ポケモンには何の罪もない。
それは勿論わかっているのだけれど、ポケモンに頼り切っている以上、そのポケモンをどうにかしないと彼が諦めることはないだろう。
蓋渾身の"しねんのずつき"で瀕死に追い込まれたグレッグルを目にして、ギンガ団は膝から崩れ落ちた。
「ッくそ……!」
ぐったりとしているグレッグルを大事そうに抱きしめたギンガ団は観念したようで、その場に項垂れたまま動かない。
ゆっくりとハンサムが近づき、コートのポケットから手錠を取り出そうと目を離したその時だった。
「! ハンサムさん!」
悪あがきとばかりに光を取り戻したグレッグルの目を見て綺羅は走り出したが、遅かった。
怪しげな紫色を纏ったグレッグルの腕がハンサムの腹部に遠慮なく食い込む。
「ッぐう……?!」
ゆっくりと力なく倒れる大きな体を見て、さあっと全身の血の気が引いていくのが分かった。
人間よりも生命力が強いポケモンに対抗するための毒だ、それを一般人がまともに喰らって平気なわけがない。
慌てて逃げたギンガ団とすれ違うのも気にせずハンサムに駆け寄り、真っ青な顔を覗き込んだ。
「私のことはいい! 早く、奴を……」
「ダメだ! 死んじまうぞ!」
「行くんだ! でないと、もっと被害が……!」
荒い呼吸を繰り返すハンサムの服を無理やりたくし上げると腹部は紫色に変色していた。
血管がどくどくと脈を打っている様子にただただ焦りだけが先行する。
ポケモン用の解毒剤を飲ませるわけにもいかないし、一体どうすれば……。
「おっ、いたいた! おーい、きみ……?! どうした! なにがあった?!」
少し遠くから逞しい声が耳に飛び込んできて、振り返る。
湖畔の入り口から駆け寄ってきてくれたのはマキシだった。
倒れる男性の傍らで真っ青になって震えている綺羅の背を優しく撫でたマキシは急いで救急隊を手配し、テキパキとポケモンセンターに運ばれていくハンサムを見ながら頼もしく微笑む。
「なに、大丈夫だ。死にはしない」
「そう……です、よね」
まだ不安は拭えないが、マキシが助けに来てくれたことで幾分落ち着いた。
綺羅は深く息を吐いて頬を伝っていた汗を拭う。
「ああ、そうだ。サファリゾーン、大した被害は出なかったぞ。負傷者も殆どいない。安心していい」
「そっ……か、よかった」
思わず力が抜け、その場にへたり込んだ。
そんな綺羅を見てマキシは豪快に笑う。
「よく頑張ったな。そういえば、きみの名前を聞いていなかった。聞いてもいいか?」
「あ、そういえばそう、ですね……綺羅、といいます」
「綺羅か。いい名前だ。色々あって疲れただろう? 今日はポケモンセンターで休みなさい」
マキシの言葉を聞き終わるか終わらないか程度のタイミングで綺羅の身体は支えを失ったようにかくんと落ちた。
急なことに反応できなかったマキシに代わり、静かに寝息を立てる彼女の体を支えたのは蓋。
「うちの主人が世話になった。あとは任せてくれ」
ぺこ、と小さく頭を下げた蓋が綺羅を抱えて去っていくのを見送りながら、マキシは苦笑した。
「警戒されてるなあ……」