「まさか私が容疑者として事情聴取を受ける日が来るとは……」
げっそりとしたハンサムと共にポケモンセンターを出た綺羅は乾いた笑みを浮かべる。
「あはは。あれはハンサムさんが悪いよ」
「君の言うとおりだ……本当にすまなかった……」
苦い顔をする彼に、子供扱いされたことに対する意趣返しが出来たような気がして少し気分がいい。
深い溜息とともに肩を落としたハンサムは少し考え込んだ後、気を取り直したかのようにこちらに向き直った。
「綺羅くん、私に話していないことがあるのなら、全部聞かせてほしい」
じいとこちらを見つめる彼から目を逸らす。
だが、ハンサムは数歩前に歩み出たと思うと進路を塞ぐように目の前に立ちふさがった。
「話すのはいいけど……聞いた上で、これからも、俺を頼ってくれる?」
「なんだその質問は。まるで怒られることをわかってる子供の台詞だな。内容次第だ」
「……むう」
頬を膨らませる綺羅に、ハンサムは毒気が抜かれてしまったように笑みを浮かべる。
「全く。いいから話しなさい。そして心配させてくれ。……今回のことは私にも責任がある。その傷の原因を聞いたからって、君を突き放したりはしないよ」
彼の言葉に、渋々では在るけれど綺羅は頷いた。
立っているのも何なので近くにあったベンチに二人並んで腰を下ろす。
「カンナギタウンでギンガ団のボスを名乗る男と遭遇したんだ」
「な、なんだって……ッ?! まさか、その傷はそいつに?」
「いや……これはまた別件というか……」
話すと言っても、どこまで話すべきか。
流石に全てを赤裸々に話すわけにもいかないし、かといって上手い嘘も思いつかない。
正直に話したところで信じてもらえるとは思えないし。
どうしたもんかと頭を抱えているとハンサムはベンチに深く背中を預けて、小さく笑った。
「君はいつも何かを抱えて、しかもそれを私に見せてくれないな」
「……ごめんなさい」
「責めてるわけじゃないんだ。私としては、結構君とは仲がいいと思っていたのだけど……大人として、私はまだ信用に足らないということか」
「ち、違うよ! ハンサムさんのことは信用してる! ただ……言っても、信じてもらえるかどうか……」
そう言うと彼は片目を瞑り、腕を組む。
いつもの、彼の癖。
「私が、一度だって君の言葉を疑ったことがあったか?」
一度もない。
どんな状況で遭遇しても、彼は一度も自分の言葉を疑うことなく協力してくれたし……何より、いつも身を案じてくれていた。
彼になら、話してもいいだろうか。
「ごめん、ハンサムさんのことは信用してる。でも、まだハンサムさんに報告できるほど俺の中で整理がついてないんだ。いつか絶対に話すから。……だから今は、聞かないでほしい」
「わかったよ。意地悪なことを言ってすまない」
どこか楽しそうに笑った彼は、綺羅の頭にそっと手のひらを置いた。
そして、まるで宝物でも触るように髪を撫でる。
いつものぐちゃぐちゃにするような手付きではなくて……珍しく優しく触れられ、思わず彼の顔をじっと見てしまった。
だが、彼はその視線に何も返事をすることなく、ベンチから立ち上がる。
「今回は無理をさせてしまってすまなかったね」
「そんな。俺、まだ何も力になれてない……」
「そんなことはないさ。いつも君に無茶をするなと言っておいて、私はいつもどこかでまた君が現れてくれるんだろうと期待していたんだ。大人失格だな」
まだ東側にある陽の光を浴びながら、彼は大きく伸びをした。
「綺羅くん、君のことだから殆ど休まずエイチ湖へ向かっていたんだろう? 休息も兼ねてミオシティに行ってみてはどうかな」
「ミオシティ……?」
「ああ。この地方の西に位置する街だ。大きな運河があって、とても綺麗なところでな。ジムもあるし丁度いいだろう。空を飛べるならそう遠くもない。是非行ってみたら良い」
「で、でも、ギンガ団のことは」
「それは私に任せておきなさい。なに、この通り休んだおかげで絶好調だ」
ぶんぶんと両腕を回してみせる彼。
意外とお茶目なところもあるようだ。
「……綺羅くん。一人で抱え込む必要はないんだ。何かあったら遠慮なく頼りなさい。私はポケモンバトルはできないが、君より長くこの世界を生きている。きっとなにか力になれると思うよ」
そう言い残して彼は立ち去っていった。
風にたなびくコートがいつになく頼もしい。
その背中を見送った綺羅は静かに雲ひとつない晴天を見上げるのだった。