「おねがい、ルカリオ!」
高く放られたボールから飛び出してきたそのポケモンは、ずしんと重々しい音を立てフィールドに着地した。尾がふわふわと揺れ、鋭い眼光は対岸にいる綺羅を射抜く。挑戦的なその視線に思わずぞくりと背筋が粟立ち、口角が上がった。
それに対抗するように鈴も羽の音を響かせながらフィールドに降り立つ。
自分を鼓舞するように咆哮を轟かせた彼の脚は小刻みに震えていた。
『あっはは……ここ結構ヤバいかも』
他のパートナー達が戦っているのをフィールドの外から眺めるのと、実際にフィールドに立つのとでは緊張感が桁違いだ。
実際、他のパートナー達も自分も、ポケモンバトルの初戦よりもジムの初戦の方が何倍も怖かった。
「鈴」
『綺羅、ちゃん』
「大丈夫だ。一人じゃない」
ずりずりと手が届く範囲まで後ずさってきた背を撫でると震えが指先から伝わってきて、思わず自分まで緊張してしまいそうになる。
「……負けるのは怖いことじゃない」
自分にも言い聞かせるように沢山酸素を吸いこんで、吐き出した。
ぴたりと、鈴の震えが鳴りを潜める。
「負けたからって終わりじゃない。これからどうしたらいいか、それを教えてくれる。だからそんなに緊張しなくていい」
彼の背に生えた翼が身震いするように羽ばたく。
まあるい身体がふわりと浮いた。
粉塵が周囲を舞う。
「だから安心しろ。一緒に戦おう」
『……うんっ』
ぴしりと伸びた背を押してやると彼はふいとこちらに振り向き、安心したように目を細めた。
こちらの様子を伺ってくれていた審判にそっと視線を送ると小さく頷き旗がばさりと音を立てて降りていく。
「鈴、"でんじは"!」
先手必勝。
彼の身体から放たれた雷は寸分の狂いもなく宙を進んでいくが、それは相手を貫くことなく地面に当たって四散した。
はじけ飛んだそれが顔の横すれすれを通り抜けていく。
「ッ上だ!横に転がれ!」
「逃がしませんよ!"ドレインパンチ"!」
彼の上に掛かる影が大きくなるのをだが見ることしかできない自分がもどかしい。
だが鈴は指示通り横に転がって相手の攻撃を避けてくれた。
「"アクアテール"!!」
その隙を狙い、転がった勢いそのまま相手に尾を叩きつける。水滴が飛び散り天井から落ちてくる光に反射されて煌めいた。
鈴の尾を何て事無く片手で受け止めたルカリオは自分よりも一メートル以上大きい生き物を見上げる。
「ルカリオ、"はっけい"です!」
尾を弾き飛ばしたルカリオは勢いそのまま両手を鈴の腹部に押し付けた。
『っがふ……?!』
彼の口元からは空気が溢れ、巨体が背後に弾き飛ばされる。彼の身体が転がり、綺麗な橙色が砂に塗れてくすんだ。
「畳みかけますよ!"ドレインパンチ"!」
「鈴ッ!!」
淡い光を纏った拳が鈴目掛けて飛んでくる。
名を呼ぶと、その黒い瞳と目が合った。
彼の口角がそっと上がる。
「"でんじは"!!」
限りなく敵意を持ったそれが彼にギリギリ触れていないだろうという距離。
その距離で彼の身体から眩い光が放たれ、ルカリオの黒い拳から全身へと広がった。
その身体はびくりと震え、耐えかねたように膝をつく。
「ルカリオ……っ!」
「お返しだ!"ドラゴンダイブ"!!」
綺羅の言葉で天井擦れ擦れまで飛び上がった彼は膝をついているルカリオ目掛けて急降下。
轟音と共にフィールド内は粉塵に包まれた。
一足早く、粉塵をかき分けて鈴が綺羅の傍へと戻ってくる。
「鈴っ」
『まだ終わってないよ、綺羅ちゃん』
駆け出しそうになった彼女を手で制し、鈴は粉塵の向こうでゆらりと持ち上がった影を睨みつけた。
「……倒しきれなかったか」
タイプ相性が良くないことはわかっていたが、まさかここまで固いとは。
粉塵が晴れた先にいるルカリオの奥で楽しそうに笑みを浮かべているスモモと目が合った。
「ふふ。効果が薄いタイプの技でルカリオの体力をここまで削ってしまうなんて、本当に素敵」
彼女はそう言って柔らかそうな頬に刻まれた笑みを深くしていく。
「綺羅さん。全力でぶつかってきてください。あたしも、全力で向かい打ちます!」
正々堂々としたその態度。格闘家を名乗る彼女らしいバトルスタイルだった。
「望むところだ。鈴、"ドラゴンダイブ"!!」
「ルカリオ、"はっけい"!!」
二匹の咆哮がびりびりと響く。再びフィールドを爆音と粉塵が包み込んだ。