虚化篇
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卯ノ花は副隊長である山田清之介からの報告に目を見開いた。
彼が救護詰所にいることは気付いていたが、負傷者の付き添いだと思っていたのだ。まさか彼自身が負傷して運び込まれたとは思ってもいなかった。
卯ノ花は報告を終えた山田を見送った後、彼の病室に向かった。
「おや、平子副隊長。貴方がここにくるのは珍しいですね。」
声をかけられた真子はベッドの上で困ったように笑う。血濡れた死覇装は脱がされ、清潔な入院着からは白い包帯が覗いていた。
「卯ノ花隊長、俺かてこんなところ来たくないわ。…ちと手こずってしもたわ。」
「貴方ほどの方が手こずるとは、相当手強い虚だったのでしょう。」
真子は同年代の中で一番早く隊長格になった男。それは確かな実力があるからであって、ただの虚に手を焼いているようでは副隊長は務まらない。
「一体どのような虚だったのですか?」
「霊圧を完全に消しとった。」
「……霊圧を?」
思考が止まった卯ノ花を気にせずに真子は続ける。
「しかも知能があったんや。…あいつ、弄ぶように攻撃しとった。」
真子が数刻前の記憶を思い出しながら吐き捨てるように言った時、窓から別の声が聞こえた。
「その話、ぼくも混ぜてくれないかい?」
派手な女物の着物を肩にかけ、編笠を上げてお茶目に笑う男は八番隊隊長の京楽春水である。
「もう混ざっとるやないかい。……まぁええわ。京楽さんも関係ある話や。」
真子も卯ノ花も、京楽が近くにいることはわかっていた。真子が身をもって経験した虚の進化は彼だけに留めておくべき問題ではない。いずれは全ての死神に共有されるべき問題なのだ。
真子は先程の虚を思い出しながら口を開いた。
救援要請のあった現場は死の気配に満ちていた。辺りに転がる骸はどれも血塗れで、一目見て生存者がいないことを確信した。
救援要請するために瀞霊廷に戻った死神を除いて全滅していたのだ。
真子は辺りを警戒しながら遺体に近付いた。目を瞑り軽く黙祷を捧げた後、遺体を検分する。どれも細かい傷が全身についていた。出血も多く、わざと大きな血管を傷付けて弄ぶようにジワリジワリと弱らせていったのだろう。
そして決定的なのが、鎖結と魄睡だ。どちらも魂魄の急所であり、それを破壊されれば半刻もたたず死に至る。ここにある遺体は全て鎖結と魄睡がなかった。いや、"抜き取られていた"という方が正しいだろう。
犯人はわかりきっている。
「……いつまで見とんのや。」
真子は先程からこちらを窺っている虚に声をかけた。本能的に虚が近くにいることはわかる。だが、霊圧を感じることができなかった。異様な気配を察知した逆撫がカタカタと揺れる。
「あらぁ、気付いていたのぉ? さっきの薄い魂魄よりは食べ応えがありそうねぇ」
虚はゆっくりと空間を割ってその姿を現した。白い仮面をつけたそれは普通の虚よりも小さく、蜘蛛のような八本の足が地を刺した。鋭い牙の生えた口は真っ赤に染まり、新しい食事の味を想像してペロリと口元を舐めた。
「……ッ?! お前、なんで喋っとるんや、」
真子が驚くのも無理はない。
虚は魂魄のなれの果て。一般的な虚は言葉ですらない奇声をあげるだけで、話せたとしても片言が精一杯。ここまで会話が成り立つのは初めてだった。
( こりゃちとあかんかもなぁ…… )
真子の米神から冷や汗がつたい、顎から落ちた。逆撫を静かに抜刀し、構える。
「貴方強そうだから、手加減はなしよ」
虚はそう言った後、真子に向かって口から白い糸を吐き出した。真子が避けたためその糸は後ろの岩に貼りついた。虚はぴんと張られた糸に飛び乗り、流れるように真子との間合いを詰めて足を振りかざした。
逆撫でいなしながら距離をとって機会を窺うが、虚は口だけでなく手からも糸を出してそこら中に張り巡らせる。蜘蛛の巣のように糸が張られれば行動範囲が狭くなる。糸は見るからに粘着性がありそうで、捕まったら一巻の終わりだろう。
真子は吐き出される糸を避けながら虚に切りかかった。
虚は八本ある足のうち三本でそれを受け止め、二本の足で真子の鎖結と魄睡を突き刺そうとする。
それに気付いた真子は咄嗟に身をかわす。が、どうやら一本食らってしまったようだ。後ろに下がって間合いを取り、怪我の状態を確かめれば腹に穴が空いていた。そこから絶えず出血し地面を赤く染め上げている。
