新たな居場所
Me
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「お見苦しいところを見せてしまって、すみませんでした…」
「そんな、全然気にしないでください!少しでも気持ちが楽になったなら良かったです」
あれから散々泣き喚き散らかした後ようやく落ち着きを取り戻した私は、自分の行動を改めて振り返り今すぐにでも穴へ沈みたい気持ちになる。
しかし立花さんは目の前で項垂れる私に対して、変わらず優しい言葉をの雨を降らしてくれた。
うう、本当に優しい人だ…
彼女の言動に感銘を受けながら顔を上げれば、立花さんは続け様に口を開く。
「そういえば、名前まだ聞いてない…ですよね?これから一緒に過ごしていくんだし、教えてほしいです」
「っあ、すみません…!自己紹介してもらったのに自分名乗らなくて…、えと、花宮 愛華です。欧華高校3年生です」
立花さんから遠慮がちに伝えられた言葉を聞いた瞬間、私の脳内に衝撃が走る。
相手に自己紹介させておいて、自分は名乗らないなんてなんて無礼者だ。短時間に色々ありすぎてすっかり忘れてしまっていた。
慌てて私は自己紹介をしながら、深々と彼女へと頭を下げる。
申し訳なさと共にさりげなく立花さんから紡がれた「これから」と言葉に、本当にここに置いてもらえるのだと改めて実感し喜びを噛み締めた。
「高校生なんですね。やっぱり若いと思ったんです。じゃあ早速なんだけど、部屋は私の向かいの部屋を使ってもらえますか?」
「っ、は、はい、あの。本当に、ご迷惑じゃないんですか…?こんな見ず知らずの赤の他人となんて、」
「ふふ、もう赤の他人なんかじゃないです。こうして出会えたのも何かの縁だと思います。それに、ちょうど女の子とも一緒に暮らしたかったんです」
着々と私の入居へと話が進み出す中、ネガティブな私の悪い癖が新たな一歩を踏み出すことを躊躇する。しかしそんなものは立花さんの魔法の言葉によって拭われ、越えられずにいた線の先へと手を引かれた。
本当に出会えたのが彼女で良かった。まだ出会って数時間だと言うのに、そう断言できる自分に驚きつつ、やっと前向きにスタートしようと思えるようになった。
「あの、私年下なので、全然タメ口で大丈夫ですよ」
「あ、本当?じゃあ下の名前でも呼んでいいかな?良かったら私もタメ口でいいよ」
「もちろんです!…でもタメ口は流石に…自分が許さないというか…譲れないというか…」
「あはは、真面目なんだね。じゃあ、せめて私のことも下の名前で呼んで。なんか距離が縮まりそうだし」
「…分かりました、いづみさん。不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「ふふ、なんか結婚するみたいだね。愛華ちゃん。こちらこそ、よろしくお願いします」
やっと少し砕けた会話もできるようになり、二人の間に和やかな雰囲気が流れる。立花…いづみさんは本当に人の固くなった心を溶かしていくのが上手だ。私の雁字搦めの気持ちも易々と解いてしまう。
私が改めて彼女に土下座のポーズで頭を下げると、いづみさんもお茶目な笑顔を見せながら同じ体勢で返してくれた。
「でも、本当にこの家大きいですよね。一人で住まれてるんですか?」
「あ"…じ、実は、そのことなんだけど…」
「?」
そんな幸せムードの中、不意に漏らした言葉を聞いた瞬間___いづみさんは何かを思い出したように声を上げると体を固まらせ、気まずそうに視線を泳がせる。
ただならぬ雰囲気に私が脳内に疑問符を浮かべながら首を傾げると、彼女はおずおずと口を開いた。
「…あのね、私劇団の監督してるって話したじゃない?」
「…?はい…。確かMANKAIカンパニーっていう劇団ですよね」
「うん、そう。で、この近くにMANKAIシアターっていう劇場があって、団員はそこで公演を行うんだ。そして、ここはその団員が住む団員寮なの。しかも男性限定の」
「へぇー、団員寮…すごいですね……って、えぇ!?こ、ここに!?」
立花さんの言葉に対し何気なく受け答えをしていると、ふと衝撃的な発言が飛び出し思わず大声を出してしまう。五月蝿いと思われたかもしれないが、反射的に出てしまったのだ。しかし驚きはしたが、団員寮…それならこんな大きな建物だとしてもなんら不思議はないし、内装が案外素朴なのも寮だからなのだと納得がいく。
けど、けどだ…、完全にいづみさをと二人暮らしなのだと思い込んでいたため、少し…いやかなり狼狽えてしまったのも事実だ。しかも団員が男性のみならなおさらだ。
「ごめんね…!大切なこと伝えてなくて…、きっと私と2人で住むことになるって思ったよね」
「いっ、いえいえ…!確かに驚きましたが…よく考えたらこんな大きな建物なんだし、沢山の人が住んでいてもおかしくないですよね。全然大丈夫です……けど、……」
顔の前で手を合わせながら申し訳なさそうに頭を伏せるいづみさん。私は慌てて首を左右に大きく振ったものの、戸惑いの気持ちが大きいのが正直のところだ。頭に浮かんだ様々な不安が拭いきれず、どうしても言葉が尻すぼみになっていくのにいづみさんが眉を下げながら見つめている。
「わ、私…大人数で暮らすのには慣れてるんですけど……あの、その。ちゃんと仲良くできるか不安で……前もほら、自分の関わりが多分良くなくて、嫌われちゃったし…男の人なら、なおさら関わってこなかったので…」
「……、…それなら大丈夫!みんなとっても良い人ばかりだよ。それは自信を持って言えるから、愛華ちゃんなら上手くやれるよ。少し関わっただけだけど、愛華ちゃんの人柄は充分伝わったしね」
「でも……」
「私、結構人を見る目あるんだよ?愛華ちゃんが他の人とやっていけなそうって思ったらこの寮には誘わないで他の道を探してたよ。きっと。だから、ね?大丈夫だよ」
引きずったたままの施設でのトラウマを素直に吐露すると、立花さんは一瞬面食らったような顔をした後安心したように頬を綻ばせた。そして、また綺麗に形どられた唇から私を勇気づける言葉を次々溢してくれた。
正直それですべての不安がなくなったわけではないが、いづみさんが言ってくれるのなら素直に信じてみようと思い、私は考えを巡らせた後ゆっくりと頷いた。
それにしても、人の気配はしないと思ったのに、まさかここに劇団員が住んでるとは…というか、そもそも団員って何人くらいいるんだろう。
「あの、いづみさん。ここって何人くらい住んでるんですか?」
「あ…、そうだね。もう愛華ちゃんもここの一員なんだし、こっちの事情も全て話すね」
「事情?」
私の素朴の疑問を受け取ったいづみさんは、途端に真剣な眼差しになってこちらに向き直った。