――赤い。
紅い。
朱い。
目の前で飛び散った錆色に、まだ齢8歳だった私は、目を奪われることしかできなかった。
その日は、いつも通りの日常のはずだった。
厳しくも優しい父。
優しく穏やかな母。
7つ年上の兄は……最近、父と折り合いが悪くあまり家に帰ってこないけれど、たまに顔を出せば照れくさそうな顔で私の頭を撫でてくれる。
どこの家庭にもあるようなちょっとした問題は抱えているけれど、とっても幸せな、家族だった。
「香織……っ、逃げなさい!」
玄関先で血を流して倒れる父と、父の身体に深い傷をつけた刃物を持った見知らぬ中年の男性から、私を守るようにして母は玄関に立ちふさがる。
竦む足で家の中を駆け、私は震えながら一番奥の部屋のクローゼットの中に身を潜めた。
視界が闇に覆われると同時に、母の絞り出すような、痛みに呻くか細い悲鳴が聴こえる。
どうしてこんなことが起こったのかわからなかった。
だけど、何が起こっているのかだけは、幼心に理解ができた。
父と母を手にかけたその人はゆっくりと、だけど確実に私を追い詰め、ついに、私が隠れていたクローゼットの扉を開ける。
返り血を浴びた男は、逃げ出さないようにと私の首を鷲掴みにし、ぬらぬらと赤く光る刃物を振り上げた。
「――っ、」
反射で私はぎゅっと目を瞑る。
だが、待てど暮らせど怯えていた痛みは訪れず、それどころか、首をきつく握りしめていた手は震えながら離れていった。
恐る恐る目を開ける。
その人は手に持っていた凶器を床に落とし、涙を流しながら私を見下ろしていた。
「あ、え……?」
そして。
呆ける私の目の前でその人は――持参していたロープで、首を括った。
私は、ゆらゆらと揺れるその人を見上げて。
縄の軋む音を、ただ、聞いていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「香織? おい、香織!」
どのぐらい、そうしていただろう。
手放していた意識を引き戻してくれたのは、昨日の朝ぶりに聞く兄の声だった。
兄は荒く呼吸をしながら私の顔を怯えたような顔で覗き込む。
「お前っ、これ、血……っ! どこを刺された?!」
そう言って兄は私の首元に恐る恐る指先を添わせた。
それに私はゆっくりと、首を振る。
「さされて、ない。これはきっと、おとうさんと、おかあさん、の――」
途端。
恐怖で引っ込んでいた感情が決壊した。
ぼろぼろと、頬を涙が伝う。
「お兄ちゃん……っ、おと、さんと、おかあっ、さんが……ッ! あ、うぅ……っ、うわぁあぁああんっ!」
ついに泣き声をあげた私を兄は掻くように抱きしめた。
私より大きな手は震え、私の服をシワができそうなぐらい握りしめている。
そのまま私達は、警察が到着するまで、抱き合って泣いていた。
たった二人の家族になってしまったことを噛みしめるように。