兄と共に飛び込んだその先はステージ裏だった。
奥に広がっていたロッカールームを抜けてそのままバックヤードへ足を踏み入れると、ちょうど構成員が兄の名前を叫びながら三人ほど突っ込んでくる。
「香織、ちょっと下がってろよ」
兄の言葉に私は数歩後ずさった。
バックヤードは長い廊下になってはいるが、決して広くはない。
並んで戦うには不便だと兄も思ったのだろう。
念の為いつでも加勢に入れるよう身構えていると、一番奥にいる男が懐から拳銃を取り出すのが見えた。
「お兄ちゃん、銃!」
「――わかってる! 隠れてろ!」
叫びながら兄はまず向かってきた一人を肘でノックアウト。
続いて飛び込んできたもう一人を殴ったところで、奥にいた男がろくに狙いもつけずに発砲した。
慌てて私が物陰に隠れると同時に、兄はぎりぎり頭を下げて被弾を回避。
「あぶなっ!」なんて随分緊張感なく零しながら彼は手近にいた組員を羽交い締めに捕まえ、盾にした。
「ひ、ひいっ……! 馬鹿、撃つな!」
「クソっ、そいつを離せ! 卑怯だぞ!」
非力な女性を攫おうとしていた連中の吐く言葉とは思えないが、発砲されたら不利なのは兄の方だ。
加勢したいけれどバックヤードは狭い一本道で回り込める場所もない。
私が出ていったところで足手纏いになるだけだと判断し、勝機を待つことにした。
誰が離すかっつーの、と荒々しく零した兄は組員を盾にしたまま銃を持った男へにじり寄る。
そうしてやっと手が届くぐらいの距離に来たところで盾にしていた男を後ろに放り、銃を持っていた男を殴り飛ばした。
「えいっ」
「ぶへぁっ?!」
一方、もう良いだろうと物陰から飛び出した私は、盾になってくれた組員へお礼代わりに靴底を叩きつける。
そうして白目をむいて動かなくなった男を見下ろして私は小さく息を吐いた。
銃の登場には一瞬ひやりとしたけれど兄が超人で助かった。
「ふう、焦った」
「お兄ちゃん。"焦った"はこっちの台詞なんだけど?」
組員達が通ってきたであろうバックヤードの扉の向こうには階段が広がっている。
駆け上がるとその先にはまた組員が四人ほど控えていて、そのうち奥の一人はまたしても銃を構えていた。
「またかよ……! 銃刀法って知ってるか?!」
兄の切羽詰まった声に胃がきりりと痛む。
相手はヤクザだし、ここは神室町。
今更銃を持っていることぐらいもはや珍しくはないと納得し、多少慣れてしまっている自分に気がついて、つい苦笑いを零した。
「まずは銃をどうにかしなきゃだな。香織、一人で三人耐えれるか」
「5分が限界ってとこ」
「なら、余裕だな!」
言いながら兄は狭いバックヤードを一直線に駆け出す。
その背を追いかけようとする素手の一人へ私は壁を蹴って高さを出し、体重を乗せて踵を叩きつけた。
奥へ駆けていった兄は一度発砲されるもスライディングで弾を避けながら突っ込み、さっさと銃持ちを制圧して戻って来る。
残された二人も一人ずつ請け負って、大した痛手もなく撃破できた。
「あぁ~もうヒヤヒヤするぅ……っ!」
戦闘ごとに毎回心臓が冷える。
が、ついそんな本音を零した私を兄はけらけらと笑った。
「ヤクザの顔面躊躇なく蹴っといてそれ言う?」
「気持ちの問題なの!」
「あっそう。女心は複雑だね」
言いながら兄はバックヤードを進んだ先にあった扉を両手で豪快に開ける。
その向こうは小さなステージと多くはない席が設置された個室のようになっていて、そのステージの上で何やらパフォーマンスの練習をしていたらしい二人の女性が「きゃあ! 誰?!」と悲鳴を上げた。
一方、そんな彼女達の悲鳴に弾かれるようにして、部屋にいた組員たちが立ち上がる。
「な……八神やないか?! いてもうたれ!」
相手は四人か。
とりあえず手近にきたやつから順番に――。
「よいしょ」
「……え」
拳を構えた私の横で兄は、ちょうど部屋に入った時すぐ横にあった大きめのスピーカーを持ち上げた。かと思えばそれをこちらへ向かってきていたヤクザ達へ、「ふんっ」なんて気合の入った声と共に放り投げる。
スピーカーによって見事なぎ倒された組員たちへ追撃に走った兄に私も慌てて続いた。
組員たちが床に伸びたところで、ステージの端で身を寄せ合いながら小さくなっていた女性たちへ視線を向ける。
目が合った彼女達は小さく悲鳴を上げて更に震え出してしまった。
「香織、何してんだ。行くぞ」
「うん。……ええと、お、お邪魔しましたぁ」
あの子達、今回のことがトラウマになってないといいけれど。
とはいえあの流れで優しい言葉をかけても、もっと怖がられるだけだっただろうし仕方ない。
切り替えて兄の後ろに続いて扉を抜けると今度は赤い絨毯がかかった広い廊下に出た。
キャバレーの客用の廊下へ出たらしい。
正面玄関からホールに出て、その裏からバックヤードへ続き、客用の廊下。
必要以上に入り組んだ構造がこの建物がヤクザの巣窟であることを如実に物語っていて、少し指先が冷える。
「奥に行けそうなのは……あっちかな」
探偵の勘でも働いているのか、複雑な建造物の中をさっさと歩いていってしまう兄を追いかけて扉を抜けると上へ繋がっているらしい階段が顔を出した。
と同時に、背後から二人分の足音がする。
