虚化篇
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( 違う、そうじゃない…… )
美桜と真子は、芙蓉と銀琉が虚圏から持ち帰ってきた戦利品を前に文字通り頭を抱えた。
胸に空いた穴。一部剥がれた白い仮面。虚というよりも人間に近い身体つき。そして今まで相手してきた巨虚が可愛く思えてしまうほどの霊圧。密度が桁違いだ。
先日真子から虚が増えていることを聞いた美桜は、己の斬魄刀である芙蓉と銀琉に虚圏の調査を依頼した。その結果がこれである。
虚がこのような進化を遂げていることは誰も知らないだろう。それを解明するために検体を持ち帰ることに成功したのは尸魂界的には非常にありがたい。が、美桜と真子は別の問題を抱えることになる。
「で、どうするんや、これ」
「……どうしよっか」
建設的な会話が出来ない。確実に二人の手には余る案件だった。
仮に第三者に検体を提供するとしよう。そうするとまず聞かれるのは、どうやって検体を手に入れたかだ。一般的な斬魄刀は実体化して主から離れ、虚圏に調査など行かない。
数年前に設立された技術開発局は、虚が尸魂界へ入る時の空間の歪みを感知し、死神を派遣している。同時に虚が現れた場所やランクなどが記録される。ここまで濃密な霊圧を持つ虚が現れればすぐにわかるだろう。
斬魄刀の能力を隠したい美桜にとって都合の良い理由が見つからない。
美桜は己の斬魄刀の能力を知っている面々を思い出した。真子はもちろんのこと、京楽、浮竹、リサ、拳西。どう考えてもこの検体を有効活用出来そうな人はいない。
つまり詰みだった。
「誰か良い人いない? これを有効活用できて、検体をどうやって手に入れたかとか深く聞いてこない人。」
「あーーー、おるにはおる。」
真子の脳裏に浮かんだのは、普段はおどおどして頼りないように見えるがやる時はやる男の顔。彼ならば釘を刺せば深く聞いてこないだろう。何より信頼できる男だ。
しかしそれは友人である真子の意見で、美桜は初対面も良いところだ。美桜が検体を預けるに値すると判断しなければ意味がない。危険が及ぶのは他でもない美桜なのだから。
「……一旦空間放り込んどき。また今度考えよか。」
「そうしよ」
美桜は現実から逃げるように検体を空間に放り込んだ。
* * *
護廷十三隊 十二番隊隊長に就任してから早二年。自身が立ち上げた技術開発局も軌道にのり、ようやく周りに認められるようになってきた。
十二番隊隊長 浦原喜助は目元に隈を色濃く残したまま、腕に乗せていた頭を上げた。どうやら考えている途中で寝てしまったようだ。
喜助は今取り組んでいる研究に行き詰まっていた。何度考えても上手くいかず、毎回同じ壁にぶつかる。
深く息を吐き、ガリガリと乱暴に頭を掻いても気分は晴れない。全く進まない研究に苛立ちすら覚える。喜助は気分転換のために外に出た。
下駄の音を響かせながら気だるげに歩いていると、前から白い隊長羽織が歩いてくるのが見えた。五番隊隊長 平子真子だった。
「よぉ喜助。えらいシケた面しとんなぁ」
「平子サン。おはようッス。」
「真子でええゆーとんやん。堅苦しいやっちゃなぁ」
いつものやり取りをした後、喜助はその隣にいつもいる副官がいないことに気付く。
「あれ、藍染サンはどうしたんスか。」
「あいつは任務で瀞霊廷を出とる。」
大方、真面目な副官が任務で不在なことをいいことにサボっているのだろう。
護廷十三隊の隊長に憧れる者も多いが、実際は彼らもただの死神だ。好きなことは進んでやるし、嫌いなことはやりたくないのだ。そのくせいざとなれば白い羽織を旗めかせて敵に立ち向かうのだからタチが悪い。憧れるなという方が無理な話だ。
「お前今晩暇か?」
「今晩っスか? まぁ暇ですけど…」
色良い返事を聞いた真子は整った歯並びを見せつけるようにニヤリと笑った。
「終業後いつもんとこ来い。息抜きや、息抜き。」
それだけ言って、真子はひらひらと手を振って隊舎と反対方向に歩いていく。まだ戻る気はないらしい。
喜助は後ろ姿を見送ると十二番隊隊舎へ歩き始めた。
護廷十三隊の隊長格がよく訪れる個室の居酒屋。その一室から他と比べるとやけに騒がしい音が聞こえる。
真子に誘われた喜助は息抜きをかねて参加しようとしていたが、部屋の前まで来て猛烈に帰りたくなった。
「喜助〜入ってこい」
帰りたいと思った瞬間に逃げれないことが確定し、ため息をついてから襖を開ける。