なるほど、これが美桜の見た赤い光か。そんなことを考えながら出血を少しでも抑えようと手で傷を押さえる。
( チッ、多すぎやな )
出血の量が多いため早急に戦いを終わらせて治療する必要がある。そう判断した真子は縛道を放った。
「縛道の六十一 六杖光牢」
六つの光が虚の体に突き刺さり動きを止める。真子は通常の虚より数倍硬い虚の足を一気に四本切り落とした。
「う"ぅぅぅぁあ"あ"!!」
痛みに呻く虚が拘束から逃れようと霊圧を解放した。上位席官に匹敵する霊圧に気を取られたが、六杖光牢に罅が入った音で我に返った。真子は逆撫を握り直すと、頭上から刃を振り下ろした。
「ア"ア"ァァァ!!!」
残った足で半分になった仮面を押さえながら虚は消えていった。
「……」
虚の霊圧が消え、辺りが静寂に包まれていることを確認してから逆撫を鞘に収める。途端に痛み出した腹の傷を押さえながら近くの岩場に座り込んだ。懐から翡翠のような霊石を取り出して傷にあてる。
ぼんやりとした淡い光が少しずつ傷を癒していく。一秒ごとに減っていく痛みに安堵の息を吐き出し、こんな時でも輝く星を見上げた。
「ええ夜やのになぁ……」
今日のように星が綺麗な夜は何も考えずに空を見上げていたかった。だがそうもいかない。
真子は霊力を失ってただの透明な石になった霊石を懐に戻すと、非常用の包帯を腹部に巻いて立ち上がった。腹に穴が空いたため完全に治ってはいないが、瀞霊廷に戻ることくらい容易い。
「はーーー、帰ったらやることぎょうさんや。やってられん。」
そんな独り言を言いながら瀞霊廷に帰還し、黒い死覇装でもわかるほどの出血を見た隊士によって救護詰所に運び込まれてきたのだった。
一通り説明した真子はベッドの上で胡座をかき、その膝で頬杖をついた。
「てなわけや。お二人さんは長いこと隊長やっとるけど、そんな虚聞いたことあるか?」
「ないねぇ、一度も。大先輩の卯ノ花隊長はどうだい?」
卯ノ花は京楽を一瞥した後、目を閉じて言った。
「言葉を操り霊圧を完全に消す虚など聞いたことありません。」
「だよねぇ。……そんな虚がゴロゴロいるなら、平隊士に任せてられないねぇ」
「えぇ。少なくとも上位席官、可能ならば隊長格が対処するのが望ましいでしょう。」
「僕らが強くなっているように、虚も強くなっていってるってことかい。厄介だねぇ」
「……」
重い沈黙が場を支配した後、卯ノ花は治療のため立ち上がった。傷を見るために腹に手をあててから違和感に気付いたのか、動きが止まった。そしてベッドの横の机に置いてある死覇装を見て、その違和感は確信に変わる。
( おかしい、死覇装が破けている範囲と出血量に対して、傷が浅い……まるで既に回道をかけたような傷… )
副隊長である山田が治療した可能性も考えたが、彼はこんな中途半端な治療はしない。
「平子副隊長、既に回道で治療しましたか?」
「……」
真子はばつが悪そうに目を逸らした。
その様子に卯ノ花は懐から透明な石を取り出した。石からは僅かだが回道の霊圧が感じ取れる。山田から「平子副隊長の荷物の中に面白いものがある」と渡されたものだった。
「見たところ、こちらの石が原因のようですね。」
卯ノ花の黒い微笑みに真子は逃げることができなかった。きっと逃げることができるのはほんの一握りだろう。
京楽は見覚えのありすぎる霊圧を感じて顔を上げた。
「平子君、それは美桜ちゃんかい?」
「……そうや。」
その時、三人はものすごい速度でこちらに近付いてくる霊圧を感知した。
「お、噂をすれば。」
ノックされずに勢いよく扉が開く。
「真子っ!!!!」
肩で息をする美桜は脇目を振らず真子に駆け寄った。
巻いてある包帯を取り払い、まだ皮下組織が剥き出しになっている傷を見た後、悲痛そうに顔を歪める。
「私のあげた霊石は!?」
「効いたで。ありがとさん。そのおかげで早く帰って来れたんや。」
真子は美桜の頭を撫でて安心させるように目を合わせた。
「回道で治してこれなの?! じゃあ一体どれだけ、」
どれだけ重傷だったのだろうか。じんわりと涙が出てくる。どうしようもないことだとわかっているが、着いていけばよかったと思ってしまうのは愛ゆえだった。
二人きりの世界に入ってしまった真子と美桜を連れ戻す声がかかる。
「おーい、美桜ちゃーん。」
「……っ、京楽隊長! なんでここに?!」
「なんでって、そりゃあ美桜ちゃんの大事な平子君が負傷したって聞いたからねぇ。」
「初めまして美桜さん。四番隊隊長卯ノ花です。」
「初めまして、卯ノ花隊長。鬼道衆五席の涼森です。」
