翌日。
まだ傷は癒えていなかったが、腹部と肩に包帯を巻いたまま、綺羅はポケモンセンターを後にした。
重傷であることを隠すようにいつもは開けているパーカーのチャックを首元までしっかり閉めた綺羅の様子に仲間たちはヒヤヒヤ。
また彼女が無理をして、ハンサムとの約束を果たそうと躍起になるのではないかと心配していたけれど、鈴に告げた行き先はノモセシティだったので仲間たちはそっと胸を撫で下ろす。
そんな周囲の様子に綺羅は照れたように笑った。
「ハンサムさんに報告しに戻ろう。……もう、お前たちに子供扱いされたくないからな、無理はしないよ」
そういう彼女の横顔は、またどこか大人びていて。
ざわざわとした何かを抱えながらパートナーたちはボールの中に戻った。
* * *
「綺羅くん!」
ノモセシティのポケモンセンター前に到着するのと、ハンサムがポケモンセンターから出てくるのとは殆ど同時だった。
鈴の背中からゆっくりと降りてきた綺羅に駆け寄ったハンサムは、安心したように眉を下げる。
「あ、ハンサムさん。……もう大丈夫なのか?」
「お陰様で。ところで、エイチ湖には辿り着けなかったのか? 戻ってくるには随分早いが」
彼の言葉に綺羅は唇を噛んだ。
その様子に、ハンサムは何かを察したのか薄く笑みを浮かべてたった今出てきたばかりのポケモンセンターの入り口を指差す。
「何があったのか詳しく聞くよ。ここのポケモンセンター、飲食店が入っているんだ。そこでお茶でもどうかな」
その申し出を断る理由もないので、彼に続いてポケモンセンターに併設されている飲食店に足を踏み入れた。
適当に窓際の席に座ったハンサムに倣って、彼の正面に腰を下ろす。
「私はブラックコーヒーを。……綺羅くんは?」
メニューを受け取って飲み物のページを睨みつけた。
……ううむ、どうしようかな。
「じゃあ、モモンジュースで」
給仕さんが頭を下げて去っていくのをぼーっと眺めていると、正面に座っているハンサムが薄く笑みを浮かべる。
何が面白いのだろうと首を傾げると、彼は頬杖をついて喉の奥でくつくつと笑った。
「君はずっと背伸びをしているように見えたから。ジュースを注文している君が年相応の少女に見えて、なんだか可愛らしくてな」
「ハンサムさんまで……」
ぼそりと零したぼやきは彼には届かなかったらしく、相変わらず彼は楽しそうにしている。
「まあそれは置いといて。どういう状況だったのかを聞かせてくれるかい?」
「……うん」
子供扱いされていることに落ち込んでいる場合じゃない。
小さく息を吐いた綺羅は朝日に眩しそうに目を細めるハンサムに向き直った。
「エイチ湖には、行けなかったよ。霧がすごくて」
そう言いながらバッグからタウンマップを取り出し、テーブルの上に広げる。
鈴に辿ってもらったルートを指でなぞりながら、ハンサムに何があったのかを報告した。
アカギに遭遇したことは伏せて。
「そうか……最北端に君一人を送り込んだことを、後から少し後悔していたんだ。辿り着けなかったことは気にしなくていい。とにかく、何もなく帰ってきてくれてよかったよ」
報告を受けたハンサムは本当に安心したように目を細めて、綺羅の肩にそっと手を置いた。
瞬間。
「……っ」
綺羅が顔を顰めたその瞬間を、ハンサムは見逃さなかった。
椅子を立ち上がったかと思うと綺羅のパーカーに手をかけ、間髪入れずにチャックを下ろす。
「ひえ?!」
「?!」
目をまん丸くする綺羅を他所にハンサムはパーカーを剥いで、包帯まみれの彼女の体を睨みつけた。
「綺羅くん……この傷は?」
珍しく怒っている様子の彼にぽかんとしていると、腰に下げていたボールがわなわなと震えだし、蓋が原型のまま飛び出す。
バトルでも中々聞かないくらい怒りの籠もった咆哮が店内に響き渡った。
『おうゴルァなに公衆の面前でうちの愛娘を脱がしてくれてんだ沈められたいのかアァン?!』
ぐるる、と蓋に凄まれたハンサムはハッとしたように肩を揺らし、慌てて綺羅にパーカーを着せ直す。
「と、突然すまない。君が少し触れただけで顔を顰めるものだから……私に、怪我をしたことを隠しているんじゃないかと」
席に座り直したハンサムは、居心地悪そうに縮こまった。
そんな彼の真横で、蓋はずっとグルグルと威嚇をしたまま仁王立ちしている。
というか、いつの間にか仲間たちが全員飛び出して、ハンサムさんを睨みつけたまま周りを取り囲んでいた。
めっちゃガン飛ばされてる……なんかちょっと可哀想になってきたな。
「か、隠してたのは俺が悪いけど……いきなり人の服を剥ぐのはどうかと思う…………」
「そんな目で見ないでくれ……本当にすまない……」
その後、ハンサムと綺羅の様子を見ていた給仕さんにいつの間にか通報されていたらしく警察がなだれ込んできて、その場は暫く騒然としたのだった。