虚化篇
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何事もなかったかのように入ってきた扉が閉まった。喜助が迷いなく歩き出すと夜一や鉄裁も続く。
一見ただの森に見えるが、全く異なるものだ。虫は愚か動物もおらず、生き物の気配が全くない。ただ悠然と空高く枝を伸ばす木々だけが静かに立ち並ぶ光景は異様だった。
「…なんじゃ、ここは」
「美桜さんの斬魄刀の能力っス。ここは異空間で、尸魂界や現世とは別次元に存在しています。彼女の許可なく入ることは出来ないので、安全なんス。」
美桜は以前喜助が虚の研究を行っていた建物を貸した。そこにはあの仮面が剥がれた虚やその研究資料があるからだ。喜助の脳内に入っている崩玉の資料とともに活用すれば、虚化の対処も出来るかもしれない。
二十四時間後。
追手に見つかる心配がなく作業に集中できたせいか、喜助は見事十体の霊圧遮断義骸を作り出した。
「出来たっス」
「流石です、喜助さん!」
「これで一安心じゃな」
胸を撫で下ろして一息ついたとき、美桜は不自然な霊圧の揺れを感知した。何かが目覚める前の僅かな揺らめき。ほんの少しずつ波が大きくなっていく。
「?? 美桜さん?」
寝かせられた隊長格たちを硬い表情で見る美桜に、喜助も霊圧の揺れを感じ取ったのか目を鋭くした。
「…!! これは、」
「起きそう、ですね」
「……正気に戻っとるといいんじゃがなー」
「そう上手くはいかないっすよ」
各自戦闘準備を始める。
折角作った義骸を破壊されてはたまらないためしっかりと保護し、広げていた資料も片付ける。破壊されても問題ない荒野に移動し、皆の目覚めを待った。
「う"う"あ"あ"ぁぁぁぁ!!!!」
「随分分かりやすい目覚めっすね〜」
軽口を叩く喜助のこめかみには冷や汗が浮かんでいる。自身の副官だった少女からは虚そのものの霊圧しか感じられない。まさかこんな形で部下に刀を向けることになるとは夢にも思っていなかった。
ひよ里は得意の蹴りを喜助に繰り出した。その威力は喜助が何度も食らったことのあるそれとは桁違いで、流石の喜助もこれを防御せずに受けるわけにはいかなかった。
夜一には白が飛びかかり、鉄裁は邪魔が入らないようにするために結界を張った。
見る限り一対一で既に手一杯だ。他の隊長格はまだ目覚めていないが、霊圧の揺れから判断するとそう遠くない未来に目覚めるだろう。虚化したことで数倍の腕力を発揮する隊長格たちを複数相手するのは、いくら同じ隊長格だったとしても無謀だ。
「援護します!!」
美桜はまだ目覚めていない者たちをとある異空間に入れた。そこは芙蓉の時間停止能力を銀琉の空間に付与した異空間で、そこに入ったものは全てその時点で時間を停止する。要は時間停止空間だ。あまり長時間そこにいると気が狂うため注意が必要だが、数日なら問題ない。
「……」
戦闘が長引くにつれて、喜助と夜一の怪我が増えていく。二人は可能な限り傷付けないよう注意しているが、虚化した者たちにそんな理性はない。ただ目の前にいる者に本能のまま襲いかかることしか出来ないのだ。その状態が続けばどちらが怪我をするか、想像に容易い。
時折美桜が回復させるが、失われた体力は戻らない。何か打開策はないのか。そう思った時、白と戦っていた夜一が何かに気づいた。
「喜助! こやつ仮面を庇っておる!」
夜一が白の顔を蹴り飛ばして仮面を欠けさせると、どす黒い虚の霊圧が少しだけ減った。
「一か八かでやってみますかね」
喜助の紅姫がひよ里の仮面に罅を入れた。パリッと軽い音を立てながら仮面が剥がれ落ちていく。黒かった白目は元に戻り、そのままゆっくりと瞼が閉じられ倒れ込んだ。気を失っているようだ。
霊圧に濁りはあるものの、死神に近いものになっていた。
「喜助さん、どうですか?」
「なんとかなりそうっスね。」
続けて夜一も白の仮面を割ることに集中すると、同じように正気に戻った。
( よかった……、何とかなりそう。 )
そう胸を撫で下ろしたのも束の間だった。
虚化した者は全部で八人。あと六人いるのだ。副隊長は隙をついてなんとか仮面を破壊することに成功したが、隊長相手に同じことができるかどうか。同じ隊長格といえど、隊長と副隊長の間には明確な差が存在する。つまり虚化といっても、その強さは虚化する者の能力に依存するのだ。
「夜一サン。次、いけますか?」
「もちろんじゃ。この程度で根を上げたりはせん。」
「ってことで涼森サン、お願いしまス」
「わかりました」
その後、美桜は次々と虚化した仲間たちを出していった。喜助と夜一が仮面を破壊し、気を失った者たちに異常がないか鉄裁が監視する。美桜は皆の傷を癒やしながら、喜助と夜一を見守ることしか出来なかった。
