幕間
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今日の瀞霊廷は男も女もどこか浮き足だっていた。理由は単純明快。今日はバレンタインデーなのだ。
そもそもバレンタインデーとは大昔に誰かが殺された日を祀るためだったのだが、いつの間にかそれが愛する人や身近な人に感謝を伝える日に変わっている。そして現世の菓子メーカーの戦略でチョコレートを贈る日になっていることは有名だ。
一護たちの影響もあり、尸魂界でもここ数年で急激に現世の文化が浸透しつつあった。
「……瀞霊廷中甘い匂いすんなぁ」
「今日はバレンタインデーですから。仕方ありませんよ」
五番隊隊舎もどこか甘い匂いが漂い、廊下や執務室では女隊士同士でチョコレートの交換をしている。勤務時間中に行われるそれらに、いつもならあまり良い顔をしない真子も今日ばかりは目を瞑った。
なぜなら、他でもない真子がこの日を楽しみにしていたからである。
思い出すのは去年のバレンタインデー。甘いものが得意ではない真子のために美桜が考えて実行されたのは、真子の想像を絶するものだった。出来れば定期的にお願いしたいくらいなのだが、「一年に一度だから刺激的なの」と美桜が首を横に振った。
帰ったら今年も
終業後のアレコレを妄想して全く筆が進んでいない真子に気付かず、至って平常通りの雛森はわざわざ立ち上がってお礼を述べた。
「ということで隊長。私からのチョコは後で涼森隊長にお渡しするので、一緒に召し上がってくださいね。いつもありがとうございます。」
「おん、おおきにな。一緒に食うわ。」
既婚者である真子に直接渡さずに、その妻である美桜にチョコを渡す雛森は女心がよくわかっている。いくら義理だとわかっていても自分よりも若い女の子からチョコをもらう旦那というのはあまり面白くない。美桜はそんなことで騒ぎ立てるような器が小さい女ではないが、少しだけ、ほんの少しだけでモヤッとするのだ。
「せや、桃。愛しの隊長さんにはあげへんのか?」
「愛しっ!!! ひ、日番谷くんは甘納豆以外の甘いものが苦手なので、あげません」
「俺日番谷隊長なんて一言も言ってへんけどな〜」
ニヤニヤと笑う真子に顔を真っ赤にした雛森が叫ぶ。
「隊長!!!!」
「あげへんのか〜、待っとると思うで? 日番谷隊長も。」
「でも甘いもの苦手なのに……」
「俺もあんま得意やないけどな、好きな子からは別やねん。好きな子が自分のこと思い浮かべて一生懸命作ってくれたんやで? そりゃあ苦手なもんも食うわ。……男は意地張る生き物やねん」
真子は初めて二人でデートした時のことを思い出していた。甘いものは苦手だが、好きな子の願いを叶えるために一緒に茶屋に行ったこと。帰り道に握った手の感覚。何百年経った今でも鮮明に思い出せる。
その時、昼休憩を知らせる鐘が鳴った。
「お! 昼飯の時間や!」
待ってましたとばかりに筆を置き、白い羽織を翻して歩いて行く真子は一度だけ振り返った。
「七番隊行くけど桃も行くか?」
「あ、行きます!!」
「あ! 雛森〜!! はい、これアタシから。いつもありがとね〜!」
「雛森副隊長、私からもどうぞ。いつもありがとうございます。」
「乱菊さん!! 雫さん!! ありがとうございます!! ……あ、これ私からです!」
「ありがとう〜! 隊長と一緒に食べるわね〜!」
「ありがとうございます」
七番隊隊首室はチョコレート大交換会が行われていた。女性副隊長が集まって各々チョコレートを交換しては話に花を咲かせている。
「涼森隊長、これ私から涼森隊長と平子隊長に!」
「あら、ありがとう。私からも、はい。」
「え、これ手作りですか!?」
「うん、一応ね。」
「すっご〜〜い!! 私なんて既製品なのに!」
美桜は昨日休みだったため一日中キッチンに篭っていたのだ。隊士たちに渡す義理チョコから真子に渡す本命チョコまで、様々なものを作ってはラッピングした。おかげで夜遅くまでかかってしまい、今日は少し寝不足である。
「あ、真子、雛森ちゃん。」
「涼森隊長! お疲れさまです。こちら私から、平子隊長と一緒に召し上がってください。いつもありがとうございます!」
「ありがと〜! 私からもこれ。」
「ありがとうございます!!」
「それで? 愛しの隊長さんにはあげるの?」
「愛しっ!!! ひ、日番谷くんは甘納豆以外の甘いものが苦手なので、あげません」
