虚化篇
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
誰かに呼ばれた気がして深い眠りの底から意識が一気に浮上した。貼りついた瞼をこじ開ければ、薄暗い寝室と険しい顔をした芙蓉。まだ瞼が重たく、休息を必要とする本能が美桜の意識を再び眠りに引き込もうとした。
「そろそろ起きなさい。貴女にはやることがあるはずよ。」
「───ッ!」
その言葉で全てを思い出した美桜は眠気を忘れて起き上がった。
「真子はっ!?」
問いかけながら自分の目であの金色を探すが見当たらない。見慣れた寝室で一人眠っていた美桜はあれからどれほど時間が経ったかを知った。もう、全てが終わっている時間だ。
「行きなさい、彼のところへ。今美桜がやるべきことはここにはないわ。」
「……うん」
芙蓉の言葉に背中を押された美桜はベッドから抜け出して真子の霊圧を探した。
いくつもの空間を隔てた先に見つけた光には、影が出来てしまっていた。死神にはないはずの因子が混ざっている。その正体を予想しつつも否定したい自分がいる。
( まさか、そんな……、 )
ここで考えを巡らせていても何も出来ない。美桜は思考を遠くへ放り投げると空間を開いた。その中に入る前に振り返って芙蓉を見た。
「芙蓉、ありがとう。」
「いいのよ。大切にね。」
芙蓉の卍解のおかげで真子が生きている。怪我をしているかもしれない。前までの真子ではないかもしれない。だが、生きているのだ。美桜はそれだけで充分だった。
美桜は気を引き締めてから空間に飛び込んだ。
「今から二十時間で、僕たち二人と平子サンたち八人、計十体の霊圧遮断型義骸を作ります。」
喜助はこめかみに汗を滲ませながら言った。それもそうだ。義骸一体作成するのに数日かかるところを、一日にも満たない時間で十体作ろうとしているのだ。常識的に考えれば出来るわけないが、浦原喜助はやると決めたらやる男だ。
それまでここに留まり続けていられるかどうか。どちらかといえばそちらの方が問題だろう。だが昔から修行場として使っているこの場所が一番敵の手が届かない場所なのだ。選択肢は残されていなかった。
いざ取り掛かろうと腕まくりをしたとき、誰かの霊圧を感知した。咄嗟に喜助は紅姫を抜刀、夜一は重心を落としていつでも飛びかかれるように、鉄裁は鬼道を放つために手を構えた。
三人が警戒する中、音もなく空間がまるで紙のようにまっすぐ切れた。細い指が見えたと思えば、隙間を広げて身を乗り出してくる。右足が踏み出され、やがて身体が何もないはずの空間から現れた。
「「「……!!!」」」
見覚えのある人物に三人の目が見開かれる。
纏っているのは見慣れた死覇装ではなく着物。乾いた土色の世界に不釣り合いな明るい青で描かれたアサガオの花。瞳によく似た色の蜻蛉玉がいくつかついた簪で髪をまとめ上げ、三人には見向きもせずに走っていく。進行方向には藍染の謀略によって虚化した八人の隊長格。
「……真子、」
その中心にいる愛おしい人の前で美桜は膝をついた。見たことのない仮面が頭部を覆い隠しているため顔も見えない。
わかっていた。卍解で見えた未来には同じ仮面を片手に逆撫を振り回す真子がいた。いつかこの死神の虚化という未知の現象を乗り越えて、自分の力に出来るのだと。頭ではわかっていたのだ。
だが実際、こうして目の前に現実を突きつけられると受け入れたくない自分がいる。現実から目を背けたい。背中を向けて逃げて、思い出に浸りながら幸せな気持ちで生きていたい。
何度目を擦っても、何度涙が頬をつたっても、決して変わることない重たい現実という名の高い壁が目の前に聳え立っている。頂上は雲に覆われて見えない。果たして、本当にこの壁を乗り越えることが出来るのだろうか。
「美桜サン、一体何しに来たんスか。」
打ちひしがれる美桜の首筋に抜き身の刃が当てられた。肌を針で刺すようなピリピリとした殺気は本物だった。
美桜は着物の袖で涙を拭うと、刃を気にせずに振り返った。
「……!」
確かに刃が肌を滑った。薄い皮膚など切れて血が流れるはずだが、美桜の肌には傷ひとつない。
それもそのはず。美桜は異空間を出ると同時に時間停止の能力を付与した霊圧の膜で自分の身体を覆っている。真子を除く全てのものは美桜が受け入れない限り、膜に阻まれて届くことはない。故に喜助も美桜を傷つけることが出来ないのだ。
美桜は手で紅姫を握ると、驚いた顔をする喜助を見上げた。
「…どこへ、逃げる気ですか」
ゆっくりと、はっきりとした声が響いた。質問の意図が読めない喜助に戸惑いの表情を向けられ、美桜はもう一度問うた。
「追われているのでしょう。逃げるあてはあるのですか?」
途端に喜助は苦渋を噛みつぶしたような表情で目を逸らした。
全てを察した美桜は荒野の出入り口と思われる扉に目を向ける。美桜の異空間への扉は現実の扉を介さなければ開けることができない。出るのは自由だが、中に入るときには必ず扉が必要になる。あの扉からなら入ることができるだろう。
「喜助さん、私の空間に行きましょう。そこなら誰にも邪魔されることなく作業できます。」
喜助は以前、美桜の空間で虚の研究を行っていた。そのため美桜の斬魄刀の能力を明言したことはないが知っているのだ。
「お願いします、美桜サン。」
「よいのか喜助!!」
夜一が喜助に詰め寄った。大方、急に現れた美桜に死神の虚化実験の被害者たちを預け、さらには自分たちもそこに留まることの危険性を忠言しているのだろう。
「美桜サンは大丈夫っスよ。なんせ彼女は平子サンの奥さんっスから。」
「そうなのか!? あやつ妻帯者だったのか!!」
夜一は猫のような金目を見開いた。
「平子 美桜と申します。お話したいことはたくさんありますが、まずは追手から逃れましょう。」
「それもそうじゃな。」
美桜は扉を起点に異空間と繋げると、真子たちを中へ運ぶよう指示した。手伝おうと思ったが、皆が二、三人ずつ持ち上げるため手伝いは不要だった。鉄裁など鉢玄を背負って右手に拳西、左手に鳳橋を持っている。流石である。
全員が中に入ったことを確認すると、美桜は静かに扉を閉めた。
