組織方面で調査を開始した結果。
あのくすぶっていた数日は何だったのかと思えるほど、あっさりと情報が集まった。
それと同時に――彼女を熱心に囲っているらしい一人の男の異常性に、俺の焦りは加速していく。
彼女についての情報を何一つ掴めなかったのは、彼女のあらゆる痕跡を、その男が執念深く全て抹消していたからだった。
その上、あの日、俺が逃がしてしまった彼女はそのまま男の手元で強固に監禁されている可能性が高い。
この数日で得た情報を整理すると。
一つ。
武器を攘夷浪士達に流していた組織について――まず、やつらには組織名がない。
攘夷戦争が終結するまでは戦争向けの闇商人として活動していたが、戦争の終結および廃刀令の敷設により攘夷浪士へ武器を高額で売りつける方向へ転換。
あくどい商売で借金漬けにした武器職人を囲い込み、人を人と思わぬ労働環境で過酷に使い倒し、安く生産した自社製品を高額で売りつけることにより莫大な利益を発生させていた。
二つ。
組織の中枢にいる、異質な男の存在。
その男が組織に所属したのはわずか三年前から。
名前のないこの組織は俺が思っていたよりもずっと大きく、歴史も数年やそこらには収まらない。
過去少なくとも三十年間はこの世に存在していた。
にも関わらず、殆どなんの実績も持っていないはずの男が中枢に食い込んでいる。
更に言えばその男が随分熱心に彼女の情報を抹消していた張本人だった。
三つ。
その男はかつて、辺鄙な田舎で鍛冶屋夫妻を殺害していた。
元はその鍛冶屋の弟子だったらしいが、当時まだ戦争向けの闇商人として活動していたその組織へ、鍛冶屋の蔵に眠っていた千本にも及ぶ刀を全て横流ししたらしい。
それがバレて破門を言い渡されたことに逆上し、夫妻を殺害。
だが当時夫妻と共に暮らしていた二十歳前後の一人娘の遺体は挙がっていない。
夫妻殺害後、その男は売上に大きく貢献したとして組織の中枢へ迎え入れられた。
四つ。
男は組織の中枢へ食い込む際、組織へ武器を横流しした際の報酬を全て還元することと引き換えに、ある条件を提示した。
その条件は"一人の女性を常に監視させ、もしその女性が脱走を試みた場合は組織が持ちうる全ての力を持ってして捕縛し連れ戻す"というもの。
組織はそれにもう一つ――その女性を娼婦として定期的に客を取らせることを条件を追加したうえで呑み込んだ。
彼女の売上はそのまま組織の懐に入る。
つまりその女性は、何故自分が犯されるのかすらも知らされないまま、厳重な監視下で、歪んだ男の執着と不健全な組織の歯車に無理やり組み込まれていたのだ。
(……反吐が出る)
この男の異常な執着には随分苦労させられた。
だが、女性の痕跡を消すことにばかり気を取られていたのか、自身の痕跡の消し方は随分甘かったようだ。
おかげで――彼女に手が届く。
そうして今俺は、まさにその"異質な男"の棲家へ歩みを進めていた。
鬼が出るか蛇が出るか。
あるいはその両方か。
気味が悪いほど幸せそうな顔で帰路へつく男の背を、気配を消して追いかける。
「ただいま。咲、良い子にしてたか?」
男はそう言って玄関を開けながら酷く青白い顔で自分を出迎えた"彼女"に笑みを向けた。
問われた彼女はと言うと、まるで夢遊病患者のように、虚空を見つめてぼうっと立っている。
頬に、痛々しい痣がくっきりと浮かんでいた。
「おっ、今日の飯は肉じゃがかぁ。俺の大好物だ、ありがとうな」
その家は酷く整理が行き届いていて。
綺麗な家の中で、彼女だけがボロ切れのように薄汚れている。
物言わぬ彼女を男はまるで人形でも愛でるように撫でた。
食事を済ませ。
入浴を済ませ。
同じ寝屋で、夜を過ごす。
上辺だけ見ればありきたりな夫婦生活が――蓋を開けてしまえばこんなにも気色悪い。
男に誘われるまま纏っていた布を脱ぎ、喘ぎ声の一つも上げず、生気のない目で、ただ数えるのすら気が遠くなるほどの傷を刻まれた身体を力なく横たえ、彼女はいつ失ったかもわからぬ純情を弄ばれていた。
本当は――男が彼女に触れた瞬間に、そこへ飛び込んでしまいたかった。
だけど、今の自分は丸腰で。
たった一人。
戦力は皆無に等しい。
うっかり姿を現してしまえばきっと組織もろともこの男はどこかへ姿を眩ませるだろう。
もし彼女だけを助け出せたとして、彼女はきっとこの男に後ろ盾がある限り狙われ続ける。
それは彼女にとって、真の安全の訪れとは言えない。
だから、俺は。
ただ――彼女の日常を"見て"、記憶した。
脳が焼ききれそうなほどの怒りと焦燥を、奥歯で噛み締めながら。
「そうそう。明後日は"お客さん"が来るから綺麗にしとくんだぞ。俺の上司も来るからな」
薄汚い欲にまみれ、薄い布団の上でぼうっと天井を見上げている彼女の横で、男はそう言って満足そうに眠りについた。
彼女はと言えば。
そのまま、朝が来るまで、ただそこに横たわっていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「よくやった、山崎」
俺からの報告を黙って聞いた局長は静かにそうとだけ零し、俺の背をぽんと随分優しく叩く。
その口元は笑っていたが、目の奥にはぎらぎらとした野心のようなものが煮えたぎっていて。
だけど同時に泣くのを堪えているような顔にも見えた。
「突入は明後日。その家とお前が情報を集めてくれた拠点を全て同時に叩く。……根絶やしだ」
低く響くような彼の声に背筋が伸びる。
やっと。
やっとだ。
もうすぐ彼女を救い出せる。
彼女に、手が届く。
「その家には俺とお前、更に二番隊を連れていく。トシと総悟、他の部隊にはそれぞれ別の拠点を叩いてもらう。わかったな?」
「――はい」
無意識のうち、拳に力が入った。
クソ野郎の顔面にそれを叩きつける日を、待ちわびるように。