「先ほどの突き、お見事でした!」
ハンサムと別れてジムに足を踏み入れ、ジムリーダーと対面して彼女が発した第一声がそれだった。
薄桃色の髪を短く切りそろえた彼女の鼻にはボーイッシュに絆創膏が貼ってある。
ノースリーブにジャージという動きやすそうな格好の彼女は綺羅の手を取ると上下にぶんぶんと振った。
「貴方は何か武道を嗜んでおられるのですか?! もし良ければ流派など教えて頂けると…!!」
「あ、えっと…武道は特に…独学っていうか。それより、見てたんだ、さっきの」
エネルギッシュな彼女に若干気圧されながらもその目を見つめ返す。
「独学?! 独学であの真っ直ぐな鋭い突き…貴方、只者ではありませんね…!! ポケモンバトルだけとは言わず是非手合わせもお願いしたいところですが…そうもいきませんよね」
「あ、あはは…流石に格闘家さんとリアルファイトは遠慮したいね……」
勝てる見込みが無さすぎる、と呟くと彼女は残念そうに眉を下げた。その様子がなんだか申し訳ないけれど、まだまだこの旅には先がある。あまり怪我はしたくない。
「また今度、また今度来るから、そのときに、ね」
「ほ、本当ですか?! それは楽しみですっ!! では早速、ポケモンバトルを開始しましょう!」
彼女は嬉しそうに飛び跳ねると自分のフィールドへと走っていった。
元気だなあ…。
「まずはこの子です!アサナン!」
ボールが彼女の手から勢いよく飛び出し、同じような勢いでアサナンが飛び出してくる。
その様子を見てまだ入り口付近に居た審判が慌てて審判台へと登った。
「行くぞ、蓋!!」
『任せろ』
ずしん、とボールから出てきた彼はフィールドを重々しく踏みつける。
少し遠くに居るスモモは驚いたような表情を浮かべ、それから楽しそうに笑みを浮かべた。
「貴方とはすっごく素敵なバトルが出来そう!」
そう言い、審判を見やる。
視線を向けられた審判はこくりと頷き、手に持った旗を振り上げる。
「これより、ジムリーダー・スモモ対挑戦者のジムバトルを開始します!それでは、はじめ!」
審判がそう言うと殆ど同時。
相手が動いた。
「アサナン、"ねこだまし"!!」
「?!」
アサナンは目で追えないほどのスピードで蓋の間合いに飛び込むと、彼の深紅の瞳の目の前で両手を打ち鳴らす。
攻撃に備えて構えていた蓋の身体はほんの一瞬、数値としては一秒もないくらいの短い時間、動きを止めただけだった。だが。
「ドレインパンチ!!」
彼女に攻撃の隙を与えるには十分な時間だった。
動きを止めた蓋の腹部に相手のドレインパンチが食い込み、彼の決して軽くない身体が綺羅の足元まで吹き飛ばされる。
『ッが、は…!! ぐ、う…』
「蓋ッ!!」
駆け寄りそうになる身体を抑え込み、ふらふらと立ち上がった蓋を見つめた。
「岩タイプに格闘タイプは相当効いたんじゃないですか?貴方、強そうなので先手必勝です!アサナン、もう一度"ドレインパンチ"!」
「っく…!!! 蓋…っ」
彼は転がるようにしてギリギリ相手の攻撃を避ける。
避けられると思わなかったのかアサナンは目を見開き動きを止めた。
「ッ"がんせきふうじ"!!」
『食らえ…!』
蓋の周辺に巨大な岩が浮き上がり、彼が腕を振り下げると岩は一直線にアサナン目掛けて飛び込んでいく。
大きな音と共にアサナンの身体を押しつぶすようにぎち、と音を立てた。だが、その岩はすぐに浮き上がり粉砕される。
アサナンが元気よく立ち上がったところを見ると大したダメージは見込めなさそうだ。
「お返しです!! "ねんりき"ッ!!」
その指示が飛ぶと同時に蓋の身体を淡い光が包みこみ、指先がフィールドを離れる。
天井にぶつかってしまうのではないかと思う程の高さまで彼の身体は持ち上がっていき、
「"ドレインパンチ"!!」
それと同時にフィールドへ真っ逆さまに落ちていく。それを追いかけ、アサナンは大きく飛び上がった。
淡く光りを纏う拳を構え、その目は勝利を確信しているようにも見える。
ここで終わるわけにはいかない。
真っ逆さまの彼の瞳と目が合った。ゆっくりと瞬きをするその深紅は、まだ諦めてなどいない。
「…"がんせきふうじ"」
ふわり、と落ちている彼の周りに岩が持ち上がった。
「無駄です!アサナン、砕いて!」
スモモの指示通りアサナンは握りしめた拳で持ち上がっている岩を砕いていく。
だが。
「いまだ、蓋!"しねんのずつき"!!!」
岩を砕いた反動で少し体勢を崩したアサナンの懐に、宙を舞う岩を蹴って飛び込んだ。
その腹部に先ほどのお返しとばかりに頭からめり込む。
「なっ…アサナン…!!」
アサナンの身体は数度回転し、フィールドにその身を打ち付けた。
砂埃が舞い上がる。
それを追い、蓋もフィールドに着地した。
『がっは…はあ…っ、は、』
砂埃が晴れたその中、アサナンの身体は砂に塗れている。
だが起き上がる様子を見ると仕留めるには少し足りなかったようだ。一方の蓋はもう殆ど満身創痍。
「やりましたね…!でも負けません!"ドレインパンチ"!!」
もう一度あれを食らったらきっと耐えられない。
だが、ふらふらと覚束ない足取りの彼に避けられるだろうか。
『いや…避ける必要はないぜ、相棒』
腹部を押さえた彼の口角がにたりと上がる。
途端、彼の身体を眩い光が包んだ。
「?! アサナン、一旦下がって!」
彼を纏った光は強くなっていき、大きくなっていく。
ぶわりと強風が吹き始め周囲をもう一度砂埃が持ち上がり視界を遮った。思わず視界を手で覆い、隠す。
次の瞬間、腹の底から響くような咆哮がびりびりと空間を揺らした。
『綺羅』
「…ッ"しねんのずつき"!!!」
名を呼ばれ、弾かれたように叫ぶ。
未だ晴れていない砂埃の向こうからフィールドを揺らしながら淡い光が飛び出してきた。その光は真っ直ぐアサナンへと向かっていく。
「あ、アサナン避けてっ!」
スモモが叫ぶがもう間に合わない。
アサナンの身体は大きく飛ばされスモモの背後の壁に叩きつけられた。ずるり、と滑り落ちたアサナンの瞳は、回っている。
「アサナン戦闘不能!ズガイドス…じゃなくって、ラムパルドの勝ち!!」
ばさりと旗が持ち上がった。
途端、蓋はくるりと振り向きゆっくりとこちらに近づいてくる。
『言ったろ、避ける必要はないって』
「…はは。随分でかくなったな、お前」
今まで原形では自分の胸元くらいまでのサイズだったのだが、見上げることになってしまった赤い瞳を見つめた。
彼は目をそっと細め、少しだけ屈んで頬に鼻先を擦りつけてくる。その首を撫でてやると喉の奥がごろごろと鳴った。
「ありがとな、蓋」
『お安い御用だ』
彼をボールに戻し、そっと前を見据えるとアサナンをボールに戻したらしいスモモと目が合う。
「まさかバトル中に進化しちゃうなんて予想外でした。思った通り、貴方は強いですね…!! でも次は負けません!」
そういい、彼女はボールを別の取り出して口角を上げた。