「まずは小手調べだ! 魅雷、"でんじは"!」
『おうっ!』
魅雷が放った小さな雷は寸分の狂いもなくギャラドスへと向かっていく。
電気タイプの魅雷は彼らにとって脅威のはずなのだけれど、流石というべきかトレーナーと同じくどっしりと構えたギャラドスは甘んじて"でんじは"を受け入れた。
「ふ、良い判断だ。だが」
にやりと笑ったマキシがギャラドスに目配せするとギャラドスはどこからかきのみを取り出して一口齧った。
瞬間、ギャラドスはすっきりしたような顔で体をくねらせる。
「……まさか、ラムの実……? 悠々と先手を譲ったのは対策済みだからかよ……!」
「はっはっは! すまねえな、これが大人のやり方ってやつさ! 初撃さえどうにかしちまえばこっちのもんってやつでね!」
マキシは喉の奥でくつくつと笑うと足元にある水面を踏みしめた。
「次はこっちの番だぜ、綺羅! ギャラドス、“かみつく”!」
「魅雷……っ!」
回避の指示を出す暇もなく、ギャラドスはまるで魚雷のような速さで突っ込んできて魅雷の体に思い切り牙を立てる。
『ぐっ、……が、っは……!』
そのままギャラドスは魅雷を振り回すと、上空に思い切り投げ飛ばした。
彼の体は空中で数回旋回しバランスを崩している。
「畳みかけろ! “しおみず”!」
今“しおみず”を喰らうのはまずい。
ただでさえギャラドスは攻撃力が高く、魅雷にはそれなりのダメージが入っているはずだ。
だけど……例えば初撃を躱したところで地面に到達するまで時間がある。
ひこうタイプをもつギャラドスに追撃されるのは目に見えているし、一体どうしたら……?
いや、考えている時間はない。
痛みを感じるのは自分じゃない、魅雷だ。
ぐずぐずしていたら彼が苦しむことになる。
それなら彼を信じて、最良だと思える選択を今すぐするしかない。
大丈夫。
彼は応えてくれる。
「魅雷! "かみなりパンチ"で突っ込め!」
『っ! ははっ、なんだよそれ、めっちゃ良いじゃんか!』
もうギャラドスの"しおみず"が目前まで迫ったその瞬間、魅雷はくるりと心身を翻し、その勢いに乗せて"かみなりパンチ"を"しおみず"にぶち当てた。
ぱぁん、と小気味よい音がして"しおみず"は弾け飛び、魅雷の拳はそのままギャラドスの胴体に食い込む。
「ギャラドス!」
フィールドに6メートル以上ある巨体が叩きつけられ、足元に張られていた水がスプリンクラーのように飛び、降り注いだ。
数秒苦しそうに呻いていたがすぐに体勢を立て直してギャラドスは大きく嘶く。
「倒しきれなかったか……!」
『綺羅! 俺はまだ大丈夫だぜ!』
負けじと吠えた魅雷の背中が頼もしい。
これは負けるわけにはいかないな。
「ギャラドス、"かみつく"!」
"しおみず"は対策ができた。
あとは魅雷よりもスピードの早いギャラドスが繰り出すこの"かみつく"……さっきは不意を突かれてしまったけれど、今なら。
牙を光らせながら突っ込んでくる巨体。
魅雷に届くまで、あと少し。
「今だ、上に飛べ! "わたほうし"!」
『攻撃するだけがバトルじゃないんだぜー! おらよっと!』
攻撃を跳んで避けた魅雷は真下を通過したギャラドスにモココの毛のようなふわふわした綿を思い切り投げつけた。
綿はギャラドスの体に張り付き、暴れても離れず、寧ろ藻掻けば藻掻くだけ身動きを取れなくする。
「ギャラドス! 下がれ! ……?!」
マキシの指示には残念ながら従えないだろう。
なぜなら、ギャラドスの体にまとわり付いた綿が、水を吸って重たくなっているから。
「普通の"わたほうし"だったら少しの隙を作るぐらいしかできなかっただろうけど……足元に張られた水とフィールドの湿度のおかげで助かりました」
「綺羅、まさか最初から"わたほうし"を狙っていたのか……?」
「はは。そうだったらもっと格好良かったかもしれませんね」
「咄嗟の機転でこれか。恐ろしいやつだな、きみは」
彼には申し訳ないがこれで終わらせる。
身動きが取れないギャラドスの前に立った魅雷と目が合った。
「魅雷、"かみなりパンチ"!」
『これで終わりだっ!』
魅雷渾身のそれを喰らったギャラドスは為す術もなくフィールドにその身を放り、目を回して動かなくなる。
『綺羅! 勝ったぞ~!』
「魅雷、よく頑張ったな! ……おわっ!」
『わわっ?!』
ぴょんぴょんと跳ねて勢いそのまま飛び込んできた魅雷の体を両手で受け入れたが、そう変わらない身長のうえ自分より20キロ以上重い彼を受け止めきれるはずもなく。
二人一緒にフィールドに倒れ込んだ。
『わっ、ご、ごめん綺羅! 大丈夫か?!』
ぽかんとしている綺羅に、どうしたらいいかわからず魅雷はあたふたと周囲を駆け回る。
なんだかその様子が可愛らしくて思わず吹き出してしまった。
「っあははは! そんなに慌てなくても大丈夫だよ、魅雷。お疲れ様。俺は大丈夫だからボール戻っていいぞ」
『でっでも! 風邪とか引いたら……! あと、怪我! 怪我治ってないだろ、酷くなってないか?!』
「心配してくれてありがとな。大丈夫だから、ほら」
ボールを彼の前に差し出すと、魅雷は暫くもじもじしたあと申し訳無さそうに戻っていく。
これは確実に心配させてしまってるな……。
確かに何回か体調不良でぶっ倒れてるし、これは早々に終わらせて安心させてあげなければ。
「俺にバッジを見せつけてきただけあるな」
ギャラドスをボールに戻しながらマキシはにやりと笑みを浮かべる。
そんな彼に笑みを返しながら綺羅は別のモンスターボールを手にとった。
「次に見せつける機会があったら、マキシさんにもらったバッジを使うことにしますよ」
「ふ、いい目だ。だが、次は勝つ」
「望むところです」