三年前の出来事。
ある伝説が打ち立てられた。
カロス地方最高峰の四天王とチャンピオンとが待ち構えるポケモンリーグに、ポケモン一匹で挑み、制覇したトレーナーがいるという。
インタビューを受けたチャンピオン・カルネの話から、そういう挑戦者が居たこともその挑戦者がカルネに勝利したことも事実だということがわかるが、素性については一切明かされていない。
ただ、この地方では珍しい赤目の少女だということだけが連日メディアを騒がせた。
ジムリーダー達にもインタビューが行われたが、口止めをされているのか本当に知らないのか、彼女についての情報は一切どこにも漏洩しなかった。
それから数か月は特番が組まれたり、テレビ局から懸賞が掛けられるなどしてお祭り騒ぎだったのだけれど、年月の流れと共にそれは噂から徐々に人づてに伝わっていく小さな伝説として語り継がれるだけに収まっていった。
「……」
そんなドキュメンタリーが映し出されているテレビの電源を切り、少女は立ち上がる。
暫く同じ体勢でぼーっとテレビを眺めていたからか、身体を伸ばすと節々から不健康そうな音が鳴った。
「さーて、仕事仕事っと」
リビングを抜けてキッチンに向かい、キッチンにある裏口から庭へと出る。
置いてあった長靴を履き、麦わら帽子を被った。
まだ外に出て少ししか経っていないというのにじりじりと照り付ける太陽に頬を汗が伝う。暑いけれど、湿度は低くさっぱりしていていい天気だ。
確認するようにもう一度身体を伸ばして、よし、と目の前に広がる敷地を見渡す。
「そろそろかな」
出口右手に設置されている蛇口に繋いだホースに手を伸ばした。
絡まらないよう調節しながら足元にホースを広げ、先を軽くつぶし、目の前で実っている果実たちに雨を降らせていく。果実の滑らかな表面を陽の光を浴びて煌く水滴が滑り落ち、柔らかい土の上でシミを作った。
桃色、赤、青、色とりどりの木の実が裏庭を埋め尽くしている光景に、少女は鼻歌交じりに恵みをまき散らす。
「明日取りに来てもらおうっと」
その時。
少し遠くの方で、木の実がざわざわとその身を揺らした。
「……いつもの子かな」
少女はそう呟きながら蛇口を閉め、ホースを元あった場所に元あったように戻し、通路の間をゆっくりと揺れていた方へと歩みを進める。
木の実を育てているからか、匂いに釣られて時折野生のポケモンが畑に迷い込んでくることは決して少なくない。
自分の背丈と同じくらいの高さの木々を少女は掻き分けていく。
「あれ、見たことない子だ」
木々の隙間、力なくその小さな身体は投げ出されていた。ぴくりとも動かない姿に思わず息を呑む。
恐る恐る手を伸ばしその身をそっと抱き上げた。
聞き逃してしまいそうな静かな寝息と微かに残った温度が、この小さな存在はまだ確かに生きていることを教えてくれて、少女は安堵の息を吐く。
「えっと…ねえ、きみ、大丈夫?」
腕の中でぐったりと脱力している小さな体に声をかけてみるが呼吸音以外は何も応答がなかった。頭を打っているのだとしたらあまり揺らすのも良くない。
少し考えたのち、彼女は再び木々の間を掻き分けて畑を抜けると、裏口から家の中へと戻っていった。