「な、んだ…これ…」
目の前に広がった光景に絶句する。
地獄絵図と称するに相応しいその景色を前にして、綺羅はその場に立ち尽くした。
湖があったであろう干上がったその空間には水中に住んでいたポケモンたちが力なく倒れていて、ギンガ団員たちはそんなポケモンたちを邪魔くさそうに足で除けている。
「次はシンジ湖だ! あの辺は田舎町しかないから誰にも邪魔されないだろうしな!」
視界の端、コイキングを乱暴に蹴り上げた一人の団員の言葉に堪えていた何かが堰を切ったように溢れ出した。
苛立ちを隠さないまま綺羅はその団員に駆け寄り、地面に張っ倒す。
「な、なんだこのガキ?! 急に何しやがる?!」
ばたばたと暴れる団員を押さえつけ胸ぐらを掴むと指先にぱちぱちと電流が走った。
「お前ら、ここで何をした?」
「はあ? ガキには関係ないだろ!」
「……そうかよ」
こいつじゃダメだ。
もっと他に、まともに話ができるやつを探さないと。
綺羅は掴んでいた胸ぐらを放り、驚いて固まっているギンガ団員の間をすり抜けながら湖の中心にある洞窟に飛び込んだ。
小さな身体一つで過ごすには少しばかり広すぎるであろうその空間に彼らの姿は無く、代わりに青い髪の男が一人立っている。
「……おい、アンタ。一体ここで何をした」
声が怒りで震えて仕方ない。
手をきつく握っていないと今すぐ目の前にいる男に飛びついて、首を食いちぎってしまいそうだ。
男はというとゆっくりと振り向き眉をぴくりと動かす。
他の団員と服装が違うところを見るとマーズやジュピターと同じくそれなりの地位の人間なんだろう。
「どこかで見たことのある顔だと思ったら、お前、ハクタイのアジトに乗り込んできたガキか」
あまりに冷酷なその視線に思わず息が止まりそうになった。
こいつは……ギンガ団のボス、アカギに似ている。
視線も温度感も、雰囲気も。
彼に睨まれた瞬間、心臓が大きく脈打ち始めた。
だけどここで引くわけにはいかない。
「答えになってない。ここで、何をした?」
自分を奮い立たせるように睨みつけると、男はふんと鼻を鳴らす。
「話には聞いていたが、挨拶もないとは失礼なガキだな。まあいい、もう終わったことだし教えてやる」
ゆっくりと歩み寄ってくる男。
思わず逃げてしまいそうになるけれどなんとか堪えた。
「我々ギンガ団は伝説のポケモンの力を使い、新しい宇宙を生み出すんだ。そのために爆弾を使ってこの湖に眠っていた伝説のポケモンを叩き起こし、捕獲した。……以上だ。他に聞きたいことは?」
鋭い視線に見下げられる。
こいつに見られていると喉が渇いて仕方がない。
「……十分だよ。今の説明だけでお前がどんな人間かってわかったから」
そう言って睨みあげてやると男は少し不愉快そうに眉を歪めた。
「年上への口の聞き方がなってないな」
「生憎、尊敬できる人にしか敬語は使わないようにしてるんでね」
「小生意気なガキだ。……だが、今はガキのお守りをする時間はなくてな。これで失礼する」
男の足音が遠ざかっていく。
多分、今までの自分だったらここであいつを追いかけ、殴りかかっていただろう。
今は……それがどれだけ時間の無駄なのかわかる。
深呼吸をしながら少し待つとざわついていた周辺は静かになり、いつもの静かな空間に少しずつ戻っていった。
ゆっくりと洞窟を出ると憎らしいほど美しい晴天が出迎えてくれる。
相変わらず干上がったその土地の上では先程よりぐったりとしている水中に住むポケモンたちの姿があった。
とりあえずは彼らを助けなければいけない。
こんなに腸は煮えくり返っているのに、どこか冷静でいられる自分に少し寒気を感じながら蓋が入っているボールを手に取り、放る。
「蓋、"がんせきふうじ"で外堀を作ってくれ。……ポケモンたちを、どうにかしよう」
『あ、ああ』
指示通り、蓋は打ち上げられたポケモンたちが余裕を持って入れるくらいの池の外堀を作り振り向いた。
『これでいいか?』
「うん、ありがと」
続いて麗水が入っているボールを放り、飛び出してきた彼の小さな体を抱きとめる。
「麗水、"みずでっぽう"であそこに泳げるくらいの量の水を入れてほしいんだ。できるか?」
『お安い御用だよ!』
腕の中で、ぴし、と敬礼をする麗水。
そんな彼に簡易的な池を作ってもらっている間、他の仲間たちで手分けしてポケモンたちを回復させていく。
最後に出来上がった池に移動させて……これでよし。
「綺羅くん、やはりここに来ていたか」
処置を終え、立ち上がると同時に背後から聞こえる声。
振り向くと思ったとおり、ハンサムがどこか安堵したような表情でそこにいた。
「君のことだから一目散に飛んでくるんじゃないかと思ったらビンゴだったな。まさか危ないことはしてないだろうな?」
「あはは。残念ながら今回は無傷です」
「全く。無傷が一番だろう」
そういうと彼は小さくため息をこぼす。
だがすぐに居住まいを正し、こちらに向き直った。
「で、一体ここで何があったのか君はわかるか? 見ての通り、私は一歩遅れてしまったようだからな」
「……まあ概ね予想はしてると思うけど、ギンガ団の仕業だよ」
仲間たちをボールに戻しながら綺羅は立ち上がる。
「あいつらの話だと湖に居た伝説のポケモンを使って何かをする気らしい。……ハンサムさん、俺これからシンジ湖に行くんだけど、ついて来てくれる?」
「え? ああ、それは構わんが……」
困惑したような表情のハンサムに思わず首を傾げると彼は何か言いたそうに頬を掻いた。
「どうしたの? 俺、なんか変?」
「ええと……まさか一緒に来てくれと言われるとは思っていなかったからな。その、以前までの君だったら……」
「怒りに任せて飛び出してしまっていたのに、ってか?」
少し意地悪っぽく言った綺羅に、ハンサムはふいと視線を逸らす。
「あはは。そんな顔しないでよ、ハンサムさん。否定はしないから。……まあ、今もそんな変わらないんだけど」
「ど、どういうことだ?」
「ハンサムさんがついて来てくんないと、俺、自分で何しちゃうかわかんないんだよ。今だって、ちょっと気を抜いたらギンガ団員を片っ端からはっ倒して首を噛みちぎってしまいそうになる……っ」
怒りが自分の内側をじりじりと焼いている、そんな感覚がリッシ湖に足を踏み入れた瞬間からずっと続いていた。
熱くて、苦しくて、今すぐ駆け出してしまいたくなる衝動を今自分は必死に抑えている。
「だからさ、ハンサムさん。頼む……俺の手綱、握っててくれ」