虚化篇
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「っはーーー、やってられんわ」
真子は先程の隊首会で通告された内容を思い出してため息を吐いた。それによって起こるであろう面倒事を想像するだけで頭が痛くなる。
現十二番隊隊長である曳舟が昇進するというのだ。それにより空席になる十二番隊隊長を決めるため、その座に相応しい者に心当たりがあれば推挙せよ、とのことだった。
最初は純粋に祝福した。数少ない同僚が昇進するのは純粋に嬉しいことだったし、曳舟とは何度も飲んだことがあるためその想いも強かった。だが、気付いてしまったのだ。
曳舟が昇進するということ。つまりは曳舟がいなくなるのだ。その穴を埋めるのは当然として、残された者たちのケアもしなければならない。主に副隊長の。
「っはーーーー」
真子はまたため息を吐いた。ひよ里が荒れる。絶対に荒れる。
ひよ里は曳舟のことを実の母親のように慕い、懐いていたのだ。急に決まった昇進に喜ぶ気持ちはあれど、圧倒的に悲しみや戸惑いの気持ちが大きいだろう。四十六室の決定だから仕方ないとか、副隊長だから隊のためにしっかりしなければとか、そう思えるほど彼女の精神は発達していない。むしろ一番喚き散らかして周りに迷惑をかけるタイプなのだ。そしてそんなひよ里のストレスの捌け口となるのは、いつだって真子だった。幼馴染とは損な役回りである。
京楽とリサは息抜きがてら瀞霊廷を巡回していた。八番隊の管轄内にある商店街は昼過ぎということもあり、買い物する人々で賑わっている。
その中に見覚えのある後ろ姿を見つけたリサは足を止めた。
「美桜」
反物や糸を売っている店頭で布と睨めっこしていた美桜は顔を上げると嬉しそうに微笑んだ。
「……あ、リサと春兄! 珍しいね、こんなところにいるの。」
「なぁに、ちょっとした巡回だよ〜。美桜ちゃんはなんか作るの?」
京楽の目は美桜の持つ布に向いている。一言で言えばどちらも紺色なのだが、色の濃度が異なる二色の布。美桜はどちらにしようか迷っているのだ。
「うん。真子に着流し作ろうと思って。でもこっちかこっちで悩んでるんだよね〜……どっちがいいと思う?」
「どっちでもええ」
「……ボクたちが決めるより、美桜ちゃんが決めた方が平子くんは喜ぶと思うよ」
「やっぱそうだよね〜!!」
自分でもそう思っていても意見を聞いてしまうのはなぜだろうか。美桜はもう一度布と睨めっこしてから、片方を棚に戻した。
そんな美桜に京楽が世間話のつもりで口を開いた。
「そういえば美桜ちゃん。曳舟隊長のことは聞いたかい?」
「曳舟隊長? 何も聞いていないけど…」
「昇進するんだよ、彼女。」
「昇進? …ということは零?」
辺りには他の死神や流魂街の民もいるため美桜は必然的に小声で言った。それと同時にどうりで真子がため息を吐きたくなるわけだ、と納得した。
最近真子がよくため息を吐いていることにもちろん美桜は気付いていた。だが彼から何も言ってこないということはそれなりの理由があるわけで、美桜も無理に聞くことはしなかった。
真子は完全に公私混同しないとは言い切れないが、守秘義務は守るのだ。今回の件も一般隊士にまで知る話になれば美桜にも言うつもりだったのだろう。
「あちゃ、じゃあ言わない方が良かったかねぇ…」
「なにやってんや。」
「痛い、痛いよリサちゃん」
リサが京楽の足を踏みつけるが、彼は少し喜んでいるように見える。
「しっかりしてるねぇ、平子君は。」
「あんたと違ってな。」
すぐさま入ったツッコミに京楽は嬉しそうに笑った。リサが副隊長になったことを一番喜んでいたのは京楽なのだ。京楽はリサのことを信頼しているし、リサもなんだかんだ言いながら京楽のことを信頼している。良い組み合わせだなと美桜は思った。
