虚化篇
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馬酔木が描かれた副官章をつけた真子は、帰ってくるなり美桜を抱き締めた。
珍しい様子の真子に驚きながら、その背中に手を回す。
「おかえり。急にどうしたの?」
真子は美桜の肩に顎を乗せ、耳元で言った。
「美桜、俺隊長になるわ。」
「……え?」
最初、真子が何を言っているのか分からなかった。
「俺、隊長に昇進やって。」
「……たいちょー? たいちょう??」
「隊長や、隊長。五番隊の隊長や。」
護廷十三隊 五番隊の隊長。現五番隊隊長は老いを理由に引退したいと総隊長である山本に表明していたのだ。それに伴い、副隊長である真子に昇進の話がくるのは自然な流れだった。
意味がわかった瞬間、美桜は自分のことのように喜んだ。
「おめでとう真子っ!!」
美桜は真子が隊長になるために血が滲むような努力していたことを一番近くで見てきた。副隊長としての業務をこなしながら、なんとか時間を捻出して卍解の修行をすること数年。卍解を会得した時も泣いて喜んだが、目に見える形で認められたことが嬉しい。
これまでの日々を思い出していると、胸がいっぱいになり視界が滲む。
「おめっ…お"めて"と"う"ぅぅ!!」
「どんだけ泣くねん、泣きすぎや。」
真子は涙でぐちゃぐちゃになった美桜の顔中に優しくキスを落としていく。溢れそうな目尻の涙を舐め、嗚咽を漏らす唇には何度もバードキスをする。
やがて泣き止んだ美桜は赤い目元を緩ませて笑った。少し照れくさそうでいて、喜びが隠せないような笑い。真子はそんな美桜を「少し出よか」と言って外に連れ出した。
二人で並んで夜の瀞霊廷を歩く。目的地があるのか、迷いない足取りの真子に身を任せ、美桜は口を開いた。
「真子もついに隊長か〜。あの目立つ白い羽織着て平子隊長って呼ばれるんでしょ?」
「せやな。」
「春兄みたいに上から羽織着るの?」
「あないなことするのあの人だけやろ」
「春兄と四郎兄と同僚になるってことだよね……え、不思議! すごい不思議!!」
「俺かてまだ慣れんわ!……やけどあの二人は頼りにしとる。」
昨今の護廷十三隊は入れ替わりが激しい。それは純粋に隊長格でさえ殉職することが少なくないからだ。現五番隊隊長のように老いを理由に引退することは、ある意味幸せなことなのだ。
その中で京楽と浮竹は既に百年以上その地位にあり続けている。卯ノ花や山本もそうだが、真子が気軽に何かを尋ねることが出来そうな人物ではない。
「あれ、こんなところまで来てたんだ……懐かしいね」
「もう何年前やったっけなぁ…」
二人は真央霊術院の正門前で足を止めた。歴史のある佇まいを見るだけであの頃に戻ったような感覚になる。
「霊圧消せるか?」
「ふっ、誰に言ってるの?」
美桜は挑戦的な笑みで返した。彼女にとってそれは呼吸と同等に容易いことだ。
真央霊術院の本館の屋根に腰掛けて、グラウンドを見下ろす。深夜とも呼べる時間帯の今は誰もいないが、昼間になれば誰かがここで死神になるために剣を振るう。
「もう何年経つっけ」
「百十年くらいやないか?」
初めて真子を見た時の印象、そしてとんでもない勘違い。鬼道を教えて欲しいと言われた時の真剣な眼差し。修業の合間に見せる少し幼い顔。かと思えば思慮深い一面に驚かされ、隠し事も彼の前では全て暴かれてしまう。
恋人になってからは、それまで知らなかった姿ばかり見せてくれる。欲しい言葉をくれる唇。時々口よりも雄弁に語る胡桃染色の目。抱き締めてくれる腕。一定のリズムで命を刻む心臓は、いつだって美桜を安心させてくれる。
全ては、この場所から始まった。
「なぁ美桜。…結婚しよか。」
「……へ、」
どういう意味かわからなかった美桜はぽかんと口を開けて真子を見た。冗談を言う雰囲気ではない、真剣そのものの彼の顔を見てから言葉を反芻して意味を考える。
真子はそんな美桜の左手をとると、薬指に金色の指環を嵌めた。小さなふたつの石に挟まれるように大きな石がひとつ付いたそれは、紛れもない婚約指環だった。
「………ッッ!!!」
じわり。
もらったばかりの指環が滲んで見えなくなっていく。
