「いくぞ、フローゼル!」
「終わらせるぞ! 陽葉!」
殆ど同時にフィールドに二体が降り立つ。
そのまま二匹は睨み合う……のかと思ったら、ボールから飛び出した瞬間、陽葉が慌ててこちらに戻ってきた。
「よ、陽葉? どうしたんだ?」
『どうしたもこうしたも……! 綺羅、びっちょびちょじゃねえか! 大丈夫なのかよ?!』
「なんだよ、心配してるのか? 大丈夫だって、これくらい」
頬を伝う水滴を服で拭い、上までチャックを閉め切っていたパーカーを脱ぐ。
すっかり水を吸ってしまったそれをぎゅうと絞って、腰に巻いた。
『……わかった。でも、さっさと終わらせるぞ』
「はは。了解。頼んだぞ、陽葉」
フィールドに走って戻っていた陽葉の背中が頼もしい。
なんだか先日の大怪我以来、仲間たちがどんどん過保護になっているような気がする。
まあ……こんな包帯まみれになったんだ、心配されても仕方ないか。
なんて思っていると、マキシと目の前で目が合う。
突然のことに驚いた。
どうやら、勝負そっちのけでこっちまで走ってきたらしい。
「綺羅! なんだ、その怪我は?!」
「あ、えっと……まあ、色々ありまして。あはは」
「笑ってる場合じゃないだろう! お前そんな怪我でジム戦しに来たのか?!」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですって、マキシさん。治療はあらかた終わって、あとは傷が塞がるのを待つだけですし」
「待つだけってお前……」
あんぐりと口を開けて眉を下げる彼に申し訳なく思いながら、綺羅は両手をきつく握る。
「何かしてないと落ち着かなくて。……マキシさん、続き、お願いします」
「……わかった。だが、無理はするなよ」
「はい。……怪我してるからって、手抜かないでくださいね?」
「俺がそんな失礼なことをする男に見えるか?」
「すみません、無粋でしたね」
そう言って笑うと、マキシも少しだけ笑った。
* * *
さて、仕切り直して。
「そっちからでいいぞ」
「ありがとうございます、マキシさん。じゃあ、お言葉に甘えて」
陽葉に視線をやると、彼はこくりと頷く。
「陽葉、"はっぱカッター"!」
『喰らえっ!』
鋭く硬化した葉が空中を旋回し、フローゼルに向かっていった。
しかしフローゼルは直前で体を倒し飛沫を立てながら水の上を腹で滑り、それを避ける。
流石は水タイプ。
たった3cmの水嵩でも泳げるのか……。
「そのままいけ、フローゼル! "アクアジェット"!」
「陽葉、右だ! 転がれ!」
慣れない水場で転んでしまわないか不安だったが、陽葉は指示通り転がり、"アクアジェット"を難なく避けた。
しかしフローゼルはその場でくるりと旋回して再び陽葉に向かっていく。
流石に回避直後ではどうしようもなく、陽葉の腹部にフローゼルが突っ込んだ。
『がっ……!』
「っく、陽葉、"かみつく"!」
『こなくそっ!』
そのまま壁に叩きつけようとしたのであろうフローゼルに、陽葉が容赦なく牙を立てるとフローゼルは小さく悲鳴をあげて離れていく。
「陽葉、大丈夫か?!」
『ああ! こんぐらい、なんともないぜ!』
壁に叩きつけられるのは防げてよかった。
しかし、アクアジェットで水面を動き回られるのは面倒だ。
どうにかして動きを止めないと。
「まだまだ行くぞ! フローゼル、もう一度"アクアジェット"だ!」
「陽葉、"くさむすび"!」
「させるか! 飛んで避けるんだ!」
陽葉は向かってきたフローゼルに向けて蔦を飛ばしたが、フローゼルはそれを指示通り飛んで避けた。
「フローゼル、"こおりのキバ"!」
「?! 陽葉っ!」
指示を出そうにも、間に合わない。
陽葉の体に冷気をまとった牙が突き立てられるのを黙ってみていることしか出来ない自分に腹が立つ。
『っぐ、あ……っ!』
「"かみつく"!」
『離れ、ろっ!』
が、と大口を上げた陽葉が噛み付くよりも早く、フローゼルは水面を蹴って下がっていった。
まさかこおりタイプの技を持っているとは。
これは早々に終わらせないとまずい。
だけど……布石は打った。
肩で息をしながら、ふいと振り向いた陽葉と目が合う。
「終わらせてもらうぞ! フローゼル、"こおりのキバ"だ!」
再び水面を滑って突っ込んでくるフローゼル。
左右に旋回しているところをみると、こちらの対策を警戒しているんだろう。
「陽葉、"ソーラービーム"!」
その指示を聞いた瞬間、フローゼルはまっすぐ正面から向かってきた。
チャージに時間がかかることをきっと知っているんだろう。
だけど……それは悪手だ。
「フローゼル! 一旦下がれ!」
何かに気付いたらしいマキシがそう指示を出すが、遅い。
フローゼルはもう陽葉に牙を突き立てることも、マキシの元に戻ることも出来ない。
その体には、まるで海藻のように蔦が幾本も絡みついているから。
「陽葉、撃て!」
『これでっ……終わりだ!』