「ター坊! 香織ちゃん!」
そんな声に振り向くと、海藤さんがこちらへ駆け寄ってくる姿が目に留まった。
彼の後ろを杉浦くんもゆるりと歩きながらついてくる。
「海藤さん。杉浦も、無事だったか」
兄からの言葉に杉浦くんは「当然!」なんて明るい調子で応えた。
海藤さんも得意げに、だから言ったろ、と笑う。
二人とも大した怪我もしていないようだし、頼もしいことこの上ない。
そんな彼らに兄はふっと小さく笑った。
「それじゃ行くぞ!」
四人で勢いそのまま目の前にあった階段を駆け上がる。
そうしてちょうど踊り場へ出たその時、ちゃり、と金属音がした。
同時に――。
「うっそ?!」
杉浦くんの悲鳴にも似た声で上を見上げる。
頭上を、丸い何かが舞った。
実物は初めて見るけれど……形状と周囲の反応から察するに手榴弾、そうでなくても爆弾の類だろう。
「なにィ……?!」
そう零した海藤さんが咄嗟に私の手を引く。
壁と彼に挟まれ、このままじゃ海藤さんが……と青くなった瞬間、兄が壁の突起を蹴って飛び上がり――。
「落としモンだぞ……っと!」
手榴弾を飛んできた方向へ蹴り返した。
階段の上から爆破音と共に組員たちの悲鳴が聞こえたと同時に、私達は階段を再び登り始める。
「改めて思ったけどさ。お兄ちゃんって結構化け物だよね」
「香織、実の兄貴捕まえてその言い草は無いだろ」
粉塵をかき分けて階上へ到達した私達を、六人ほどの男が険しい顔で出迎えた。
「ぶち殺したる!」
そう言い、中央にいた男が懐から拳銃を取り出す。
だが、撃鉄を下ろす暇さえ与えず兄がその男の胸ぐらを掴んで殴り倒した。
男の手から溢れ、足元に転がってきた拳銃を私は階段下へ蹴り飛ばす。
そうして出来た私の一瞬の隙を狙って脇にいた男が殴りかかってくるも、海藤さんが懇親のラリアットで吹っ飛ばした。
相変わらず彼の喧嘩は豪快で見映えが良い。
「っし、行くぞ」
最後の一人を制圧した兄は両開きの大きな扉を見据えた。
かと思えば乱暴に足でその扉を蹴破り、ずんずんと奥へ進む。
その背を追いかけて部屋に歩みを進めた瞬間に何やらアップテンポな音楽が鼓膜を叩いた。
中央にはランウェイのようにステージが伸びていて、その上でセーラー服姿の女性が数人、ダンスパフォーマンスを行っている。
その段階で既に異質な空間だったのだけれど――その女性たちの中央に、スーツの男が一人混ざっているのがまた異質だった。
音源の終了と共に女性達は低い位置で決めポーズをし、中央の男もまたセンターさながら上空に手を掲げてポーズを取る。
「……あんただったか。塩屋」
兄の言葉に、センターを陣取っていた男はパフォーマンス精神たっぷりにポーズを解き、にんまりと満足気に笑った。
塩屋という名前には聞き覚えがある。
綾部さんが言っていた、共礼会のナンバー2の男だ。
「正面から堂々……やるやないか、八神。それにひきかえウチのボンクラどもは頭数だけでクソの足しにもならんのう。お前ら、今夜は何本指飛ばす気や? あぁ?!」
そう言いながら塩屋は周囲にふんぞり返っていた組員たちを見下ろした。
すると組員たちは居住まいを但し、気まずそうな表情を浮かべる。
「――真冬をさらおうとしたな?」
兄からの直球な切り出しに塩屋は得意げに笑い、周囲でずっと決めポーズを取っていた女性たちに合図をして下げさせた。
同時に、周囲にいた組員達がゆらりと立ち上がる。
「俺らと喧嘩の続きがしたいだけなら、直接俺んとこに来ればよかった。何が狙いだ?」
「ちぃと仕事を頼みたいんや。あんたらに」
到底想像もしていなかった塩屋の言葉に兄は怪訝そうに「仕事?」と鸚鵡返しをした。
当たり前だ。
人質を取って兄への危害を企てていたのならまだしも、仕事を頼みたいだなんて笑う気も起きないほど突拍子もないふざけた申し出を素直に受け取るなんて土台無理な話だろう。
「頼むからにはどうやっても断れんようにしたろ思うてな? あのおネエちゃんに役に立ってもらいたかったわけや。……下のモンから妹も一緒やって連絡きた時は、予備の人質までおってラッキー思うたんやけどなあ」
塩屋の目線が私を捉える。
つまりあの場で狙われていたのは――真冬さんだけではなかったのだ。
兄が来るまで耐えれていなかったら、私も一緒に、あのワゴンに詰め込まれていたということになる。
「馬鹿だねえ。どうせうちは金さえもらえりゃ何だってやったのによ」
「おい、そんなことないだろ?」
海藤さんの言葉に兄が慌てた様子で振り向いた。
そんな兄へ視線をゆるりと返し、次いで海藤さんは塩屋を睨みつける。
「ただ……真冬ちゃんと香織ちゃんが殴られた今となっちゃ、もういくら積まれようが無理ってもんだ。万が一、ター坊が請けても俺が潰してやる」
「だから請けないって」
力強く拳を握りしめた海藤さんに兄が反論した。
……なんか微妙に緊張感に欠けるなあ。
「おもろい連中やな。せやけど、やっぱ先に喧嘩の白黒つけんとなんや話が弾まんわ。……なあ?」
塩屋が笑いながらそう言うと組員達が目の前に立ちふさがった。
人数にしてざっと10人。
「よっしゃ、お前らやったれや!」
怒声が響く。
背筋にひやりとした緊張感を覚えながら私は、そっと拳を握りしめた。