返事なんて決まっている。
「……はいっ!!」
この人とずっと一緒にいる。
どんなに楽しいときも、どんなに辛いときでも、この命が尽きるまで。
結婚せずともそのつもりだった。自分の隣にいるのは未来永劫真子だけで、真子の隣にいるのも未来永劫自分だけだとずっと思っていた。
だが真子はこの関係に強固な名前をつけてくれた。美桜はそれがたまらなく嬉しかった。
だから、泣いた。
「うえぇぇぇ〜ん!!」
「ブッッ!! どんな泣き方やねん、全く。」
そんな美桜が可愛くて仕方ない。
真子は美桜の肩を抱き寄せて胸の中にしまいこんだ。背中や頭を撫でて、顔を上げた美桜の唇にキスを落とす。
涙で潤んだ紫水晶のような瞳を見つめながら誓いをたてた。
「俺の隣は美桜しか考えられんのや。幸せにしたる。」
「もう幸せですぅぅぅ!!」
「あほ、もっと幸せになるんや!」
再び泣き出した美桜を笑いながら抱き締める。
「これでやーっと俺のもんや。」
「ばか。ずっと前から貴方のものですぅ」
「そない意味とちゃう。誰から見ても俺のもんになるんや。」
赤の他人の目から見ても、書類でも、真子のものになる。美桜はそれが嬉しくて「むふっ」と笑ってから思いっきり真子に抱きついた。突然のことにバランスを崩した真子とともに、霊術院の屋根に倒れ込む。
「イタァ!!」
「だいすき!!」
「俺もや。愛しとる。」
二人きりの世界を月が優しく見守っていた。
* * *
日常生活でも、仕事をしているときでも。左手の薬指が目に入るだけで思わずにやけてしまうのは浮かれ過ぎだろうか。
美桜はそんなことを思いながら薬指を撫でた。傷が付くのを防ぐため、指環はそこにはない。一緒にもらったチェーンに通して首から下げている。
先日隊長試験を受けて見事合格した真子は五番隊隊長に就任した。
試験を終えてから随分と早い就任だったが、前五番隊隊長は何年も前から引継ぎ作業を始めていたのだという。隊長命令で真子が行っていた業務が実は隊長がやるべきものだった、なんてことも一度や二度の話ではない。真子は「どんだけ早く引退したかったねん」と文句を言いながらも、おかげで引継ぎがすんなり行われたことに感謝しているようだった。
しかし、隊長の業務量は副隊長の上をいく。この広い瀞霊廷に十三しかない隊の頭なのだから仕方ないといえばそうだが、新米の真子にとっては負担が大きかった。帰宅時間が遅くなり、元々不定期の休日はさらに合わなくなった。おかげでいつ籍を入れるとか挨拶に行くとか、そういう話も出来ていない。
このままではいけない。そう思った美桜のとった行動は、真子が夢にも思っていなかったことだった。
「鬼道衆をやめるぅぅ?!」
「うん。」
「ちょお待て!! なんでそないな結論出たんや?!」
「真子忙しくて一緒に住んでるのにすれ違ってて寂しいし…」
「う"っ」
「そりゃあ結構楽しいしできれば辞めたくないけど、私にとって何が一番大事だろうって考えたら、やっぱり真子なんだよね。」
「…」
「鬼道衆五席っていう席は私がいなくなれば別の誰かが座るだけだけど、真子の隣は誰にも譲れない。仕事よりも真子の隣で真子のこと支えて生きていきたいなって思ったの。……だめ?」
んなわけあるかボケェ。
真子の気持ちを端的に表すならこれだろう。
隊長に就任してから執務に忙殺されて、家に帰っても休むこと以外出来なかった。美桜と触れ合うこともどこかに出掛けることも出来ず、休日は普段疎かにしている斬魄刀を宥めて一日が終わる。
もし美桜がずっと家にいてくれるならば。
真子が早番で定時前に執務が終了する日でも、美桜は遅番でいつもより遅く帰宅するから同じ時間を過ごせない、なんてこともなく。
休日が一ヶ月被らず、心が渇くような日々を過ごすこともなく。
まだ寝ている美桜を起こさないように一人寂しく出勤することもない。
つまり、真子にとって悪いことなんてひとつもないのだ。
それに気付いてしまった真子は渋々、本当に渋々認めた。
「……わかった。」
「よろしい。じゃあ私、休職届出してくるね。」
実はもう準備してあるの、なんて言いながらバッチリウィンクを決めた彼女に、真子は一生勝てる気がしなかった。
