虚化篇
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美桜の異空間内はいつだって快適だった。外が雷雨でも大雪でも、異空間内は美桜が思った通りの気候になる。真子はそれがこんなにも憎たらしく思う日が来るとは思ってもいなかった。
ツンと鼻を刺すような朝の澄んだ空気。見上げれば所々に雲はあるものの、青々とした大空が広がっている。大きく息を吸って深呼吸をしたいところだが、自分の中にいる何かが清々しい気持ちを黒く塗り潰す。
頭の中に別の人格がいる感覚だ。どんなに晴れやかな気持ちで目覚めても、身体の中から飛び出そうと暴れる奴のせいで気が抜けない。抜いたら最後、身体の主導権を奪われて仲間を傷付けるだろう。何よりも守りたくて強くなるために刀を取ったのに、他でもない自分がその力で傷付けるのだ。
これは恐らく真子だけではないだろう。虚化した全員が同じ状態にあると見て間違いない。
真子はぼんやりと思った。───あぁ、これが虚化か、と。
皆無事に目覚めたことを確認した喜助は少しだけ心が軽くなった。最悪眠っている間に虚化する可能性も考えていたため、喜助と夜一は徹夜で皆を監視していたのだ。
「皆サンの身に何が起きたのかご説明しましょう。……気になるでしょう。自分の身に何が起こったのか。」
虚化した八人全員が一番気になっている部分だ。特に拳西や白は最初に虚化したため、何が起きてこの状態になっているのか全くわからないのだ。一番最後まで自我を保っていた真子も口を噤んでいたため、ずっと聞けずにいた。
そして喜助の口から語られる、数々の受け入れ難い現実。
部下の裏切りと謀略。死神の虚化の実験。そして中央四十六室の下した "虚として処分" という決定。
喜助が後悔を滲ませながら言ったその言葉に、皆の霊圧が膨れ上がった。その瞬間ハッとした真子が叫ぶ。
「興奮すんなや!! 主導権奪われるでっ!!」
皆自分の中の虚が大きくなったことを感じたのだろう。戦え、殺せ、喰らえ、と耳元で囁かれている。ここで負ければまた身体を好き勝手にされるのだ。もうあんな思いをするのはごめんだった。大きく波打った霊圧を落ち着かせることに全力を注ぐと虚の気配が消えた。
「さぁて。これからどうしまスか?」
「しばらくここで虚の制御訓練するしかねぇだろ。制御しねぇと碌に出歩けねぇ。」
確かに少し感情的になったくらいで虚に主導権を握られそうになるようでは、満足に日常生活すら送れない。
だが、どうやって制御するか。そこが問題だった。
本来なら崩玉の力を使ってでも死神と虚を引き剥がすことが一番良いのかもしれない。だが喜助は、魂魄自体に虚が混ざっている状態のためそれは難しいと判断した。水と油の分離は容易いが、チョコレートを分離させるのが難しいのと同じだ。
では美桜の時間回帰はどうか。これは真っ先に話題に上がった。だが、答えは否だ。
美桜の時間回帰の発動条件は、対象は目に見えるものであること。身体の怪我はもちろん、実際に肉眼で捉えていなくとも傷を認識できれば可能だ。
魂魄は当然目に見えない。故に時間回帰をかけて虚化する前の状態に戻すことが出来ないのだ。
議論した結果、自身の精神世界にいる内なる虚を自分で倒すしかないという原始的な結論に至った。
問題は、誰からそれをやるか、である。
何もかもが手探り状態で、最初の一人は必ず実験台のような状況になる。しかし現状を打破するためには、誰かがやらなければならない。そしてその経験を積み重ね、よりよい方法を模索するしかないのだ。
「俺が最初に行く。」
皆の視線が拳西に集中する。誰かが止めようと口を開くが、それが音になる前に拳西が制した。
「俺が一番最初に虚化した。お前らを襲った俺はほとんど虚だったんだろ。じゃあ俺が一番虚化が進行してるはずだ。……だから俺が行く。」
