「そうだな…じゃあ、お望み通り握っていてあげよう。ただし手綱じゃなくて、手をな」
そう言うとハンサムは綺羅の手を取り、ぎゅう、と握った。
冷え切っていた指先に彼の体温がじんわりと染み込んできて肩の力が少しずつ抜けていくのがわかる。
「一人で突っ走ってしまう君のことは心配だったが、今みたいに大人しい君のほうがもっと心配になってしまうな」
「……はは、ごめん」
そういえば、こうして彼の手を握り返すのは初めてかもしれない。
自分より少し高い体温を感じながら綺羅は思わず笑みを零す。
「鈴、頼む」
『はいはーい。でも手繋いだままは危ないから離してねー』
ぺち、と。
鈴がハンサムの手を弾いた。
ハンサムはというと弾かれた手をぽかんと見つめている。
「……どうやら私はまだ君の仲間たちには信用されていないようだな」
「あー……過保護なだけだから気にしないで」
* * *
その後、ハンサムと共にエイチ湖に向かったがどうやら遅かったらしい。
上空から見た湖はリッジ湖と同じように大きく抉れ、湖に住むポケモン達が力なく横たえていた。
「この様子じゃシンジ湖も間に合わないな」
ポケモンたちを救助しながらぽつりと呟いた綺羅は顔を顰める。
そんな彼女の顔を覗き込み、ハンサムは小さく笑った。
「そうかもしれないな。だが…恐らくシンジ湖のポケモンたちも干上がった湖に困っているはずだ」
「うん、急ごう」
ギンガ団が荒らしていった後始末は的確にできていたと思う。
特にリッシ湖での対処は我ながら惚れ惚れするほどの手際だったはず。
だけど綺羅の予想通りやはり間に合わず、シンジ湖もこれまでと同じように……いや、これまで以上に甚大な被害を被っていた。
湖は干上がり、地面の上に力なく横たえているポケモンたちは殆ど瀕死寸前。
「……っ」
「綺羅くん?!」
思わず駆け出した綺羅を、ハンサムが追う。
少し走って湖の端へと辿り着いた彼女はやっと足を止めた。
「綺羅くん、一体どうしたんだ……っ?!」
立ち止まったきり動かなくなってしまった彼女の顔を覗き込み、ハンサムは思わず息を呑む。
いつも気高く強い綺羅の頬を、大粒の涙が伝っていたから。
「えっ、え?! ああ、な、泣かないでくれ、綺羅くん! 一体どうしたって……」
ふいと。
綺羅の視線の先が気になったハンサムは少しだけ前を向いた。
そこにあったのは、恐らく、元々は家の形をしていたであろう木造の残骸。
「これ、は……?」
そう呟いた瞬間、彼女の腰にぶら下がっていた内一つのボールが震え、ポケモンが飛び出してきた。
このポケモンは確か彼女の一番の相棒、えーっと……そう、ラムパルドだ。
「……蓋」
彼女の口から震える声が漏れる。
と同時に、蓋は全てわかってるとでも言いたげな表情で彼女の小さな体を抱きしめた。
それに呼応するように綺羅は蓋の背に腕を回す。
「家……なくなっちゃった」
『そうだな』
「二人で過ごした……家が」
『素人が作ったボロい家だったからな。恐らく爆風に耐えられなかったんだろう』
「あの家には何にも無かったけど……俺たちの、全てがあった」
『ああ、そうだな』
そうして次に顔を上げた綺羅の顔に滲む覚悟に、ハンサムは思わずゾッとした。
怪しく煌めくその金色の瞳は、明らかに人間のそれではなかったから。
「……俺、もう、我慢できないかもしれない」
ぎり、と奥歯を噛む音がする。
「蓋、ハンサムさんでも手に負えないほど俺がおかしくなったら……お前が俺を、止めてくれよ? 頼むぜ、相棒」