虚化篇
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「おはようさーん」
翌朝、修行場に顔を出した真子の隣に美桜の姿がないことに気付いたリサは首を傾げた。
「ん? 美桜はどうしたんや。」
真子はばつが悪そうに頭をかきながら言う。
「まだ寝とる。」
その一言で昨日何が起きたかを容易に想像できたリサが愉快そうに口角を上げた。
「抱き潰したんやろ。数週間二人っきりになれんかったのに加えて昨日の内在闘争や。生存本能刺激されたんやろ。」
「…、」
図星すぎて何も言えなかった真子はリサから逃げるように喜助の元へ歩き出した。
「今日美桜がおらんこと喜助に言うてくるわ。」
リサはそんな真子を見送ってから自身の虚を制御するために立ち上がった。隊長たちは虚に打ち勝つことが出来たが、自分も出来るだろうか。そんな一株の不安を抱えながら有昭田が張った結界の中に入った。
副隊長三人の内在闘争も無事終了し、内なる虚に喰われる可能性が低くなった。怒りや苛立ちといった感情が高まっても虚が顔を出さないことに気付き、どこか怯えながら過ごしていた日々は一変した。ようやく今後のことを考えられる状態になったのだ。これまでは藍染を思い出すだけで虚に引き摺られていた意識が、しっかりとあるべき場所に留まっている。
「これからどうします?」
喜助は今日の夕飯を聞くように今後の方針を聞いた。
「俺らの目的はひとつ。……藍染への復讐や。」
「当たり前やろ。」
「だが今すぐは無理だな。ほとぼりが冷めねぇと身動きも取れねぇ。」
「そうっスネ。……幸い、涼森サンがいる限り潜伏場所には困らなそうだ。」
美桜以外は全員、尸魂界から追われる身。まだ日が浅いこともあり、多くの死神が消えた十一人の行方を探していた。
このまま藍染を討ちに行ってもそこに辿り着くまでに多くの死神を殺すことになる。上を守るために下が戦うのが世の常だ。
それに虚に打ち勝ったとは言え、制御には程遠い。虚を完璧に制御出来るようになることが何よりも優先順位が高かった。
「じゃが、ここにおったままでは尸魂界のことが何もわからん。定期的に様子を見に行く必要があるな。……まぁワシが猫になれば行けんこともないが。」
「いえ、私が行きます。」
「ハァッ!?」
想像していなかったのだろう。真子が素っ頓狂な声を上げた。
「あかんわ。絶対あかん。」
「考えてみてよ。みんな尸魂界から追われてるんだよ? まだ時間も経ってないから警備も厳しいと思う。……でも私は死神でもないから目もつけられてない。適任でしょ?」
「せやけどなぁ…、」
真子もわかっているのだ。美桜が適任だということを。だが理解と納得が別物のように、頭でわかっていても心で受け入れることができないのだ。
「ボクは賛成っス。唯一涼森サンだけが自由に動ける。……そしてボクたちに今必要なのは情報だ。」
「……」
「一番見られちゃいけないのは、我々と美桜サンが一緒にいるところっス。そう考えると、美桜サンを一人で送り出す方法が最善……ちなみにお二人が夫婦であることを知ってるのは?」
真子も美桜も関係を言いふらすような性格ではないため、一部の人しか結婚していることを知らない。その大半がここにいる今、他にいるとすれば数人だけだ。
「京楽サンと浮竹サンや。あとは先代大鬼道長と鬼道衆三席の芦谷か?」
「それくらいだと思う」
大鬼道長は既に引退している。芦谷三席は言いふらすような人でもないため大丈夫だろう。問題は京楽と浮竹だった。真子とも関わりがある二人は美桜に会った途端に聞いてくるだろう。平子隊長はどうなったのだ、と。