卯ノ花はにっこりと笑いながら、手に持った石を持ち上げた。目が笑っていない。絶対に逃さないという強い意志が感じられる。
「貴女がこの石に回道を込めたのですね?」
一応疑問系になってはいるものの、いいえとは言えない雰囲気にたじろぐ。
「えっと…」
「美桜ちゃん、卯ノ花隊長は大丈夫だ。悪いようにはしないさ。だから言ってごらん。」
京楽に言われ、覚悟を決めたように卯ノ花を見た。
「…はい。私が回道を込めました。」
「やはりそうなのですね。この石も貴女が?」
「そうです。霊力を凝縮して作りました。」
霊力を凝縮。確かにこの石は霊力の密度が高い。こんな技術、見たこともない。それに鬼道衆の五席だからとしても、ここまで完璧に回道を使えるものなのか。ましてや回道の付与など。それが出来るようになれば前線に行かせてもらえない四番隊の代わりに、誰でも応急処置が出来るようになる。
「付与した回道はどのくらい持つのですか?」
「今の私では一日が限界です。それを過ぎるとただの霊石になります。」
つまり回道は一日で抜けてしまうが、霊力は抜けないということ。それだけでも有用性は高い。
「卯ノ花隊長、美桜ちゃんをあまり苛めないでやってくれないかい。」
「あら、これは失礼しました、京楽隊長。…そういえば、貴方と浮竹隊長の愛弟子が鬼道衆の席官という話を耳にしたことがあります。彼女が?」
「そうさ。彼女がぼくと浮竹の可愛い弟子さ。」
京楽直々に釘を刺されればいくら卯ノ花でも無下には出来ない。取り急ぎ知りたいことを聞き出した卯ノ花は霊石を美桜に返却した。
「美桜ちゃん、結界張ってその傷いつもみたいに治しちゃいな。」
その言葉に美桜だけでなく真子も目を丸くした。
「せやかて京楽さん!」
「これからのことを考えると、卯ノ花隊長には知ってもらっておいた方がいいと思ってね。」
これからのこと、というと、今回のように怪我をした場合のことだろう。入院が必要な怪我だとしても美桜の手にかかればすぐに復帰できる。その際に、四番隊隊長である卯ノ花さえ事情を知っていればごまかしがきく、ということだろう。
なるほど、確かに下手に勘ぐられるよりは良い。
美桜は頷いた後、部屋を覆うように結界を張った。そして真子に向きなおり、いつも通り手を患部にあてる。
手から金色の光が溢れ、それが傷の時間を戻していく。巻き戻し再生のようにみるみるうちに傷は塞がれ、やがて元通りの肌に戻った。
「相変わらず見事な腕前だねぇ。」
「……!!」
卯ノ花は目を丸くした。これは回道ではない、時間回帰だ。時間を操るなど、もはや神の領域ではないか。
「ってことで卯ノ花隊長。この通り訳ありでね。もし同じようなことがあった時、卯ノ花隊長が治療したってことにしてもらってもいいかい?」
卯ノ花は目を閉じ頷いた。
「そういうことならわかりました。涼森さん、四番隊は貴女をいつでも歓迎します。」
「…ありがとうございます」
「では、私は平子副隊長の退院手続きをして参ります。」
そう言って卯ノ花は背を向けて退室した。
京楽は軽く手を振って見送る。
「さてと、美桜ちゃん。いつ霊力で石なんて作れるようになったんだい? ぼくを仲間外れにするなんて寂しいじゃないか〜」
京楽がデレデレとした情けない顔で甘えてきた。先程の毅然とした姿からは想像できないそれに苦笑いする。
「ついこの前なの。余っている霊力で色々やってたら偶然出来て。本当は霊力だけじゃなくて、回道をもっと長時間溜めておけるといいんだけどね……あとは他の鬼道とか? 使い方が難しいけど隙を作るために縛道とか。六十番代なら使い勝手いいだろうし。破道でも良いけど本当に一瞬怯ませるくらいしか出来ないかな。」
「霊石一個につき一種類しか込められんちゃうか?」
「あ、やっぱり真子もそう思う?」
「おん。ぶつかり合って爆発しそうや。」
「必要最低限のものだけ持っていく感じだよね。あんまり多くても邪魔だし。」
京楽は細い指を折りながら今後の課題を挙げていく愛弟子の姿に喜びと一株の寂しさを覚えた。わかってはいたが、もう腕を広げたら素直に飛び込んできてくれる小さな女の子ではないのだ。一人の死神として地に足を付けて立っている。彼女の愛する者も出来た。そろそろ弟子離れをしなければならないのかもしれない。
「じゃあお二人さん、もう帰んなさい。退院手続きは卯ノ花隊長がやってくれるから。」
「はーい」
真子と美桜は支度を整えると、個室の扉から自宅に帰っていった。