隊長は一人ずつ仮面を破壊し、遂に残るは真子だけとなった。
本当は美桜が仮面を剥がしたかった。だが彼女の能力は戦闘向きではないため、本能で戦う真子に手も足も出ないだろう。それを他でもない自分がよくわかっているからこそ、美桜は唇を噛み締めて見守ることしか出来なかった。
「……流石に、しんどいっスね、」
「…そうじゃな。」
連戦による疲労が蓄積され、二人の息があがっている。長期戦に持ち込まれれば不利になるため短期決戦で挑もう。喜助はそう思って紅姫を握り直したが、事態は思わぬ方向に進んだ。
「……!!!」
真子が逆撫を縦に持って左足を一歩後ろに引いたのだ。何十回何百回と見てきた姿勢に、美桜は無我夢中で飛び出した。
真子の始解は初見殺しだ。
刀を受け止めたはずなのに何故か別の方向から斬られる。その規則性に気付いたとしても、瞬時に頭の中で上下左右前後を反転させてから、身体を動かすことは非常に困難だ。たった一人を除いてすぐに対応することが出来る者はいないだろう。
真子が逆撫を右から振り下ろした。喜助と夜一が受け止めようとするが、その場所に真子はいない。いるのは二人の真後ろ、そして左下から刃が迫ってきている。
咄嗟に飛び込んだ美桜は斬魄刀を持っていなかった。故にその身で受け止めるしかなかったのだ。
「……ッッッ!!!!」
真子だけを受け入れるよう設定していた衛膜は、真子の刃も受け入れた。
左腹から肩まで深く斬られる。斬られた箇所がカッと熱くなったと思えば勢いよく血が噴き出した。こんな大怪我をしたのはいつぶりだろうか。そんなことを頭の片隅で考えながら時間回帰をかけて傷を塞いでいく。
黒い目と目が合った。ただ目の前の敵を殺すことだけを考える本能が映っている。今までそんな目を向けられたことなど一度もなかった。美桜の胸に重たいものが溜まっていく。
真子がまた逆撫を振り上げた。今度は右側を斬ろうとしているのか。まだ斬られた傷が癒えきっておらず、息をするだけでも意識が飛びそうな程痛むのに。また、斬るのか。美桜を守るために取ったはずの刀で、他でもない美桜を傷付けるのか。
思うようにいかない現実と自分を斬っても平然とする真子に、段々と怒りが込み上げてきた美桜は思ったままのことを叫んだ。
「次やったら離婚だからね!?」
刹那、真子の動きが止まった。
数拍後、壊れかけの機械のようなぎこちない動き方で逆撫から手を離し、両手を使って仮面を剥がそうともがきだした。
「う"ぅぅ…」
呻き声とともに仮面が剥がれていく。口角がゆるく上がった口元が見えたかと思えば、眉を下げて弱い顔をする真子がいた。
「それだけは堪忍な…」
「しん、じ……、」
目が合った。正気を失った黒い目ではなく、いつもの優しい目だ。
美桜の目に涙が溜まっていく。それが瞬きと同時にこぼれ落ちたのを合図に、美桜は真子に飛びついた。
虚化の疲労もあったのだろう。受け止めきれずに二人で地面に倒れ込む。頭を打ったのか「イタァ!!」と叫ぶ真子に、本当に正気に戻ったのだとまた涙が溢れた。
「しんじっ……真子ぃ!!」
「ここにおるで。すまんなぁ、心配かけたわ。」
「……かお、みせて」
美桜は身体を起こすと真子の頬を両手で包み込んだ。生きていることを確かめるように額同士をつけて熱を感じる。そのまま唇が重なるのは自然な流れだった。
「…ん、」
それは、数えられないほどしたキスの中でも特別なものだった。こんなにも生きている事実に感謝したことがあっただろうか。唇から、首に回した腕から、密着した身体から感じる熱が失われなかった事実にただ純粋に感謝した。
さらに繋がりを深めようと舌に力を入れたとき、わざとらしい咳払いが聞こえて理性が戻った。
「ウオッホンッッ!!」
互いに照れたように笑った。夢中すぎて周りが見えていなかったことを反省しつつ、二度と会えない覚悟を決めていたから仕方ないよね、と正当化した。学年主任にキスシーンを見られた霊術院生の気分だ。
「あのー、そろそろいいっスか?」
「あ、はい、すいません、つい…」
「いえいえ、いいんスよ。感動の再会ですからね。……ただ、そうもいかなくて。」
最初のゆるゆるとした雰囲気から一変して声を低くした喜助に真子も顔を険しくした。
「なぁ喜助。あれからどんくらい経った。」
「ざっと四日ってとこっスかね。」
真子は自分の身に何が起きたのか、正確に覚えている。誰の策略に嵌って内側に異物を入れる結果になったのか。その目的、手段。思い出すだけで腑が煮えくりかえる。藍染にも、危険だと気付いておきながら止めることが出来なかった己にも。
真子は血が出るほど強く拳を握ると、必ず藍染に復讐することを誓った。
これが長い百余年の始まりだった。