「あら、私日番谷隊長なんて一言も言ってないけど?」
つい先程も行ったやりとりに気付くと雛森は思わず「ぷっ」と吹き出して笑い出した。
「……? どうしたの?」
「だって、平子隊長にも先程同じこと言われたので、ふふっ!」
真子と美桜は互いに目を合わせると仕方ないよね、と眉を下げた。ただでさえ夫婦は似るというのに、何百年も隣にいたらそりゃあ似てくる。
「え〜、でも隊長待ってると思うけどな〜。雛森からの、ほ・ん・め・い!!」
「でも日番谷くんは甘いもの好きじゃないから……」
「それでもよ〜。甘納豆なら食べられるじゃない?」
「用意してないなら一緒に作れば良いじゃない。明日ちょうど日番谷隊長お休みだし、雛森ちゃんも休み取って一緒に作れば?」
「そりゃええ考えや。桃は休め言うても全然休まへんし、丁度ええから明日休み。んで日番谷隊長と過ごし。」
「え、ですが隊長!!」
「これは隊長命令や。」
こんな時だけ隊長命令を使う真子はズルい男である。そう言われれば部下は言われた通りにするしかない。
「……わかりました。ありがとうございます、隊長」
「明後日詳細教えてな〜」
そう言って美桜と連れ立って昼食に出て行った二つの白い背中を見送った後、乱菊は雫に詰め寄った。七番隊副隊長の彼女なら美桜が真子に何を贈るのか知っていると思ったのだ。
「雫! 涼森隊長が平子隊長に何贈るか知ってる!?」
「ウイスキーボンボンだそうです。」
「「おおぉ〜〜!」」
答えを知った者たちはきゃっきゃはしゃいでいる。が、雫はそれを見ながら苦笑いした。
( 問題は、その贈り方、なんですけどね… )
どのように贈るか知っているのは本人たちとリサ、そして雫だけである。
* * *
ついにこの時間がやってきた。
真子は内心わくわくしながらも、表面上はいつも通りに見えるよう必死に取り繕った。でないと期待しすぎて欲望の塊が首をもたげそうだったのだ。
いつもより豪華な夕食を済ませ、テーブルではなくソファでデザートを待つ。夕食は甘いかしょっぱいかで言うとしょっぱいものが多かったため、甘いものが得意ではない真子も口直しに甘いものが欲しくなっていた。
「お待たせ〜!」
装飾が施された小さな白い皿には楕円のチョコレートが十粒のっている。チョコレート自体には何も飾り付けがないため、一見寂しく見えるが真子はそんなことどうでもよかった。
真子の脚を跨ぐように向かい合わせに座った美桜は、真子の首に両手を回した。そして目を合わせて微笑む。
「いつもありがとう。本当に感謝してるよ。ありがとう。大好き。」
「俺もや。ありがとな。愛しとる。」
そう言い合って触れるだけの口付けを何度か繰り返して、唇を離した。
欲を滲ませた胡桃染色がテーブルのチョコレートを見ては美桜の目を見る。真子は早く欲しくて堪らないのだ。何往復かしたとき、ようやく美桜が動いた。
美桜はチョコレートを一粒摘むと、真子の唇に押し当てた。だが真子はいつまで経っても口を開けない。むしろ引き結んでいる。
美桜は真子に食べさせるのを諦めたように自分の口にチョコレートを放り込むと、そのまま真子にキスをした。先程は全く開かなかった唇が喜んで迎え入れるように開き、美桜の口の中にあるチョコレートを奪うように舌が動く。美桜も舌を動かして簡単には奪われないと抵抗する。
「……っん、」
いつの間にかただの深いキスになっていたとき、ついにチョコレートが溶けて半分に割れた。中からラム酒が溢れ出し、二人の舌に等しく転がっていく。
濃厚なチョコレートの後に鼻に抜けるほど芳醇なラム酒が溢れ出したのだ。本来のラム酒よりどろりとしたそれは舌に絡まり、口付けをより濃厚なものへと変える。
しばらくして唇を離せば、キスのしすぎで赤くなった唇と、酸欠と酔いでとろんとした目、上気した頬という真子しか知らない美桜が出来上がった。きっと秘すべき場所はしとどに濡れているだろう。
「…はぁ、はぁ……ん、」
酔っているときに酸欠になると酔いが一気に回るのだ。その逆もまた然り。
美桜は肩で息をしながら、甘えるように額を真子の肩に押し当ててはスリスリと頭を動かす。
「……まだ残っとるで?」
喉を鳴らして笑う真子に促されてテーブルを見れば、皿には九粒のチョコレートが残っていた。
美桜はまたひとつ自分の口に放り込むと真子に触れた。
この後、美桜がどうなったかは言うまでもないだろう。
