チャージが終了したソーラービームはフローゼルの体を包み込み、光が消えたときにはフローゼルは目を回して倒れていた。
「やったあ! 陽葉っ……んお?!」
頑張ってくれた陽葉に駆け寄ろうとした瞬間、彼の体が眩い光に包まれる。
数秒それが続いた後、光が明けた時には陽葉の体は三倍ほど大きくなっていた。
『……およ?』
当の本人も何が起こったのかわからず、ぽかんとしている。
「よ、陽葉……! 進化、したのか……!」
『そ、そうっぽいな』
ずしずし、と確かめるように何度か地面を踏んだ陽葉に思わず綺羅は抱きついた。
ついさっきまで抱き上げられるくらい小さかったのに大きくなったなあ。
『はっ! それより綺羅! お前早く服とか乾かさないと風邪引くぞ!』
そう言って陽葉が顔を上げた瞬間、綺羅の目の前にタオルが差し出される。
どこか満足したような笑顔を浮かべたマキシと目が合った。
「綺羅、ほら」
「あ……すみません」
「それにしても流石だな……迂闊だったよ。水面に残ってる"くさむすび"に気付くのが遅れちまった」
「こっちも危なかったですよ。苦手なタイプに対策はしてるだろうとは思ってたけど、意表を突かれました」
タオルを受け取って、とりあえず飛沫で濡れた髪を拭く。
「うちにシャワーがあるから、使っていくといい」
「え、そんなお世話になるわけには……」
「なぁに子供が一丁前に遠慮してるんだ? いいから、黙って大人の言うこと聞いておきなさい」
こっちだ、と言いながら立ち上がったマキシの背中を慌てて追うと、たしかにフィールドを抜けた奥にはプールの控室のような空間が広がっていてシャワールームが設置されていた。
「うちにはサファリパークに来た子供がそのまま遊びに来ることもあるからな。結構好評なんだぞ、この設備。乾燥機もあるから服はここに入れると良い」
まさに至れり尽くせり。
いまさら断るのも申し訳ないので、お言葉に甘えて使わせてもらうことにした。
マキシがタオルを置いてシャワールームを出ていったのを確認し、タンクトップに手をかける。
「ちょおおい待て待て! まだ脱ぐんじゃない!」
「なんで?」
「なんで? じゃない、この馬鹿! ちょっと待ってろ! ほらお前達さっさと出るぞ!」
「僕もシャワー浴びたーい♡」
「馬鹿げたこと抜かすなクソガキ! 来いコラ!」
「チッ……邪魔しないでよおっさん」
わちゃわちゃしながら仲間たちは次々シャワールームを出ていった。
その様子を不思議そうに見送った綺羅は改めてタンクトップに手をかける。
パーカーもタンクトップも、ズボンまでびしょ濡れだ。
乾燥機まで貸してもらえるのは正直有り難い。
包帯はどうしようかな……ん?
違和感を感じて、鏡に映る自分の姿を見る。
肩に巻かれた包帯にじんわりと赤いシミが広がっていき、次の瞬間、激痛が肩から指先に駆け抜けた。
「痛っう……!」
しまった、傷口が開いてしまったようだ。
痛みに顔を顰めながら、悪化しないようにゆっくりと包帯を外してシャワーを浴びる。
ちょっと沁みるな……いてて。
こんなとこ見られたらまた心配されてしまうだろうし、血が止まるまで浴びていようか。
そんなことを考えながら排水溝が朱を飲み込んでいくのを眺める。
「……本当にこんなことしてる場合なのかな」
ぽつりと呟いた言葉は水音にかき消されていった。
ハンサムの背中が脳裏に浮かぶ。
彼は今どうしているだろうか。
呑気にジム戦をして、ミオシティに休息に行っていていいんだろうか。
手遅れになってしまうんじゃないか。
「だから救って、綺羅」
実は、蓋にも他の仲間達にも言っていないことがある。
蓋と二人で過ごした小屋を飛び出して、旅に出ることを決意した瞬間のこと。
記憶にこびりついた、今にも泣き出してしまいそうな、あの声。
蓋はきっと今も旅に出たいと言った理由をただの気まぐれだと思っているだろう。
「救って……か」
その前後のことを覚えていないので、自分が何を救うべきなのかはわからない。
だけど、なんとなくだけど、あの声が指す"なにか"を救えなかった時、俺はきっと全てを後悔するだろう。
確証はないけど、そんな気がする。
だからこそ焦ってしまう。
自分は何をするべきなのかわからないまま、時間だけが過ぎていって……しかも、それを自覚したのがつい最近なのだから尚更。
「なあ、教えてくれよ。俺は何を救えば良いんだ?」
虚空に問いかけてみるけれど、シャワー室には水滴が飛び散る音が響くだけ。
たまに聞こえてくる自分を導く声は今は不在らしい。
「案外、意地悪なんだな」
シャワーのバルブを捻って、水を止める。
血が足りないせいか、あるいは焦りのせいか、鏡越しに真っ青な顔をした自分と目が合った。
そういえば前にもこんなことあったな。
あの時はシャワーを浴びながら自分の中に残ってる自分のものとは思えない記憶を消化しきれなくって、モヤついてたんだっけ。
まあ今も消化不良のままだけど。
「……やめよう」
ぽつりと、水音に混ぜるようにして呟く。
悩んだところで時間は勝手に過ぎていくし問題は解決しない。
どうしたらいいのかわからないなら、我武者羅に、いま自分にできることをするしかないだろう。
鏡の向こうに笑いかけると心做しか気持ちが楽になった。
とりあえず、まずは開いてしまったこの肩の傷をどう説明するかを考えることにしよう。
* * *
ぱりっと乾き、少しだけ温かいいつもの服に袖を通す。
新しい包帯まで貰ってしまってなんだか申し訳ない。
「次はどこに行くんだ?」
「ミオシティに行こうかなと。知人におすすめされたので」
「そうか。ジム戦は暫く休むんだぞ、いいな」
「はは……わかりました」
あの後、打開策が思いつかなかったのでとりあえず血が止まるまでシャワーを浴びていようとしたのだけれど、出てくるのが遅いと心配した蓋がシャワー室を覗き込み、真っ赤になった床を見て絶叫。
案の定、現場はてんやわんや……。
当たり前だけど、マキシや仲間たちからは、だから無茶するなって言っただろ、とコテンパンに怒られた。
なんか怒られてばっかだな、最近。
まあ、それだけ自分を心配してくれる人がいるって思うと悪い気はしないのだけど。
「じゃあ、俺、そろそろ行きます。マキシさん、お世話になりました」
「おう。また遊びに来いよ」
「ぜひ」
マキシの言葉に頷き、鈴の背中に飛び乗ろうとして……また怒られてもあれなので、思い直してゆっくりと乗る。
どうやらその様子に満足だったらしく、鈴は楽しそうに笑って、羽ばたき始めた。
「綺羅。お前は強い。だが、強者でいるためには常に恐怖を忘れちゃいけないってことを覚えておけ」
ふわりと舞った粉塵に目を細めながら、マキシは笑う。
「恐怖は強者しか抱かない。……だから、綺羅。傷つけられることに臆病で居ろ。お前が居なくなったら悲しむ奴がどれだけいるのかを、忘れてくれるなよ」