そこには護廷十三隊の隊長・副隊長が好き勝手に酒を飲んで騒いでいた。自身の親友と副官もいる。
比較的静かに飲んでいる一角に真子を見つける。その三白眼と目が合うと手招きされたため、そちらに向かう。
真子の影に隠れて見えなかったが、喜助は真子の隣に誰か座っていることに気付いた。薄い金色の癖っ毛をおろし、着物の着ているその女性は喜助と目が合うなり薄紫色の垂れ目をより一層垂れさせて笑った。隊長格しかいないこの場に不釣り合いなその人は真子に寄り添うように座っている。
真子が酒を注文しているのを横目に、喜助は目の前の女性が気になって仕方がなかった。
「見過ぎや、ボケ。」
頬杖をついた真子に文句を言われる。隣の女性も花が綻ぶように笑った。真子はそれを合図に女性に手を当てて口を開いた。
「紹介するわ。俺の嫁さん。」
「平子 美桜と申します。真子がいつもお世話になっております。」
喜助は真子の口から飛び出した言葉をすぐに理解することが出来なかった。その後に続けられた女性の言葉が思考停止を後押しする。
「……よめ?」
「そうや。嫁。」
嫁。奥さん。妻。家内。類義語を並べることでようやく理解できたが、それでも言わずにはいられなかった。
「平子サン結婚してたんですか!?」
「おー、そうやー。」
そう言って彼女、美桜の方を見ると、その左手の薬指に見覚えのある指輪がひとつ。真子の左手の薬指にも同じものが嵌っている。
「浦原喜助っス。一応平子サンと同じ護廷十三隊の隊長をやらせてもらってます。よろしくお願いします。」
「はい、お噂はかねがね。よくちょっかい出しに行ってると思いますけど、真子なりに心配してるんです。許してあげてくださいね」
「余計なお世話やわ、アホ」
明後日の方向を向きながら酒を飲んだ真子と仕方ない人ねと笑う美桜を見て、喜助は「この夫婦は上手くいく」と直感的に思った。互いを尊重し合っているのが一目でわかるのだ。
「奥さんも死神なんスか?」
「今はちゃうで。」
「昔はどちらに…?」
「鬼道衆や。」
鬼道衆というと、鬼道に特に秀でた者たちが集まっている寄合だ。自身の友人がそこの大鬼道長を務めている。彼女のことを知っているかもしれない。
そんなことを考えていると、副官の声が聞こえた。
「おいハゲコラ真子!! いつまでそこにおるんやっっ!!」
鼓膜を突き刺すような怒声を聞いた瞬間、真子は深いため息を吐いた。当然ひよ里が黙っていられるわけもなく、額に青筋を浮かべながらいつも通り真子に飛び蹴りを喰らわす。
確かに真子にひよ里の蹴りが当たったはずだった。しかし真子はいつものように吹き飛ばされることなく、そこにいる。
「ひよ里ちゃん、真子のこと好きなのはわかるけど、私のいるところで真子に怪我はさせないわよ」
「気色悪いこと言うなや美桜!! 誰がこないなやつのこと好きやねんっ!! ウチはこいつの腑抜けた面叩きなおそ思てんねん!!」
ひよ里は唾を飛ばしながら叫んだ。もちろん美桜はひよ里の反応を予想して言葉を選んで反応を楽しんでいるのだから少々意地悪である。
真子はひよ里が触れられないことを良いことに目の下と口の端を引っ張り、開いた口から舌を出して挑発する。その顔だけ見れば誰も護廷十三隊の隊長とは思わないだろう。
美桜はそんな真子を見て笑う。
喜助は一連のやり取りを酒を飲みながら眺めていた。美桜が
喜助は己の知的好奇心が存分に刺激されているのを自覚しながら、それでも考えることをやめることができなかった。
喜助が熟考している間にひよ里は諦めたのか、気付けば真子が頬杖をつきながら見ていた。
「気になるやろ。」
「いやぁ、まさか。」
喜助は咄嗟にヘラヘラと笑って誤魔化した。だが観察眼の優れているこの男には通じない。
「アホ。俺らのことそない見とったらわかるわボケェ。目が気になるゆーてんで。」
では答えを教えてくれるのかと問えば、答えは否である。真子は簡単に正解を教えるような男ではない。
そのまましばらく他愛のない話をした。部下のこと、虚討伐任務のこと、全隊に回る回覧板に茶を溢したのは誰だったのかなど、話題は多岐にわたる。場も温まってきた頃、真子は何か言いたげに美桜を見た。
「……どうや?」
「大丈夫。お願いしたいわ。」
「よし、なら決まりやな。……喜助、明日空いとるか。」
「明日は非番っスけど…」
「俺も非番やからちょうどええな。なら明日隊長宅で待機しとき。迎えに行くわ。」
