「ムウマージ、"あやしいひかり"!」
天井に設置されたスポットライトは眩しいくらいにジム内全体を照らしている。
少し遠くに居るメリッサのアイシャドウの色すらわかるほどに、その空間は眩かった。
そんな中に放たれた怪しげな不安を誘う光は覚束なく宙を漂い、瞼を刺すような光を突然放ち、思わず目を瞑る。
『くっ……頭が、痛ぇ……っ』
ムウマージが放った"あやしいひかり"は目を瞑っても目の前がちかちかしてしまう程に強力だった。
脳みその奥がぐらぐらと揺れる。
トレーナーですらこれなのだから、陽葉は一体どれほどの不快感を味わっているのだろう。
「うふふ。一気に行きマスヨ! "シャドーボール"!」
魔女を彷彿とさせるその姿がくるりとその場で回転するとそこに闇を孕んだ黒いボールが浮かび、フィールド上で苦しむ陽葉の腹部にめり込んだ。
がふ、と空気が抜ける音が聞こえる。
決して軽くはないはずの彼のその身は弾き飛ばされ、綺羅の足元まで転がってきた。
「陽葉ッ!」
『がっ、は……』
彼はその身を起こすことも出来ないまま荒く息を吐いている。
攻撃をする暇を与えてくれないほど激しい攻めに思わず唇を噛んだ。
「今が好機!」
このまま攻められたら陽葉の体力が持たない。
なんとかして突破口を見つけなければ。
だが、先ほどから相手はふらふらふわふわと不規則に動くものだから攻撃が当たらない。
当たったとしても掠る程度で大したダメージは見込めそうになかった。
「くっ…どうすれば……!!」
メリッサがぱちんと指を鳴らすと室内を煌々と照らしていたライトが落ち、暗闇が訪れる。
「?!」
「ウフフ。派手にいきまショウ。いい演出でしょう?」
数秒の沈黙の後、たった二つのスポットライトがムウマージと陽葉とを照らした。
これまでよりも強い光に陽葉の背中がきらきらと輝いている。
「これで終わりでス!"サイケこうせん"!」
「…ッ!!」
ここしかない。
「陽葉、"ソーラービーム"!」
『ッ!! ……綺羅、やっぱお前すげぇよ!』
ムウマージの"サイケこうせん"が放たれると同時に、陽葉もその口から淡い緑色の光線を吐き出した。
あまり太くはなかった"サイケこうせん"は陽葉の全力の"ソーラービーム"にかき消され、ムウマージの身体を包み込む。
「な……む、ムウマージ!」
ぐらりとその身体が傾いた。
「陽葉! 決めろ、"かみつく"!」
『終わりだッ…!!』
陽葉は身軽に飛び上がり、ムウマージの首筋に勢いそのまま噛みついた。
ぎち、と肉が軋む音が聞こえる。
彼はそのまま何度か回転するとムウマージを投げ飛ばした。
「ムウマージ…!」
砂埃を上げながら紫色の身体は地面を滑り、砂に塗れたドレスはメリッサの足元に転がる。
力なく放られたムウマージは目を回して力を失った。
「ムウマージ戦闘不能! よって勝者、挑戦者!!」
旗の先がこちらに向けられる。
と同時にぞくぞくしたものが背中を駆け巡った。
『綺羅っ』
下方からそう声を掛けられ肩が震える。
いつのまにか足元に来ていたらしい陽葉がこちらを見上げていた。
上目遣いの目はきらきらと輝いていて、褒められるのを待っているようだった。
「陽葉、お疲れ。ありがとうな」
『へへっ。綺羅、指示、めっちゃ良かったぜ』
その時、かつん、とヒールの音が聞こえる。
音のした方に目を向けるとメリッサがこちらへ歩いてきていた。
「ああ、失敗してしまいまシタ。最後のパフォーマンスは悪手でしたネ」
彼女は眉を下げながらそう言う。
「盲点でシタ。まさか、"スポットライトでソーラービームのチャージが短縮できる"なんテ」
「俺も最初は思いもしませんでした。でも、こいつが光ってるのを見て気づいたんです」
「素晴らしいバトルでシタ。私が見込んだ通り」
目の前にきらりと光る何かが差し出された。
白い手袋の上でライトを浴びて煌めくそれをそっと受け取る。
「レリックバッジ。スペルでいえば"relic"…こちらの言葉で言うと"遺産、遺品"などという意味になりマス。誰かが遺したもの、というイメージですネ。アナタとのバトルは確かにこのジムに、なにより私の胸に刻まれマシタ。これからの出会いがいいものになるよう、祈っていマス」
「……ありがとうございます、メリッサさん」
そっと胸のあたりでバッジを握りしめると、メリッサはにこりと微笑んだ。
「それから、もし気が向いたらコンテストもまた出てみてくだサイ。何度かやってみたら、ハマるかもしれないですヨ」