虚化篇
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運命が捻じ曲げられたあの日から十年の月日が流れた。長いようで短い時間の中で様々なことが変わった。
虚化した八人の隊長格は自分たちを "
霊圧遮断義骸に入った彼らは何年経っても見た目が変わらない。そのため現世の住民に違和感を持たれぬよう、数年おきに場所を転々としている。
真子だけは昼間は仮面の軍勢とともに過ごし、夜は美桜と異空間の家で暮らすという生活を送っていた。
次に、喜助と夜一、鉄裁の三人は現世で浦原商店という駄菓子屋を始めた。彼らも義骸に入っているため歳を取らないが、喜助が記憶置換装置を発明し、それを定期的に関わりのある人に使用することで同じ場所に留まり続けている。
美桜はというと、死神に復帰することにした。
瀞霊廷を追放された皆が尸魂界の情報を手に入れるのは困難。その中でも求めているのは藍染の情報だ。困難を極める。
そこで美桜が情報収集も兼ねて死神として復帰することになった。もちろん夜は異空間の家に帰り真子と共に過ごす。
この決断に葛藤がなかったわけではない。
美桜とて尸魂界の、いや、中央四十六室のやり方に納得できるはずなかった。まるで都合が悪くなったら切り捨て、その首をすげ替えればいいとでもいうようなやり方に。
自分たちは座っているだけで何もできないくせに、安全な場所から処分を言い渡すのだ。被害を被るのはいつだって死神だ。
そんな憤りを感じながら、それでも死神に復帰することにしたのは、やはり藍染のことが大きい。会ったこともない奴に復讐するために、その身に刃を突き立てるために、美桜は敵だらけの瀞霊廷に単身で乗り込むのだ。
美桜は来月から七番隊の隊長になる。
愛川の時から副隊長だった小椿が年齢を理由に引退を決めた。他隊は隊長か副隊長のどちらかがいるが、七番隊だけどちらも空席になってしまう。現時点で候補者がいないということで京楽が強気に出て交渉したのだ。
美桜の卍解の縛りはどちらも睡眠だ。
卍解することで身体の休息に必要な睡眠時間以外の、余剰睡眠時間を消費する。そのため寝れる時に寝ておかなければ卍解ができないという難儀なものである。要は寝溜めが必要なのである。
以前真子のために卍解したときは選択した未来が生死を左右するものだったため、睡眠時間の他にも生命力を使った。そのため数日間気絶することになった。
未来を選択する卍解を早々使うことはないかもしれないが、万が一のためにいつでも卍解出来なければ困る。そのため、やるべき仕事が終了していれば勤務時間中でも眠っていいという許可が降りたのだ。要は公認のサボりである。
美桜が死神に復帰することを知った時、一番激しく反発したのはひよ里だった。彼女は自分を見捨てた死神のことを酷く恨んでいる。
「なんやお前っ!! 結局死神になるんか!? お前もウチらを裏切るんか!? あ"!?」
額に青筋を浮かべ、今にも虚化しそうな霊圧で叫ぶ。
「前から思っとった! お前どっち側やねん! ウチらと同じ仮面の軍勢でもないくせしてここに居座りよって!! 喜助たちはわかる! ウチら守るために尸魂界追放された! やけどウチはお前に守れられた覚えはない! お前は追放されてもいない! お前にウチらの何がわかんねんっ!!」
「───っ!!」
何か、ものすごく重いものが乗っかったように胸の中心が痛いくらい重たくなった。頭が真っ白になり、何も言葉が出てこない。口を開いては音にならずに散っていく。
「ひよ里っ!!! いくらお前でも許さんでっ!! 美桜がどんな想いで選んだと思とんのやっ!!!」
ひよ里は真子の本気の怒鳴り声に怯えたように肩をビクつかせた。そして真子の言葉の意味を理解できずに首を傾げる。
当然だ。美桜が真子を、皆を助けるために己の生命力を糧にしてまで卍解をして、未来を選択したことは真子しか知らない。
