虚化篇
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その日、美桜は護廷十三隊に書類を届けに来ていた。
いくら護廷の名を冠していないとはいえ、鬼道衆も瀞霊廷を守るための組織であることに変わりはない。故に時折護廷十三隊の隊士を対象に鬼道講習なども行っている。
今日はそのお知らせの紙を全隊に配布しに来たのだ。
「あれ、鬼道衆じゃない? なんでここに?」
鬼道衆の死覇装は死神のように完全な黒ではなく、限りなく黒に近い濃紺だ。一見同じ色に見えるが、死神の中に一人だけ鬼道衆がいればすぐにわかる。
「そろそろ講習の時期だし、そのお知らせじゃないかな」
「俺鬼道超苦手だから毎回参加してるんだけど、この前ついに赤火砲の詠唱破棄が出来るようになったんだ〜」
「え、おめでとー!」
そんな会話が美桜の耳にも聞こえてきて嬉しくなった。死神の基本である斬拳走鬼の中でも、鬼道は群を抜いて種類が多い。習得するのも困難だが、その分多種多様な状況に対応することが出来る。攻撃の幅も広がるのだ。
一番隊から順に書類を届けていき、五番隊隊舎前に到着したとき、昼休憩まで後少しの時間だった。美桜はこれを狙っていたのだ。
真子の霊圧が隊首室にあることを確認し、美桜は隊舎の門を叩いた。
「鬼道衆五席の涼森です。書類を届けに参りました〜!」
近くにいた隊士に中へ入れてもらい、場所はわかっているからと案内を断って隊首室へ向かう。歩きながら霊圧を消し、どんな反応するか想像しながら扉を叩いた。
「鬼道衆五席の涼森です。書類を届けに参りました。」
その瞬間、中からガタゴトッと音がした。大方驚いて躓きでもしたのだろう。それか机の角に足でもぶつけたか。いずれにせよ面白い。
美桜は「ぷくく」と笑いながら扉が開くのを待った。
「……なんでおるん」
「言ったじゃない、書類を届けにきたの。はい、これ。」
「おん。……もうこんな時期なんか。」
「真子は出なくていいよ。」
「出るかボケェ。これ平隊士対象やんけ。副隊長にもなって出られんわ。」
「でももし教えてもらいたいなら私が付きっきりで教えてあげる」
「そりゃええなぁ」
隊首室の入り口でそんな話をしていると昼休憩の鐘が鳴った。時計を見てから再びこちらを見た真子に、美桜は持ってきた物を見えるように掲げた。真子がフッと笑って頭を撫でる。
「一緒に食べよか。」
「うん!」
応接間のソファに並んで座った二人は同じ具が入った弁当を広げた。五番隊隊長は任務で流魂街に出ており不在のため、隊首室には真子と美桜だけだ。
「詰めてるときも思ったけど、今日のだし巻き卵すごい上手。木の年輪みたい!」
「せやろ?? 今日は上手くできたんや。…生姜焼きうま。こんなん米足りひんわ。」
「生姜チューブ入れすぎちゃったんだけどね! 出てこないと思って強く押したらブチュッてなっちゃったの」
「やから声あげとったんか」
「そうそう!」
今朝聞こえた「わ!」という声の謎が解けた真子は一笑した。
こういう他愛のない会話だけでストレスや疲れが消えていくのだから、恋というものが持つエネルギーはとんでもない。
ただ、そんな楽しい時間にも必ず終わりが来るわけで。
時計を見上げた真子は食べ終わった弁当を片付けながら言った。
「これから鬼道衆に戻るんか?」
「ううん。まだ届けなきゃいけない書類があるから、その続き。真子は?」
「俺は何もなければこのままここで書類や。」
そう言って真子は自分の机を顎でさした。その先にある書類の山に美桜も苦笑いする。
「大変ねぇ、副隊長さんは」
「ほんまやわ。書類仕事が多くてかなわん。」
真子は心底嫌そうな顔でため息をついた。
席次が上がれば上がるほど書類仕事が増えるが、やはり隊長格ともなると桁違いになる。肩が凝っているのか自分でマッサージをする真子に、帰ったら揉んであげようと美桜が決めた時だった。
「───ッッ!!!」
己の狭い視界に入ったその色から目を逸らすことが出来ない。
赤い光。爛々と輝くようなものではない。ぼんやりと怪しげに光るそれは、真子がこの後負傷することを示している。
「どないしたん?」
顔色を変えて固まった美桜の背中を真子が撫でる。
「真子…ここが、赤く、」
腹の辺りを撫でられた真子はすぐに意味を察し、震える彼女を安心させるように腕の中に入れた。己の心臓の音を聞かせるように胸に抱き込み、大きく息をする。
「黒は見えるんか?」
「……ううん」
「さよか。」
黒い光は死の色。
以前、鬼道衆の平隊員が全身を黒い
その時に初めて気付いた。赤は怪我、黒は死を表していることを。
真子の腹は赤く光っているが、その身体に黒はどこにもない。それを再度確認した美桜は胸を撫で下ろした。怪我はするが、命に別条はない。死神に怪我はつきもので誰しも多かれ少なかれ怪我をして帰還したことがある。
今回も任務で負傷するが、死にはしない。言ってしまえば日常茶飯事で些細なこと。
だがそれで片付けられるほど、心は単純に出来ていない。
美桜は手にありったけの回道を込めた霊力を放出した。丁寧に凝縮して霊石を作り出す。込められた霊力が多いため、内側から淡い緑色に光るそれを真子に押し付けるように渡した。
「これ、」
本当はついて行きたい。午後になればきっと急な任務が入り、真子はそこで決して軽くない傷を負うことになる。
今日は偶然一緒に昼食をとることが出来たから気付くことができただけで、以前にも真子が怪我をして帰ってくることがなかったわけではない。
命の危険があれば迷わずついて行くが、それ以外は涙を呑んで耐えるしかないのだ。
「おおきにな、美桜。」
「これくらいしか出来なくて…」
「あほ。十分すぎるわ。俺はきっと任務で怪我する。やけど美桜が持たせてくれたこれで回復できる。……安心しぃ。ちゃんと帰ってくるわ。」
お前には心配かけるけどな、と続けた。
ぽろりと落ちた涙が真子の死覇装に吸収された。
美桜は真子の胸に顔を埋め、彼の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。これで終わりにするから。いつも通り笑顔で見送るから、今はこうさせて。
数拍後、顔を上げた美桜の顔に涙はなかった。
「待ってるから。どんな怪我でも元通りに治すから安心して。」
「そりゃ心強いな。……じゃあもう帰り。」
真子はふっと笑ってから机に置いてあった鬼道講座の案内を美桜に渡して背中を押した。
「ん。じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。」
「おん、美桜もな。」
手をひらひらさせて見送る真子の腹部には先程よりも薄くなった赤い光が妖しく揺らめいていた。
