「…ん、ごほッ」
喉の痛みで目を覚ました。
遅れて、金槌で打たれているかのような頭痛が走る。
「起きたか」
「…蓋?」
「心配させるなと言ったばかりなんだが」
「あはは…ごめん…」
頬を掻きながらそう言うと、彼はため息を零し、それから優しく微笑んだ。
もうすっかり乾いた髪を優しく撫でる。
「陽葉は?」
「足元だ」
そういえば足元が温かい。
そっと身体を起こすと、横になっている綺羅の足元で丸くなり、寝息を立てている陽葉を見つけた。
「ずっと心配してたぞ」
「そっか。悪いことしたな」
「今は気にするな。お前もまだ寝ていろ」
「うん、ありがとう、蓋」
彼女は、一度起こした身体をもう一度真っ白いベッドに沈ませ、そっと目を閉じる。
すぐに室内に規則正しい寝息が一つ増えた。
同時に病室のドアがゆっくりと開き、聞きなれない足音が響く。
『過保護なのですね』
「褒め言葉だ」
振り向きもしないまま蓋は笑みを零した。
足音は彼が座っている椅子の隣に座り込むと、重そうな尾を揺らす。
『何故、僕を助けたのですか』
「さあな。本人が起きたら聞け」
『…感謝などしませんよ』
「別にこいつはそんなこと望んでないさ。こいつが勝手にやったことだ。今こんなになってんのも自業自得だ。だが」
ううん、と寝苦しそうに身を捩る彼女の顔を見て、蓋はそっと椅子から立ち上がった。
肌蹴た布団を戻す。
「お前を助けるためにこいつは身体を張って、今この様だ。感謝しろなんざ図々しいことは言わねえが、他意はなく、ただ助けたくて助けただけだ。それだけは忘れてくれるな」
『お人好しなんですね』
「まあな。ついていくこっちの身にもなってほしいもんだ。いつも無茶ばかりしやがって、心臓がいくつあっても足りやしねえ」
そう言う彼の横顔は、困ったように眉を下げつつも、口元はどこか楽しそうだった。
「だが…そんな奴だからこそ、俺は一緒に居る」
蓋は指を伸ばし、すやすやと眠り続ける綺羅の頬をつつく。
大したスキンケアもしていないのだが相変わらずニキビ一つないふわふわの綺麗な肌だ。
『…人間は、勝手な生き物です…この人だって、いつ心変わりをして、貴方を捨てるかわからない。それでも、着いていくことが出来るんですか?そんな不安が脳裏を過ることは、ないのですか?』
「そうだな…俺も実はあまり人間は好きじゃない」
『では、何故?』
「だが綺羅のことは好きだ」
『…まさかとは思いますが、それだけの理由で?』
ロコンは思わずふいと蓋の顔を見上げる。
「他に理由が要るか。お前こそ、常にそんなこと気にしながら周りと付き合うのか?そんなの疲れるだろ。疑ってたらキリないぜ」
『それは…そう、ですが』
「疑っていたら裏切られた時の傷は浅いかもしれないが普段から体力削られるだろ。信じていて裏切られた時のダメージは確かにデカいかも知れないが、常日頃ダメージを受ける必要はない。どっちを選ぶかは個人の自由だが、俺なら後者だ。最悪の事態を想定することは大事だが、必要ないときまで頭悩ませなくてもいいだろう」
こいつが人を裏切るなんてお頭を持っているとも思えないしな、と蓋は喉の奥でくつくつと笑う。
『どうしてそこまで…?』
「信じてるからだよ、綺羅を。少なくとも信用に値するだけの奴だ、こいつは」
に、と不敵な笑みを浮かべる蓋の顔を見て、ロコンは綺羅が眠っているベッドに背を向けた。
「なんだ、もう行くのか?」
『…人間に着いていくなど物好きのやることだ』
「はは、手厳しいな」
『僕は、元は愛玩用に育てられていました。けど、ブリーダーの都合で捨てられた。破産、だと。もう育てられないと。野生としての生き方を知らないまま野生に返された。…倒れもしますよ。食べ物をどう確保したらいいかもわからないんですから。僕があの洞窟で倒れたのは人間のせい…だから、人間に感謝はしません』
「そうか。行くなら気を付けて行けよ」
蓋に見送られながら、ロコンは静かに病室を出て行った。