ひんやり、というか、まるで大きな氷に包まれているような、そんな感覚に綺羅は思わず自身の体をぎゅうと抱きしめる。
濃霧を殆ど無理やり突き進んだせいで散々濡れたそのままで外へ出てしまったのだから当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
降り立つときにも思ったが、本当に小さな村だ。
民家は数件しかないしそもそも外には人っ子一人見当たらない。
家々には煌々と明かりがついているので人はいるのだろうけれど……。
「ん、あった」
村をぐるりと一周見渡したその真ん中、ぽつりと立っている大きな祠。
そしてその奥にぽっかりと空いた大きな穴。
そもそもこの村は中心にある祠が立っている地面が一番低く、そこから外周をぐるりと取り囲むように崖がせり上がっており、民家やポケモンセンターはその崖の上にある。
ゆっくりと階段を下りた綺羅はなんとなくだけれど、ずっと気になっていたぽっかりと空いた大きな穴に恐る恐る足を踏み入れた。
風が遮られて湿度だけがその空間に留まっているのか体に纏わりつくような温かさを感じ、嫌な汗が頬を伝う。
あまり広くはないその空間の最奥に吸い込まれるようにして近付いた。
「……これ、は」
壁に掘られた凹凸を指先で撫でる。
三角形に並んでいる三つの生き物と、その中央で光を放っている丸い宝石のようなもの……。
自分は、これを知っている。
彼らを……知っている。
「君とは、暗い場所でばかり出会うな」
背中を撫でた低くて感情のこもっていない声に、綺羅の体は凍り付いた。
前回同様、膝から力が抜けそうになる。
恐る恐る振り向くと、思った通りの顔がそこにあった。
「相変わらず私たちギンガ団に歯向かってくるところを見ると、改心したわけではなさそうだ」
その視線は命すら取れそうなほどに冷たい。
壁に手をやり、今にも崩れ落ちそうな体を辛うじて支える。
「て、めえ……」
「年上に向かってその言い草は感心しないな。この世界が不完全であるのは君のような感情に身を委ねるだけの生き物が溢れかえっているからだとまだわからないのか?」
ゆっくりと近づいてくる影。
逃げようにも背後には壁しかなく、薄暗い空間にこの男と二人きりでいたくない衝動に駆られて心臓が今にもはち切れんばかりに早鐘を打つ。
「今更だが、私はギンガ団ボスのアカギ。私が考えた崇高な作戦がまさか君のような小娘に散々邪魔されていたとは……まあ、今のところ作戦の目的そのものを揺るがす程のものではないが。とはいえ、それなりの覚悟を持って我々に喧嘩を売ったのだろう?」
気が付けば、綺羅は男の大きな体によって追い詰められていた。
「いつもの腰ぎんちゃく共はどうした? 今日はいないのか」
「……アンタの周りに"感情に身を任せる人間"しかいなかったのは、アンタがそうやって他人を煽るからじゃねえのか?」
「ふむ。我々に喧嘩を売ってくるだけあるな。強気な姿勢は決して愚かな虚勢だけではないようだ」
大きな手の平が伸びてきて、顔を乱暴に掴まれる。
ぐいと無理やり顔を持ち上げられ射抜くような視線とかち合った。
途端、脳裏に飛び込んできたのは色褪せた"記憶のようなもの"。
『痛い……痛いよ……』
あの時自分を見下ろしていた影。
周囲から浴びせられる罵声。
自分から弾け飛んだ朱で染まった幾度と叩きつけられる靴底。
「マーズやジュピターの報告に合った通り、反抗的な良い目だ。言うことを聞かせたくなる」
やっぱり、こいつだ。
こ い つ に 殺 さ れ た 。
「折角だ、プルートにでも土産として連れ帰ってやることにしよう」
薄く持ち上げられた意地の悪い口角に綺羅の意識は闇へと葬られていった。