虚化篇
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いつも通りの一日になるはずだった。
同じ時間に起床し、真子を仕事へ送り出し、美桜は家事に没頭する。気付けば時間が過ぎており、慌てて夕飯の支度をして帰ってきた真子を出迎える。今日も書類の量が多かっただとか、弁当の卵焼きの塩加減が絶妙だっただとか、そんな他愛のない会話を楽しんでから眠りにつく。
今日も明日も、そんな日々が続くと信じて疑っていなかった。
物音がして意識が浮上する。どうやらソファでうたた寝してしまっていたようだ。
美桜がすぐに覚醒出来ずにボーッと天井を見上げていると、帰宅した真子がリビングに入って来た。
「おかぇ…、」
出迎えの言葉は最後まで音になることなく空に消えた。なぜなら真子の左肩が赤く光り、背中には黒い靄を背負っていたからだ。
「───ッ!!」
顔から血の気が引いていくのがわかった。何か言葉を発しようにも唇が震えて言うことを聞かない。自分の目が信じられない。いや、信じたくない。
それでも美桜は、愛する人を永遠に失うかもしれないという恐怖に立ち向かった。
「どないしたん?」
訝しげな視線を送る真子の質問に答える余裕はなかった。何も言わず彼に抱き付き、肌を触れさせることで24時間以内の未来を見る。
「貴方の後ろにいたのが、私ではなかったことに。」
「くっそぉぉぉ!!」
「違う、これは虚化だ。」
「今から彼らの時間を止めます。何人助けられるかはわかりませんが」
真子に降りかかる数々の災いが視える。その災いの被害者は真子だけではない。リサや拳西をはじめとした他の護廷十三隊隊長格もだ。
美桜は真子から一歩離れると、空間の中から斬魄刀を取り出した。
「ッ!! ……美桜、まさか、」
美桜の手の中にあるそれを見て真子が息を呑んだ。しかしすぐに鋭い目に変わり、美桜がやろうとしていることを知った。この短時間で美桜が何を見たのか。その大体の内容を察して目を閉じる。
美桜はあまり斬魄刀を持たない。常時解放型のため斬魄刀を持たずとも能力が使えるからだ。つまり美桜が斬魄刀を手に取るときは、基本的に始解だけでどうにかできるものではないときだ。
美桜は滅多に抜かない斬魄刀 芙蓉をゆっくりと抜いた。
柄も鞘も金色の斬魄刀の刀身は透き通っており、反対側を柔らかく透過させる。とてもではないが他の刀を受け止められそうにない。この斬魄刀はそもそも刀同士を交えることを前提にしていないため、刃自体の強度は非常に弱い。隊長格と何度か打ち合えばたちまち刃こぼれするだろう。
その柄を両手で持って切先を真子に向けた。傷がつくことはないとわかっていても気は進まない。だがそんなことを言っていられる状況ではないのだ。
美桜は意を決して刀身を真子の胸に突き刺した。肉を断つ感触はなく血も出ない。まるで豆腐に刃を突き立てたようにするりと吸い込まれていく。
「卍解
そう呟いた瞬間、美桜と真子は芝生の上に立っていた。目の前には大きな芙蓉の木。それ以外は濃い霧に包まれて何も見えない。
芙蓉の木にはいくつか花が付いているが、そのほとんどが枯れていた。
この芙蓉の花のひとつひとつが真子の未来だ。
美しく花を咲かせるものは明るい未来、枯れているものは死ぬ未来。今にも枯れそうなものは怪我や病に蝕まれる未来。
卍解を使った時点を幹とし、そこからの行動次第で無数の未来に枝分かれする。その先に咲く花によって選んだ未来を見ることができる。
枯れているものには目をくれず、美桜は一輪だけ咲き誇る芙蓉の花を視界に映した。
枝分かれした先でさらに枝分かれし、たった一輪だけ咲くそれは、唯一真子が生きている未来だ。
美桜はその芙蓉の花に近付いて香りを確かめるようにそっと顔を近付けた。花から舞い上がった金色の光を大きく吸い込んで行く末を視た。
虚の仮面を持つ真子。
顎上で切り揃えた髪に現代の服を着た真子。その隣で楽しそうに笑う美桜。
互いに隊長羽織を纏い、隊首会で隣に立つ真子と美桜。
道はこれしか残されていない。
美桜の卍解は対象の未来を選択することが出来る。しかし過去は変えられないため、既に起こったことはなくならない。
本当は全ての事が起こる前に卍解をしたかった。そうすればこんな辛い選択をさせずに済んだのだ。だが、気付くのが遅すぎた。
過去は変えられない。いつだって変えられるのは未来だけだ。
この卍解は未来選択という能力故に、おいそれとすぐに使うものではない。本当は出来るだけ人の手を加えずに運命に身を任せるべきなのだ。しかしそんなことを言っている場合ではなかった。最愛の人の命がかかっているのである。そして自身の親友と友だちの命も。
それを救えるなら卍解の"縛り"によって睡眠時間が奪われたとしても構わない。元々有事に備えて鬼道衆を辞めてから散々寝てきたのだ。睡眠時間の蓄えはたっぷりある。
しかし今回の未来選択は生死に関わるものだったため睡眠時間の他に美桜の生命力を消費する。反動で数日間眠ることになるだろう。その間に全てが終わることも理解していた。
どんな代償を払ってもこの選択をやめることなど出来ない。出来るはずがなかった。
美桜は一番美しく咲く芙蓉を手に取った。
「真子、これ」
「食べればええんか?」
「うん」
咲き誇る薄紅色の芙蓉の花。それを真子の口に入れた。真子はほのかな甘さを感じるそれを丸呑みした。不思議と喉に突っかかることなく胃に落ち、腹の辺りが暖かくなった。
これで選んだ未来の通りに現実は動いていく。
本当は皆が死神を続けていられる未来を選びたかった。だが、気付くのが遅すぎた。
既に奴は準備を終えていて、美桜に出来ることなど誰も死なないようにすることで精一杯だった。
そう頭ではわかってはいても、美桜は皆に茨の道を歩ませる自分が許せなかった。選択肢がなかったとはいえ、これは美桜が選んだ未来。美桜にはそれを見届ける責任がある。
やがて卍解が解除され、いつものリビングに戻った。濃い霧も芙蓉の木も姿を消し、目の前にいる真子の胸にも傷はない。
途端に力が入らなくなった美桜は膝から崩れ落ちた。床に叩きつけられる前に優しい腕にしっかりと抱きとめられる。腕の中から見上げれば、真子の金色の髪が重力で垂れて二人だけの世界になった。
「真子。これから三日間、真子にとって忘れたくても絶対に忘れられない出来事が起こる。真子そのものを変えてしまう程のね。……でも絶対に忘れないで。いつでも私の帰る場所は真子の隣で、真子の帰る場所は私の隣。大丈夫。真子の思った通りの道を進んで。」
「……ありがとうな。」
「ううん。……行ってらっしゃい」
例え真子の中に別の何かが生まれて、それに飲み込まれそうになっていても、自分だけは真子を諦めない。
美桜は薄れゆく意識の中で降ってきた唇を受け止めると、真子の霊圧を感じながら目を閉じた。この太陽のような霊圧をもう二度と感じることが出来ないだろう。
真子は眠った美桜をそっとベッドに寝かせて布団をかけた。愛しそうに頭を撫でた後、前髪を除けた額にキスをする。
「……行ってくる。」
美桜が言っているのは十中八九例の魂魄消失事件のことだろう。今夜、自分に何かが起こる。
そして覚悟を決めたように寝室を出た。
長い七十二時間が始まる。