「俺はその二人なら大丈夫やと思うけどなぁ。リサはどうや?」
「……あいつはふざけとるけど誰よりも思慮深いで。うちは信頼も信用もしとる。」
気付けば真子も京楽とは長い付き合いだ。真央霊術院時代に稽古を付けてもらったことがきっかけだったため、百年以上になる。リサに関しては言わずもがなだ。
「じゃあすまんが美桜、瀞霊廷に行って情報を集めてきてくれるかのう。」
「わかりました。」
真子はまだ不服そうな顔をしているが、これが最善の策なのだ。
「うちは一瞬であの二人にはバレると思うで。」
「え、なんで??」
「考えてみ。美桜と真子は見てるこっちがやられるくらい年中熱々や。そんなんで片方いなくなってみ。もう片方がどうなるか。美桜は泣き腫らした目でも憔悴した様子もない。おかしいと思うやろ、普通。」
確かに、真子がいなくなれば美桜はいつも通りではいられない。涙が枯れるほど泣き、隣にあるはずの温もりがないため眠れず、何もかも無気力になるだろう。
だが今はどうだ。状況は何もかも異なるが、美桜は変わらず真子の隣にいる。憔悴の「し」の字すらない。
「俺愛されとるなぁ…」
真子は隣に座る美桜の肩に頭を乗せた。金色が肩を滑り落ちて腕をくすぐる。
「真子は?そうなってくれないの?」
美桜は真子がいなくなれば生きていけない。では真子はどうなのだろうか。美桜がいなくなっても普通に生きていけるのだろうか。もしそうなら非常にショックだ。
「……アホ。」
「ふふっっ!!」
その一言で答えがわかった美桜は顔を綻ばせた。嬉しくなって手を繋いでは親指の腹で訳もなく真子の手をなぞる。
「やっぱり私たちは二人でいないとダメだよね」
言葉は返ってこなかったが、握る力が強くなった手が何よりも雄弁に語っていた。
「ン"ン"ン"!!!」
「あーー、そろそろいいかの?」
「あ、すいません、つい」
「いやぁ、仲が良いのは良いことっスからねぇ」
「仲が良すぎるのも問題やけどな。」
二人だけの世界に入りかけていたが、わざとらしい咳払いにハッと意識が戻ってきた。申し訳なさそうに小さくなる美桜に対して、真子は全く気にしていないのかいつも通りだ。
「しゃーから、京楽サンと浮竹サンには俺と美桜が一緒におることがバレる可能性が高いちゅーことか。」
もう下手に隠さない方がいいのかもしれない。そう思ったのは美桜だけではなかった。
「その二人には言ってもええと思うけどなぁ。」
「そうっスね。ボクもそう思います。」
「ちゅーことで美桜、京楽サンと浮竹サンには言ってもええで。やけど無理して言う必要はない。バレたらや。浮竹サンは知らんけど、京楽サンは藍染に何かしら感じるもんがある言うとった。出来る限り京楽サンだけに留めておけ。どこから漏れるかわからんからな。」
「ん、わかった。」
そんな話をした翌日、喜助から借りた霊圧遮断外套に身を包む美桜の姿があった。霊圧制御は完璧だが、万が一のために外套をしっかりと羽織る。
「じゃあ、行ってくるね」
「おん。気ぃつけてな。」
チュッと軽いキスをしてから美桜は空間を開けた。
霊圧を極限まで落とし、縛道の二十六番の曲光で自分の姿を見えなくしてから京楽の私室に降り立つ。既に隊舎に向かった後なのか、室内には誰もいなかった。とすればまだ帰ってくるまで時間がある。美桜は早速情報を集めるために各隊を回ることにした。
「六車隊長と久南副隊長が行方不明って本当か?」
「あぁ、平子隊長や愛川隊長もらしい。」
「一気に隊長格が抜けて大丈夫なのかよ。」
道端でまさに知りたかった話をする隊士を見かけて思わず足を止めた。やはりあまりの事の大きさに全てを隠すことは出来なかったのだろう。
そしてその後に聞こえた言葉に息を呑んだ。