「ほら、もう息抜きは充分やろ。帰るで。」
「えーーー」
「えーーーやない。おっさんが駄々捏ねても見苦しいだけや。」
「ふふっ、二人とも頑張ってね」
いつもこんな感じなのだろう。やはりいい組み合わせだ。美桜はそう思いながら帰路に着いた。
* * *
それから少しした頃、曳舟は十二番隊隊長を辞して霊王宮に向かって行った。そしてすぐに新しい十二番隊隊長が就任したのだが、これが問題だった。
新しい十二番隊隊長就任の日、真子はいつもより随分遅くに帰宅した。
「おかえり。遅かったね」
「おん、ただいま……案の定ひよ里が荒れとるからそのケアや。ここでちゃんとやっとかんと後で痛い目見るからなぁ………俺が。」
美桜は最後に付け足された言葉に笑った。確かにひよ里が荒れて一番被害を被るのは真子だ。まだ傷が浅いうちにケアをしておかなければ結局自分にそのツケが回ってくるのだ。
にしても真子は心が広いと常々思う。いくら幼馴染だとしても、普通なら履いていた草履で頭叩かれたら絶交する。
「新しい隊長さんはどうだったの?」
「ゆっるゆるや。夜一さんの推薦やからもっとまともなん想像しとったわ。」
「でもこんな時間までサポートしてたんでしょう?」
「……」
美桜はお見通しとばかりに言い放った。
その通りだった。真子は新しい隊長がひよ里と上手くやっていけるか気になって帰るに帰れず、様子を窺っていたのだ。案の定不安そうにしている浦原に助言をして帰ってきたのだ。
美桜は真子の背中に抱きついた。
「私、真子のそういうところ大好き。いつも飄々として全然興味なさそうなのに、実はすごい仲間思いで誰か困ってるとさりげなく助けるところ。でもそこで終わりじゃなくて、その後もちゃんとやってるかなって様子見に行っちゃうところも。」
唐突なほめ殺しに真子の耳が赤くなっていくのが見えた。
「美桜チャン、抱きつくなら前からやってや」
「え〜、恥ずかしいよ〜」
美桜が誤魔化すと真子が一度美桜の腕をとき、正面から抱き締めた。美桜の腕に大した力が入っていなかったことは真子にお見通しだ。
「あー、かわい」
しばらくそのまま抱き締めあっていると、どこからか「ぐぅ」という音が聞こえてきた。美桜は既に夕食を済ませているため、音の発生源はひとつしかない。
「………あかん、腹減った。今日のご飯なんや?」
「唐揚げの甘酢だれ」
「絶対美味いやん」
メニューを聞くと味を想像して涎が分泌されるのだから不思議である。
空腹だが美桜も抱き締めていたい。真子は今、猛烈に癒されているのだ。この愛おしい存在を腕の中に入れているだけで仕事のストレスが頭の上から抜けていく。
「え、このまま!?」
迷った真子は美桜を抱き締めたまま横歩きでリビングに歩き出した。笑いながら美桜も横歩きしている。腹は減ったが美桜を離したくない。そんな我が儘な欲から生まれた行動だ。
「流石に動きにくいから背中にして」
「はーーい」
扉を開けてリビングに入り、キッチンに行って冷蔵庫から夕飯を取り出してレンジで温める。そんな美桜の行動も全て背中に真子がくっついた状態で行われた。箸の一本すらテーブルに運ぼうとしない真子に笑いながら何往復かして準備を整える。
「はい、召し上がれ。」
「ありがとさん」
味噌汁で箸を濡らし、照明に反射して輝く唐揚げに齧り付く。ジュワッと溢れたのは肉汁か、それとも真子の唾液か。
「………うま、」
「ふふっ、よかった」
思わず、と言ったふうに溢れた本音に美桜が笑う。
「で、ひよ里ちゃんとはやっていけそうなの? その新しい隊長さん。」
「やっていくしかないやろなぁ。」
隊長と副隊長の相性が悪いから交代してくださいなんて都合の良い話はないのだ。周囲のサポートはあれど、最終的には本人たちが乗り越えなければならないのだ。
考えることが嫌になった真子は頭の隅に放り投げると、再び唐揚げに齧り付いた。
