「あっつい…すっかり夏だなあ」
せっけんの香りを纏ったタオルが大量に入ったカゴを両手で抱えながら庭から戻ってきた優は、額を滑り落ちそうになった汗をぐいと拭う。
すっかり水分を陽に向けて吐き出しきった洗濯物はたった二人分しかないため軽く、彼女は陽気に当てられたようにるんるんとスキップ気味にリビングへと足を踏み入れた。
その瞬間、リビングからニュースのオープニングが大きめの音量で聞こえてきて、肩がびくりと震える。
ふいとそちらに向けるとニュースキャスターが視聴者に向けて頭を下げている様子が映っていた。
そのテレビの正面に置かれているソファには小さく丸まって深い眠りに落ちている翠がいる。
「まーたテレビ点けたまま寝てる」
その様子に思わず笑みを零すと、たった今乾いたばかりのフェイスタオルをカゴから引っ張り出し、彼の小さな身体にそっと掛けた。
最近、ここでの生活に慣れたのか待ってるよう言えば無理についてくることはなく大人しく待っているようになった。
以前までは警戒してか寂しさからか後ろをべったりくっついてきていた彼が一人でお留守番も出来るようになって何だか物寂しい気持ちもある。
「子供の成長を見守る親の気持ちだ…」
眉間にしわを寄せて唸りながら寝返りを打った翠の頭を撫でてそっと目を細めた。
だが、次の瞬間優は無意識に眉間にしわを寄せる。
その原因は、背後にある液晶のついた四角い箱。
『本日のゲストは、製薬会社――の社長、――さんです』
一気に腹の底に感情が沈んでいって、ロボットのような動きで液晶に目を向けると、映っていたのは進行役の芸能人とどこか胡散臭そうな男性だった。
最近の流行りかわからないが、茶髪をふわふわに巻き、にこにこと吐き気がしそうな笑みを顔面に貼り付けている。
『――さんは数十年前、ブランドも何もない状態から薬剤師やブリーダーなどを集めて製薬会社を発足させました。それが今や名を知らない人などいないほどの大企業に成長。素晴らしい大躍進を遂げたのです』
目を輝かせて司会役がそう解説する隣で、相変わらず男は口元に笑みを浮かべたまま時折解説に頷いていた。
『どうして製薬会社を創立しようとお考えになったんですか?』
『いやあ、昔一緒にいたポケモンがね…ずっと身体が弱くって、どうにかしてその子を元気にしてあげたいっていう一心で医学や薬学を勉強していたんですよ。結局発足前にそのポケモンはいなくなっちゃいましたけど、やっぱりその子だけじゃなく沢山の病気やケガで苦しんでいるポケモンたちやそれで悲しむ人たちを助けたいと思って…その子の死に後押しされるようにして今の会社を創ったんです』
スタジオの証明に照らされて光る眼鏡の奥から覗いているその瞳は優しく細められてはいるが、やはりどこか胡散臭い。
インタビューはその後も続くようだったが、優はリモコンを乱暴に掴むとテレビの画面を消した。
「…なにが、人のためだ」
ぽつりとつぶやいた言葉は、可愛らしい翠の寝息に少しずつ掻き消されていった。
* * *
きゅう、とサンが喉を鳴らす。
陽が傾いてすっかり客足が減った頃、黒いローブに身を包んだ背の高い人物が商品棚を挟んで向こう側に姿を現した。
「すみません、二三お聞きしたいことがあるのですが」
「はいはいなんでしょう」
奥で作業をしていた彼は急ぎ足で店頭へと出てくる。
「この近辺で手首に金属を巻いたラルトスを見たことはありませんか?」
風が吹いて黒いローブが舞い上がると、その奥に真っ白い肌が見えた。
怪しげな風貌に思わず顔を顰めかけたが何とか押さえて笑みを浮かべる。
「ラルトス? …いいえ、知りませんね」
彼はローブの人物に向かって首を振りながらそう答えたが、ローブの人物は納得できていない様子だった。
「…本当に?」
「この辺に野生のラルトスなんて滅多にいないですしね。連れてるトレーナーがいたら覚えてますよ」
「そうですか…失礼しました」
ゆらゆらとローブを揺らしながら姿を消した人物の背中を目で追いながら彼は身を震わせる。
「何なんだ…今の」
どうしようもないほどの恐怖から解放された彼は後ろに控えていたサンの胸に顔を埋めた。
抱き着かれた彼もやっと異質な雰囲気を醸し出すローブに対する警戒を解いたらしく主人の頭に顎を乗せる。
「優ちゃん…君は一体なにを拾ったんだい…?」
密に思いを寄せている彼女の笑顔を思い描きながら、彼はそっと目を閉じた。