「一体何があるんスか?」
素直に答えを教えてくれないとわかっているのに口から質問がこぼれた。
「……明日のお楽しみや。」
その整った歯並びで笑う真子が憎たらしい。喜助は少しだけやけになって盃に残っていた酒を流し込んだ。
* * *
翌日、喜助は言われた通りに隊長宅で待機していた。待機といっても布団の上に寝転がり研究のことを考えているだけで、いつもの休日の過ごし方と何ら変わりはない。
( 魂魄の強化は死神の力だけでは不可能だ。やはり虚か…。虚の研究をするべきだが、いくら技術開発局だからといって虚を飼育することは最悪謀反と見做されてもおかしくない… )
やはり毎回同じ壁にぶつかる。研究を進めて未知の世界に足を踏み入れたい欲望を喜助の立場が邪魔をする。だがこの立場があるからこそここまで研究が進んだのもまた事実。その歯痒さが喜助を苛立たせた。
その時、隊長宅の扉が叩かれた。壁に掛かった時計に目をやれば約束の時間だ。「はーい」と気の抜けた返事をしてから起き上がろうとしたが、喜助が開ける前に鍵がかかっているはずの扉が開いた。
「!!」
戸口には真子と美桜が並んで立っている。喜助はすぐにいくつもの違和感を感じた。
まず、美桜だけでなく真子も死覇装を着ていないのだ。十二番隊舎中でも奥まった場所にある隊長宅は、いくら隊長といえど私服で来ていい場所ではない。さらに言えば護廷十三隊の隊舎内では死覇装を着るという決まりがあるのだ。
次に、扉の向こう側、二人の背後の景色が喜助の知っているそれではないのだ。本来ならば隊長宅を囲む白い壁と門があるはずだ。だが二人の背後には草木が生い茂った森だけ。何かがおかしい。
「喜助、こっち来れるか?」
真子にそう声を掛けられて、喜助は思考の海からようやく上がった。そして訝しげに扉をくぐる。
「……どこっスか、ここ」
自然豊かな場所の澄んだ空気。人の気配どころか、動物の気配すらない静かな森。瀞霊廷にこんな場所はない。では一体どこなのだろうか。
後ろを振り返ると今通ってきたであろう扉があった。しかしその扉は壁に隣接しておらず、森の中で扉がぽつんと立っているだけだった。
喜助はこの状況を作り出したであろう、美桜の斬魄刀の能力を予想する。
( 別の空間同士を繋ぎ合わせる……空間に準ずる能力っスかね )
やがて木々が開けた場所に出ると平屋の大きな建物が目に入った。どうやら目的地はここのようだ。
そして喜助は未知と遭遇した。
胸に空いた穴。部分的に剥がされた白い仮面。特徴的には虚と似ているが、決定的に違うものが一つあった。
「何スか、これは……」
喜助は自身の常識を遥かに越えるものを目の前にし、思考が止まった。
虚は
通常、虚は進化するたびに大きくなっていく。虚から巨大虚、そしてメノスへと進化する。しかしメノスが進化した結果、何になるかは今現在尸魂界では解明されていなかった。メノスが最上位という説すら唱えられていた。
まだ調べていないが、はっきりとわかる。目の前にあるこれは、メノスの進化後のものだと。喜助の全感知能力がそう叫んでいた。
喜助が事態を完全に把握できないうちに、真子が語り出す。
「これはなぁ、まぁ、色々あって虚圏から取ってきたもんや。俺らがお前に頼みたいんは二つ。一つ、この検体をお前の力で有効活用すること。二つ、この検体の入手方法、研究場所その他諸々を誰にも言わんことや。この二つを守れるんやったら、この検体自由にしてええで。」
真子は指を二本あげながら条件を提示した。
一つ目の条件は喜助も願ったり叶ったりなので異論は全くない。こんな宝の宝庫、むしろこっちが頭を下げて研究させて欲しいくらいだ。
「二つ目の条件は、美桜サンに関係あることだから、っスか?」
「そうや。ここで見聞きしたこと全てを秘密にして欲しいんや。」
なんとなく予想できるが、確かにあまり知られるべき能力ではない。しかし斬魄刀の能力を知られないようにするのは不便だろう。
そこまで考えて喜助はふと気付く。あぁ、だから彼女は鬼道衆だったのか、と。鬼道衆なら斬魄刀を帯刀していなくても違和感はない。
「わかりました。その条件、守ります。」
どちらの条件も喜助にとって不利なことはない。そんな条件を守ればこの未知なる虚を自分が、自由に、しかも最初に研究出来るなど。もはや何の障害でもない。
こうしてメノスに階級があることが明らかになるのだが、それはまた別の話。