誰も異議を唱えなかった。いや、唱えることが出来なかった。ここで何か言えば、それは拳西の覚悟を踏みにじることになるからだ。
皆の肝をなめたような顔を見回すと、拳西は真子に向かって言いづらそうに口を開いた。
「真子。俺が虚になったら、その……、トドメはお前が頼む。」
「「「!!」」」
皆が目を見開く。それから思い知った。これからやろうとしていることはそういうことなのだ、と。
内なる虚に勝利すれば虚化を制御出来るはずだ。では負ければどうなるか。答えはひとつしかない。虚に飲み込まれ、完全な虚となるのだ。
拳西自らにそのような願いをされた真子は、まるで冗談でも言っているかのような軽い口調で返した。
「一撃で送ったるからはよ行けボケェ。」
美桜は知っている。こういう時の真子は本心を隠しているのだ。当然だろう。誰が長年苦楽を共にしてきた友を斬りたいか。
美桜が真子の心に寄り添うように手を握れば、遥かに強い力で握り返された。
「拳西のことは俺らが一番長く見てきたやろ。せやから大丈夫や。信じたれ。」
自分に言い聞かせるように真子は言った。
拳西は鉄裁が張った結界の中心で胡座をかいて目を閉じた。皆が拳西を見守る中、美桜はいち早く異変に気付いた。
「霊圧が…!」
霊圧が波打ったように荒れたと思えば一気に虚のそれに変わったのだ。そして顔に独特の仮面が現れる。
「「「…ッ!!!」」」
「う"お"お"ぉぉぉぉ!!!」
そんな拳西を見た喜助は音もなく立ち上がると結界の一部を紅姫で指した。
「鉄裁サン、ここ一瞬開けてください。」
「しかし浦原殿…!」
「こうなると思ってました。誰かが相手しないと被害が広がりそうだ。アタシが先に行きます。」
十分経ったら交代してくださいね。そう言って喜助は結界の中へ入っていった。
残された美桜たちはローテーションを組んで十分ごとに交代することにした。だが結界を維持する鉄裁、治療係の美桜と鉢玄はローテーションには含まれなかった。よって八人で回すことになる。
リサ、鳳橋、愛川と進み、夜一が相手している時のことだった。
「待ってください、霊圧が!」
「あぁ、変わったのう。」
今まで虚の霊圧が全体の七割を占めていたのが、拳西の霊圧がそれを上回ったのだ。そしてそのまま抑え込むように虚の霊圧が鎮静化していく。
拳西は自身の顔についている仮面を左手で取った。仮面の下は、いつもの拳西だった。
成功だ。無事虚を抑え込むことが出来たのだ。真っ暗な道を手探り状態で進んでいた状態から、進むべき道が見えてきた気がした。
そこからは早かった。
内在闘争を終えた者はその疲労からローテーションに加わることが出来ないため、一日に二、三人ずつ内在闘争を行っていった。
そして、遂に真子の番が来た。
既に真子以外の隊長は全員虚に打ち勝ち、抑え込むことに成功していた。真子は虚化した際に最後まで自我を保っていたが、同時に短時間で急激に虚化が進んでいた。
美桜は不安で仕方がなかった。真子は大丈夫だと信じたいが、最悪の可能性が頭をよぎる。
もしも真子が虚に負けたら。真子は虚として殺さなくてはならない。しかし殺してほしくない。頭の中でぐるぐると回り続ける。
そんな美桜の心が手に取るようにわかったのだろう。真子はフッと笑ってから優しい顔で頭を撫でた。そして美桜の額に自分のそれを当てて言う。
「いい子で待っとれ。行ってくるわ。」
チュッと音を鳴らして軽いキスをする。
美桜が気付いた時には真子は結界に向かって歩いていた。長い金色の髪を靡かせ、逆撫を右手に持ち、猫背で歩くこの世で一番愛しい人。その後ろ姿を目に焼き付ける。
( どうか……、 )
信じたこともない神に祈る。こんな時だけ神に縋るのは都合が良すぎるとは思ったが、そうせずにはいられなかった。
結果的に真子の内在闘争は十五分程で終了した。最後まで自我を保っていたのが大きかったのだろう。美桜にとっては何時間にも感じられる十五分だった。