「五番隊は藍染副隊長が昇格するらしい。」
「藍染副隊長なら安心だな。」
その隊士に殺意すら湧いた。
美桜は藍染惣右介に会ったことがない。会ったことがない人物にここまで憎悪を抱くのは、藍染が真子たちにしたことを知っているからだ。到底許すことができない。
霊圧が乱れかけた美桜は深呼吸をして気持ちを落ち着けると別の隊に向かった。
護廷十三隊を一通り回った結果、やはりどこも混乱が残っているようだった。特に隊長格が抜けた隊は業務に追われていた。
美桜は京楽の部屋に戻ると静かに部屋の主の帰りを待った。
( 帰ってきた… )
京楽の霊圧が近付いてくる。完全に霊力を消している美桜には気付いていないようで、躊躇いなく戸が開いた。その瞬間、本能的に花天狂骨に手をかけたが、すぐに誰がいるのか気付いたのだろう。跳ね上がった霊圧も元に戻り、いつもの京楽に戻った。
「おやぁ? 珍しいお客さんだ。」
何事もなかったかのように戸を閉めた京楽は帯から斬魄刀を抜いて腰を下ろした。その顔にははっきりと隈が出来ており、リサが心配でまともに休めていないことが見てとれた。他でもない京楽がリサを推薦して任務に行かせたのだ。様々な経験を積んで欲しいと思い送り出したが、まさかこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。
「おかえり、春兄。…話したいことがあるの。」
「……聞こうじゃないの。」
美桜は一通りのことを話した。
何者かの陰謀に巻き込まれて強制的に虚化させられたこと。今は虚に打ち勝って安定してきていること。尸魂界に戻ることができないため修行して必ず復讐すること。
「そっか、リサちゃん……よかったよ、」
京楽は安堵で潤んだ目を隠すように編笠を深く被った。隊長格全員の無事はもちろん吉報だが、京楽にとっては大事な副官の無事が何よりも嬉しかった。
皆の無事と今後の方針を話せば、当然美桜のことも気になるわけで。京楽は自然とその言葉を口にした。
「で、美桜ちゃんはこれからどうするんだい?」
「っ、」
美桜はすぐに返事をすることが出来なかった。
虚の暴走という脅威は去った。次は維持訓練だが、それは美桜がいなくてもできる。では自分は何をするのか。何ができるのか。ただ真子の隣で何もせずに笑ってなどいられない。
ずっと考えないように目を背けていた。自分ができることがあまりにも小さく、虚に打ち勝った皆に比べて惨めだった。
そんな美桜の心のうちを察したのか、京楽は「あんまり言いたくないけどね」と前置きしてから言った。
「山じぃから、誰か隊長の器に相応しい者がいれば推薦するよう言われちゃったのさ。僕と浮竹の思い浮かんだのはただ一人。……美桜ちゃん、君だよ。……どうだい? 隊長、やってみないかい?」
「え、」
夢にも見ていなかった提案に思考が停止する。
「平子クンと結婚するときに、卍解会得したって聞いたからね。まぁ縛りも追加されたみたいだけどさ。……ちょっと考えてみてよ。」
師にそう言われれば考えるしかない。自分が隊長になる。考えたこともなかった未来に頭が混乱している。
「とりあえず今日は帰りなさい。平子クンも待ってるでしょ。」
「うん、そうするね。」
「リサちゃんのこと、頼むよ。」
「大丈夫だよ、リサは強いから。一番よくわかってるでしょ?」
揶揄うように言って異空間に消えて行った美桜に、呆気に取られた京楽は眉を下げて笑った。
「そうだった、ボクが一番よくわかってるんだった」
そんな簡単なこともわからなくなるほど弱っていたらしい。「まいったね、どうも」なんて言いながら編笠を被り直した京楽の口元には、笑みが浮かんでいた。
