父の背中が好きだった。
大きくて広くて、不器用で。
刀を打つその瞳の迷いのなさが頼もしくて。
母の笑顔が好きだった。
優しくて暖かくて、柔らかくて。
私の髪を撫でてくれるその指先が心地よくて。
――大好きだった。
「……お、とう、さん……おかあ、さ、ん……っ」
ぱっくりと裂けた肉の間からこぽりと音を立てて鮮血が溢れた。
かつて私の父と母だったその身体は今、無惨に切り捨てられ、血液と共に温度を失っていく。
「アンタ達が悪いんだ、師匠……おかみさん……! 俺に、咲をくれないから……ッ!」
返り血を浴びてぬらぬらと光る刀を手に"その人"は泣いていて。
刀を手にゆっくりと私へ近づく。
殺される。
私も両親と同じように。
そう思った。
否、そうであった方がまだ幸せだったかもしれない。
だけどその人は、刀を落として。
私の着物の襟を強引に開いた。
瞬間に悟る。
彼が何をしようとしているのか。
何故、こんなことになってしまったのか。
「咲……っ、俺を受け入れろ……俺と、生きてくれ……っ」
血濡れのその人はそう縋りながら、私を、貪り始めた。
◆ ◇ ◆ ◇
あれから三年。
両親を殺害された私は今、両親を手に掛けたその男と、江戸の町に身を寄せていた。
……"江戸に身を寄せている"という言い方はおかしいのかもしれない。
だって私は今の今まで――この「家族ごっこ」の外から、江戸の町へ一度も出たことがないのだから。
「じゃあ俺は仕事行ってくるからな。良い子で留守番してるんだぞ」
「……はい。いってらっしゃいませ」
まるで本当の嫁に語りかけるようにその男は私に笑顔で話しかけ毎日仕事へ出かけていく。
残された私のやる事といえばそう広くもない家をただ磨いたり、男が購入してくる食材を使って料理を作ったり、窓の外に広がる青空をただ見上げたり。
そうしてあの男が帰ってきたら、薄ら寒い愛の言葉を吐きながら打ち付けられる欲情を、その身で飲み込むだけ。
最初こそ気色が悪いと思っていたこの生活も、三年も強いられているうちに気がつけば日常と化していた。
私はもう、ただの家畜だった。
「……」
何を思うでもなく洗面所を拭いていたら鏡越しに自分と目が合う。
生気のない瞳。
蛇のように青白く骨ばった身体。
そこに鱗のように滲む、無数の跡。
ふと。
三年の間、一度も持ち上がったことのない口角を持ち上げてみる。
その表情はぎこちなくて、不気味で、とても笑顔といえる代物ではなく、私は鏡から目を逸らした。
最初のうちは何度も脱走を試みた。
だけどその度に知らない男たちに捕まって、連れ戻されて、折檻だと言って暴力を受けた。
それを繰り返しているうちに――いつしか、逃げ出すという選択肢は私の中から消えていた。
だってその方が、痛くないから。
「おーい、咲。"お客さん"だぞ」
その言葉と共にその人は見知らぬ男達を何人も連れて帰ってきた。
どうやら今日は、"そう"らしい。
ずかずかと土足で侵入ってきた見知らぬ男達はそのまま許可もなく私に触れる。
そうして砂糖に群がる蟻のように、私を嬲る。
これももう――私にとっては日常に組み込まれた景色だ。
数週間に一回。
多い時は週に数回。
私はこうして見も知らぬ男たちに蹂躙され。
男たちが帰っていったら今度は、まるで上書きでもするように"同居人"に一晩中求められる。
「ごめんな。ごめんな、咲。でも仕方ないんだ。俺にはお前しかいないから。ごめんな――」
その口から漏れ出る謝罪に一体何の意味があるのだろうか。
この男は一体、何に許されたがっているのだろうか。
もう……今更、興味ないけれど。