「美桜、あんたまさか…!」
卍解の能力を知っているリサがハッとしたように美桜を見つめた。
「言っとくけどなぁ、俺ら全員生きとるんは喜助のおかげやない。美桜のおかげや。……喜助は美桜が俺らを生かしたからここまで出来ただけや。」
本当は俺ら全員、あの夜に死ぬはずだったんや。
そう呟いた真子の声が水を打ったような静寂を保つ室内に響いた。
「それは、どういうことだ…、」
「真子、いいよ……もう、」
美桜は今まで皆のためを思って行動してきた。修行環境を整え、傷を癒やし、情報を集める。出来る限りのことをやってきた。
美桜は全員を生かす方法がこれしかなかったとしても、自分が選択した未来に責任を持つべきだと思っていた。でもそれは、美桜の自己満足でしかなかったみたいだ。
皆、口には出さないだけで同じことを思っていたのかもしれない。「お前に何がわかるんだ」と、心の中で叫んでいたのかもしれない。そう考えたらもうここにはいられなくなった。
「……ごめんなさい。」
美桜は小さく謝ってから仮面の軍勢の拠点を後にした。
美桜は行くあてもなくふらふらと歩いていた。頭の中では先程のひよ里の言葉が絶えず繰り返される。
───お前にウチらの何がわかんねんっ!!
確かにそうだ。何もわからない。わかるはずがない。心の中でそう答えては自嘲した。
美桜は虚化していない。だから、自分ではない何かが中にいて、それが虎視眈々と身体の主導権を狙っていることがどれだけ怖いのかなんてわからない。少しずつ迫りくる恐怖も、自分が死神ではない何かに変わっていく恐怖も。
なにも、わからない。わからないのだ。
「……海」
気付いたら海に来ていた。砂浜に座って寄せては返す波を見つめる。西陽が空を赤く染め上げて、波打ち際で遊ぶカップルや親子連れをオレンジ色に照らしている。
( どこで間違えたんだろう…… )
卍解しなければ良かったのか。それでは真子が死んでしまう。
卍解して救ったことを話せば良かったのか。それは恩着せがましい気がして気に食わない。
もっと早くに気付くべきだった。今更後悔しても遅い。
色々考えても答えはでない。むしろ考えれば考えるほど深みに嵌っていく気がする。ネガティブな思考に支配されてしまう。
「美桜っ…!!」
美桜はギュッと後ろから抱き締められた。腹に回る腕、耳元をくすぐる髪、背中に感じる温もり。その全てが美桜に答えを教えていた。
( そうだ、この人を守りたかったんだ… )
どんな代償を払ってでも守りたい人がいた。だから卍解をして未来を選び取ったのだ。例えそれがどんなに茨の道だったとしても、永遠に失われるより良いと思いながら。
誰に何を言われようと構わない。
ただ、真子が自分の隣にいてくれるなら、それ以外は些細なことなのだ。
「ふふっ」
「!!! ……なにわろてんねん」
あんなに後ろ向きだった気持ちが真子のことを考えるだけで前向きに変わった。それがなんだかおかしくて、美桜の口から笑い声が漏れた。
「……好きだなぁって」
振り向きながら呆気に取られた唇を奪う。
この世で一番愛しい人。何としてでも守りたい人。隣にずっといたい人。いて欲しい人。
いつだって愛おしそうに見つめてくれる胡桃染色の目。離さないとばかりに包み込んでくれる腕。生きていることを示す鼓動が聞こえる胸。
出会ってから百年以上経っても変わらず愛してくれる真子という存在が本当に愛おしい。この気持ちを上手に表現してくれる言葉はあるのだろうか。
「真子、愛してる。」
こんなありきたりな言葉でこの想いが全て伝わるだろうか。
「美桜、愛しとる。」
「こんな言葉じゃ伝えきれんけどなぁ」と続けた真子に、「同じことを考えているなぁ」と笑みが溢れた。
どんな騒乱の時代でも、どんなに苦しい状況でも。美桜の隣に真子がいて、真子の隣に美桜がいる。それ以外、何もいらないのだ。
