薄暗い遺跡の中が一瞬眩く光る。
ばち、と火花が散り、アカギは咄嗟に手を放して数歩後ずさった。
唯一の支えを失った綺羅の身体は遺跡の壁を伝って力なく地面に落ちる。
と同時に洞窟に飛び込んできたのは聞きなれた優しい声。
「綺羅ッ!!!」
自身の手を見つめて固まるアカギの脇を通り過ぎて、蓋は綺羅に駆け寄った。
小さな身体を守るように背に隠し、目の前の男を睨みつける。
「……何をした?」
「それはこっちの台詞だ。貴様、綺羅に何しやがった」
「お前には聞いていない。そこの小娘に聞いている」
"何をした"だと?
何かしたのはそっちじゃないのかと蓋は首を捻った。
しかし次の瞬間再び背後から光が漏れる。
恐る恐る振り向くと、綺羅がゆらり、とまるで幽霊のようにおぼつかない足取りで立ち上がるのが見えた。
「綺羅……?」
いつもとは違う様子……というか、初めて見るその普通とは思えない様子に蓋の心臓は一瞬動きを止める。
彼女は蓋の声掛けに応えることも、アカギの質問に答えることもなく、ただ姿勢を低く構え、人間とは思えない獲物を狩るような敵意がむき出しになった目をアカギに向けていた。
「……なんだ、貴様は」
尖った八重歯を覗かせ、喉の奥を威嚇の如く鳴らし、白目は赤く染まり、瞳孔は暗闇の中で黄金に光っている。
まるで、獣の……いや、自分達と同じ、ポケモンのように。
低く唸った綺羅は蓋の背後から飛び出した。
向かう先は、そう、目の前にいる大柄な無感情の男。
「やめろ、綺羅!」
決してアカギを庇ったわけではない。
ただ、彼女に何かを傷つけて欲しくない一心で蓋は小さな身体に覆い被さるようにして綺羅の身体を抱き込めた。
「がっは……?!」
途端、彼女に触れている部分から溢れんばかりの光と鋭い電流とが全身を駆け回る。
これまで浴びた中で一、二を争うほどの強力な痺れに蓋は顔をしかめた。
腕の中で暴れる彼女は自分の知っている彼女ではなく、自分の声が聞こえているかどうかも定かではなかったけれど、ただ只管に愛すべき自分の娘であり主人でもある彼女の名前を幾度も呼ぶ。
が、彼女は彼が腕に食い込む爪の痛みに顔を顰めるのも自身から感情と共にあふれ出る眩い痛みに苦しむのも気に留める様子はなく、薄っすらと限界を感じた蓋は相変わらず興味深そうにこちらをじいと見つめている男の顔を睨みつけた。
「貴様……ッ! 今すぐ、退け……! 立ち去れ!」
彼女に触れている部分全てから流れ込んでくる衝撃に耐えながら、今にも自分を弾き飛ばして飛び出していってしまいそうな彼女を抑え込みながら、吠える。
「……ふん。面白いやつだ。また会えるのを楽しみにしておこう」
冗談じゃない。
貴様と何度も遭遇していては俺の身が持たない。
去っていく背中にそう吐き捨て、未だに腕の中で暴れる綺羅を壁に押し付けた。
この方が幾分楽だ。
まあ痛いもんは痛いんだけど。
「綺羅……ッもういい、奴は居なくなった! 落ち着け……!」
「離せ……離せッ!」
「こンの馬鹿娘が!」
苛立たし気にそう叫び、蓋は擬人化を解いた。
こうなる前に進化しといて本当に良かった……そうでなければ彼女を止めることはできなかっただろう。
擬人化中より腕は短くなるので腕で抑えるというより全身で彼女の身体を壁に押し付けているような感じになるが致し方なし。
『まさか、自分の主人と戦うことになるとはな……』
思わず舌打ちをする。
もう自分の体力も限界だ。
できるだけ穏便に済ませたかったが視界も意識も朦朧として、死なない程度にしか手加減は出来そうにない。
『痛いだろうが、死ぬなよ、綺羅』
そうして彼は、愛すべき主人の肩に、思いきり噛みついた。