「よく来てくれマシタ!私、待ち焦がれていまシタよ!」
そう言って、彼女はくるりと回った。
昨日も身に纏っていた深い紫色の裾がふわりと舞い、天井から落ちるスポットライトをばら撒く。
この高揚感。
思わず火照って熱がこもる唇を舐めた。
「さあ、早くバトルを始めまショウ!もう待ちきれまセン!」
「…俺も、待ちきれないですよ」
同じスポットライトでも昨日コンテスト会場で浴びたものと今自分がバトルフィールドに立って浴びているものとは毛色も気の持ちようも、何もかもが違う。
決して楽しくなかったわけではないのだけれど、あの広いホールの真ん中に立たされた時の緊張感は心臓がいくらあっても足りないと思ってしまうほどに大きかった。
あの時感じた、向いていないという感想は間違っていないだろう。
コンテスト審査員の人たちには申し訳ないが、あの会場よりも今、たった今、ジムリーダーと審判と自分しかいないこのひんやりとした空間が、たまらなく心地よい。
「それでは、これよりヨスガシティジムリーダー対挑戦者のバトルを開始します!」
鼓動が高鳴る。
程よい緊張感とこれから起こるであろう衝突に、思わず口角が持ち上がった。
「両者、ポケモンを!」
「いきマスヨ、ヨマワル!」
「勝つぞ、魅雷」
『初ジム戦!負けねえぞー!』
頼りがいのある黄色い背中。
視線を感じたのか振り向いた魅雷と目が合った。
「……やっぱこっちのが楽しいよ」
『はは。そうっぽいな』
審判が両旗を振り下げる。
「ヨマワル、"おにび"!」
メリッサがそう指示すると同時に、ヨマワルの骸骨のような模様の向こうにある、薄紫色の光がぎょろりと動いた。
同時にヨマワルを取り囲むように淡い炎が幾つも宙に浮かぶ。
「撃たせるな! "スパーク"!」
『どりゃあッ』
それを打ち消そうと魅雷が雷を纏いながら相手に突っ込んだ。
魅雷より何まわりも小さいその身体は簡単に吹き飛んだが、魅雷の脇腹には火傷が残る。
『ぐ……っ』
「間に合わなかったか…!」
「oh……アナタ、すっごく早いですネ! でも、こちらも負けてないデスヨ! "かげうち"!」
壁際まで飛ばされていたヨマワルはふわふわとフィールドまで戻ってくると、そのままフィールドの地面に溶けるように吸い込まれていった。
『消えた?!』
「魅雷、影だ!」
『影? ぐあっ!』
魅雷の足元、スポットライトを浴びて背後に伸びた影が持ち上がり、影の持ち主の背中を抉る。
黄色い背中には爪痕がくっきりと残り、その身体は前につんのめった。
「魅雷!」
「うふふ……ヨマワル、もう一度!"かげうち"!」
ヨマワルは攻撃するタイミング以外はずっと室内にできた影の中を転々としている。
そして隙をついては魅雷の身体に傷をつけていった。
火傷のダメージも蓄積しているだろうし、長期戦に持ち込まれたら勝ち目はない。
「さて、そろそろトドメですヨ! ヨマワル!」
「させるか…ッ! 魅雷、"ほうでん"!」
『ちまちま攻撃しやがって…! 喰らえッ!』
魅雷の身体から放たれた閃光はフィールドにできていた殆どの影を消し去った。
ただ一つ、彼の足元に残った小さな影だけを残して。
「甘いデスヨ、ヨマワルはどれだけ小さな影でもその中に潜むことが出来る……!」
「魅雷、そこだ! 地面に向かって"アイアンテール"!」
「なっ…シマッタ! ヨマワル、逃げて!」
銀色に硬化した長い尾を魅雷は力いっぱい自分の足元に叩きつける。
フィールドに亀裂が入り、ヨマワルの小さな体は地面から溢れるように飛び出して宙を舞った。
「"ほうでん"!」
『これで、終わりだあッ!』
眩い光に思わず目を瞑る。
瞼の向こうで閃光が止むと同時に目を開けると、フィールドにその身を放っているヨマワルと、その傍らに立っている魅雷の背中とが目に飛び込んできた。
「ヨマワル、戦闘不能! デンリュウの勝ち!」
審判が持った旗の先がこちらに向けられる。
と同時に駆け寄ってきた魅雷の背中に腕を回した。
『勝った勝った! やったー!』
「頑張ってくれてありがとな、魅雷。火傷、大丈夫か?」
『ちょっとジンジンするけど全然平気だぜ!』
「とりあえず火傷だけでも直すからな。こっち向いて」
魅雷はお利口にちょっとだけ姿勢を低く構えると火傷の傷をこちらに向ける。
見ているだけでこちらまで背筋が寒くなるほどに赤くなった患部に"やけどなおし"をそっと塗りつける。
『おお、ひんやりして気持ちい』
「これでよし。終わるまで待てそうか? きつくなったらすぐ言えよ」
『大丈夫だぜ! ちゃんと待ってる!』
「うん。良い子。ちょっと待っててな」
彼の頭をそっと撫で、ボールに戻した。
「それでは次にいきまショウか」
フィールドの向こうにいる彼女はどこか嬉しそうに微笑み、手にしていたボールを高く高く放る。
そこから現れたのはパートナーであるメリッサのドレスとお揃いの紫色の身体を持っているポケモン。
「まだ負けてないデス。ね、ムウマージ」
主人を真似るようにゆらゆらとその身を揺らしているムウマージ。
その度ひらりひらりとドレスの裾が翻る。
「行くぜ、陽葉」
『任せろ!』
視界の端でばさりと旗が揺れた。