新たな居場所
Me
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今思えば、別にそれらしい言い分を並べて誤魔化すことだって出来たはずなのに、なぜか彼女の純粋で真っ直ぐな瞳に見つめられると、嘘をつくことがひどく残忍な行為に思えて、ありのままを話そうと決意したのだ。
とはいえ、出会ったばかりには変わりないし、当然感謝の気持ちはあったものの、同時に警戒心も持ち合わせていた私は、ここへ来るまでの経緯と私の生い立ちを軽く話すことに留まった。
できる限り冷静に、淡々と、簡潔に___そう意識はしたが、どうしても今日の出来事を言葉にする時だけはうまくいかなかった。私の心を折るには十分だった今日の事態だけは、まだ心を落ち着かせて話すのにあまりにも早急だった。
その時だけは自然と拳に力がこもり、どうしようもなく体が震えるのが分かる。声も心なしか上ずってしまうが、それでも溢れ出そうな感情を必死に押し殺した。
やっとの思いで全てを話し終えると、途端に空間は静寂に包まれる。
あまりにも暗い雰囲気で終わらせるのも耐えられそうになかったため、私は間髪入れずに明るい声でまた口を開いた。
「でもっ、そんなこと言ったって私の帰る場所はそこしかないし、こんな子どもじみたことしたってどうしようもないことも、ちゃんと分かってます!何か、立花さんに話したらスッキリしたし、これならまた頑張れそうかなー、なんて。はは…っ」
自分でも驚くほどわざとらしい笑い声に心の中で悪態をつく。こんな時くらい上手に笑えるようになりたいのに。苦しすぎる前向きを取り繕った言葉も相まって、これじゃあ不自然すぎる印象しか与えないだろう。
けれど今更どうすることもできないため、このまま押し切ろうとまた口角を無理やり上げた瞬間___ふわり、と握り続けていた拳に温かな温度が触れて、思わず体の動きが停止した。
_____それが立花さんの柔らかな手だと分かる数秒後までは。
思いもよらない彼女の行動に思わず伏せていた視線をあげると、_____立花さんは静かに涙を流していた。
目の前に広がった光景に初めは理解が追いつかず、唖然と彼女を見つめることしかできなかったが、そんな私にお構いなしで立花さんは唇から言葉をこぼした。
「…もう、頑張らなくて良い、あなたは充分頑張ったんですから…
辛かったですよね、苦しかったですよね…そんなことを話してくれて、ありがとう…」
はらはらと瞳から大粒の涙を落としながら、立花さんは私の拳を包む手に力を入れる。その温もりに触れたと自覚した瞬間、全身から力が抜けていくのが分かった。
___なんで、貴方が泣くの。
___自分のことじゃないのに、どうして泣いてくれるの。
…____どうして、私の一番欲しかった言葉をくれるの。
ずっと張り詰めていた糸がぷつりと切れた音が聞こえた瞬間、体の奥から形容できない感情の波が押し寄せてくる。
もうそれを、留めておくことなどできそうになかった。
立花さんの手の甲に私の涙が一粒落ちて、細かい粒子となって弾け飛ぶ。
それを皮切りに止まることを知らない液体が次々と目から溢れ出ては、カーペットに水玉模様のシミを作った。
「っ、ごめんなさいっ…っ、泣きたいわけじゃ、ないのに…!」
拭いきれない涙を必死に掌全体で受け止めようとするが、それは留まることを知らず滝のように次々と湧き出てくる。
昔こそ泣き虫だったが、施設に入ってからは強かった姉の姿に近づこうと人前はおろか一人でさえ泣くことはめっきり減ってしまい、ついにはもう泣き方さえ忘れてしまっていた。きっと最近は大きく感情を動かすことさえ疲れてしまったから。
それが、今こんなに顔をぐちゃぐちゃにして、感情をむき出しにして、私はあられも無い姿を彼女に曝け出している。みっともないのは百も承知であったが、彼女にならなぜか受け入れてもらえる、そんな根拠のない自信だけが自分の中にあった。
「…、あなたさえ良かったらだけど、ここで一緒に暮らしませんか。またここから新しく、一から始めましょう」
嗚咽を漏らす私に向かって、立花さんは涙で濡らした頬のまま今度は笑ってみせる。ぼやける視界で確かに捉えた彼女の笑顔は今まで見たどの風景より美しく見えて、また泣きたくなった。
「っ、…ありがとう、ございますっ……」
今の私にはそう言うのが精一杯で。
途切れ途切れの言葉を必死に、でも確かに彼女へ届くように紡ぐ。
_____心にずっと突っかえていた何かが、ようやくストンと落ちてくれた、そんな気がした。
____そして、ここから。
私の波乱だらけの劇団生活が始まることになるのだ。