目の前で木の実スープにがっつくリングマを眺めながら優はため息を零す。
「全く…腹減ってたならそう言えばよかったのに」
そんな彼女の言葉にリングマは皿から顔を上げて舌なめずりをして首を傾げた。更に喉の奥をそっと震わせて目を細める。
『美味い…だそうだ』
「そりゃ良かったけどさ」
『おかわりはないのか、だと』
「それ何杯目だと思ってんだよ」
空っぽになった鍋を見せつけるようにして持ち上げてから溜息を零した優。
それを横目に翠は顔面から深めの皿に鼻を突っ込んでいるリングマにそうっと視線を移した。
『まだ食い足りないと言っているが…』
そう通訳する頬が引きつる。
寸胴あったスープがすごい勢いで流し込まれる様を傍で見ていたからか、胃のあたりがむかむかと苦しくなってきた。
自分の身体が小さいからか特に。
「足りないって言われても…これ以上木の実食べられたら困るしなあ…」
どすどすと音を立ててキッチンまでついてきたリングマを申し訳なさそうに見ながら優は冷蔵庫を開ける。
ちなみにこの家は山奥にあるが比較的小さな山なのでライフラインはしっかりしていたりする。
暫く冷蔵庫内をさまよっていた視線は、ピッチャーに入ったお茶と大きめのパイを発見した。
「あー…食べきれなかったモモンパイがあるけど、食べる?」
一緒になって冷蔵庫を覗き込んでいたリングマにラップの掛かっているパイを指さしながら尋ねると彼は目を輝かせながらこくこくと頷く。
このパイは余った木の実を使って作ったはいいものの、大きすぎて二人とも一切れでギブアップしてしまったもの。
ただでさえ二人は少食なのもありどうしようかと悩んでいたところだった。
「翠は? 食べる?」
『いや、俺は…なんというか、あんだけ食べてるのを見るとな…』
「わかる…胸いっぱいだよね…」
結局切り分けないままリングマの目の前にパイが乗った皿を置く。
すると待ってましたと言わんばかりに皿に顔を突っ込んで美味しそうにがっつき始めた。
「あんだけ食べたのにまだ入るんだ…」
しばらくじいと食欲の権化にお手製のパイが食い散らかされるのを見ていると、数分もしないうちにリングマはすっかり空になった皿から顔を離してフローリングにぐでんと腹を出して転がりだす。
やっと満足したらしく相当油断している顔だ。
先ほどまでとは打って変わってリラックスしきっただらしない顔を撫でながら、優は口元を緩ませた。
「お前、トレーナーと一緒に居たんだろう?野良だったところを捕まえられて…そのトレーナーと何らかの形で別れちゃった、ってとこかな?」
するとリングマはがばりと顔を上げて、なぜわかったとでも言いたげに彼女の顔を見つめる。
「野生にしては人間慣れしすぎだし…でもトレーナーがいるならこんなところに一人で居て、飢えてるのはおかしい」
しばらくは静かに撫でられていたリングマだが、ふと首を動かして優と同じ目線まで起き上がった。
そして目を細め小さく鳴く。
『お前は、元トレーナーだな』
キッチンに飲み物を取りに行っていたらしい翠がマグカップを持ったまま優の隣にちょこんと鎮座する。
ぐるぐると喉の奥から響くリングマの鳴き声を翻訳しながら淹れたばかりのココアを啜った。
『それも相当優秀な。それに…どこかで見たことあるような』
ぴく、と優の肩が震えた。
少しの静寂の後、考え込んでいたらしいリングマがぱっと顔を上げる。
『ああ、思い出した。お前、ご主人と戦ったことあるだろう。やけに強かったからよく覚えている。…確か、相棒のサー…』
「待って!」
突然、優がリングマの口を両手で押さえる。
驚いたらしいリングマは抵抗すらしなかったものの目を大きく見開いて、何かを察したように目を細めた。
「やめて…お願い…」
『…優?』
今度こそ翻訳ではなく翠自身の言葉だったが、それに彼女は返事をしない。
ただ小さく首を振り続けるだけの彼女にリングマはそっと彼女の手の中を抜け出して擦り寄る。
『…すまなかったな娘…いや、優、だったか。飯、美味かったよ。ありがとう』
翠の声でそう言ったリングマは静かに家を出ていった。
一方の優は彼が去ったあとも床に座り込んで小さく肩を震わせている。
そんな彼女に、何をしていいかわからない自分に憤りを感じながら翠は、そっと彼女の手を握った。