる奴が多いけどな。」
「せやな。同級生は特にそうや。」
「もしかして六年間特進学級かい?」
「あたりまえやろ。」
「……でも仲間は大切にしなね。」
「わかっとる。」
「はい」
同級生で、修業仲間で、かけがえのない友である四人は互いの顔を見合わせて笑ったり照れくさそうに目を逸らしたりしている。それは彼らが互いを大切に思っている証拠で、愛川と鳳橋は「この様子なら大丈夫だ」と胸を撫で下ろした。
中でも真子と美桜が醸し出す空気の甘さは友情のそれではなく、人恋にあまり興味のない鳳橋も流石に気が付いた。
「あれ、君たち付き合ってるのかい?」
「せやで。あの時より前からな。」
「へーー、そりゃ長いな。」
「真子、これ美味しいよ」
「お、ほんまや。このタレが美味いなぁ…家でも作れるか?」
「似たようなものならできると思う」
「「……」」
揚げた肉に香味ダレがかかった料理を食べて何かに気付いた美桜は、真子の皿に同じものをのせた。それを食べた真子と、このタレを家で再現しようと話す美桜。初々しさはそこにはなく熟年夫婦のような空気感だが、きっと二人きりになれば渋い茶が飲みたくなるほど甘ったるい空気が漂っていることだろう。
「同棲してるのかい?」
「はい。入隊と同時に。」
「いいなーー。俺も帰ったら可愛い彼女に癒されてぇ」
「僕には可愛いあの子たちがいるからね。毎晩隅々まで磨いてあげると良い声で鳴くんだよ…!!」
「え…?」
「毎晩隅々まで?」
「磨いてやると?」
「ええ声で鳴く…?」
四人の脳裏には鳳橋がたくさんの美女をはべらせて酒池肉林する様子が浮かんだ。それは鳳橋のイメージとはかけ離れたもので、この飲み会で近付いた心の距離がものすごい勢いで離れていった。美桜に至っては身の危険を感じたのか真子の腕を掴んでいる。
「おいローズ!! こいつら完全に勘違いしてるぞ!!」
「最近のお気に入りはフェリシアちゃんなんだよ! あのしなやかな体! メリハリのある曲線! 磨けば磨くほど美しく輝く肌! なんと言っても構ってあげないとすぐに機嫌を損ねるところが愛おしいんだ!!」
「……なんや、こいつ。こんな奴なんか?」
「いや、これはな、楽器のことだ。」
「「「楽器??」」」
「こいつは重度の楽器オタクでな。楽器について喋り出すとしばらくブッ壊れる。」
「そりゃ、また大変だな…」
まさか楽器でここまで熱くなれる者がいると思わなかった彼らにとって、鳳橋は己の視野を広げる良い材料になった。
「今日はありがとなー」
「いえ、こちらこそありがとうございました。」
「また飲もうやー」
ほろ酔いになった面々はそれぞれの帰路に着いた。帰る場所が同じの真子と美桜は肌寒い空の下、手を繋ぎながら歩く。
「びっくりだったな〜」
「せやなぁ。これもなんかの縁やろ。」
「みんな楽しそうだったもんね。また飲むの楽しみ」
美桜が甘えるように真子の二の腕に頭を擦り付ける。真子はその頭にそっとキスを落とすと、空を見上げた。
こんな日々がずっと続けばいい。
真子はそう思いながら小さな手をぎゅっと握った。
