「……それで? 夢を見て、気が付いたら出来るようになっていた、と」
「おう」
嬉しそうにそう言う陽葉に、蓋は頭を抱える。
ところ変わってクロガネシティ。
ハクタイシティから東へ進むとテンガン山というシンオウ地方最大級の山が聳え立っている。
最短ルートを通るのであればその山を抜けるのが一番良いのだが、地盤が緩いのか山内の損傷が激しく巨大な岩が行く手を遮ったのだった。
どうしようかと頭を抱えていたところ登山中の男性が、クロガネシティにもテンガン山の入り口があり、そこから目的地であったカンナギタウンに繋がっている、と教えてくれた。
その情報をもとに一度クロガネシティへ戻っている、現在。
暇だったので擬人化できるようになった経緯を何故かずっと隣を歩く陽葉から聞いていた。
「なんかそう言われたらそんな夢を見たような気もしてくる…けど、ぼんやりとしか覚えてないなあ」
「覚えてなくていいさ。本当に俺だけが見た夢の可能性の方が高いしな」
きゅ、と指先を握られる。
蓋よりも柔らかいが、しっかりとした自分よりも大きな手に一瞬肩が跳ねた。
「陽葉、あまり調子に乗るな。俺の目の黒いうちは好き勝手させないからな」
「蓋の目は真っ赤じゃん」
「そうだそうだー」
「お前らに国語を叩き込んでやろうか」
普段ならボールの中でのんびりしている蓋も、陽葉に対抗してかずっと外を歩きっぱなしだ。
「お前らー。そろそろ山道に入るから戻れ戻れー」
なにやら不機嫌そうな蓋と相変わらずにこにこと嬉しそうな陽葉とをボールに戻し、登山中の男性が教えてくれたテンガン山の入り口を見上げる。
山頂は分厚い雲に覆われており、途中までしかその姿は見えないが、無骨な岩肌はまるで来るものすべてを拒んでいるようだった。
生唾を飲み込み、そろりとその中に足を踏み入れる。
「君は世界の始まりを知っているか」
「ッ??!!!」
山内に足を踏み入れてから数十分歩いたぐらいだろうか。
突然男性にそう声を掛けられた。
何の前触れもなく、だ。
不審者かと身構えるがその男性は一定の距離を保ったままこちらに近付こうとはしてこない。
「このテンガン山はシンオウ地方の始まりの場所…そういった説もあるそうだ」
一体誰に話しかけているのだろう。
そう思い周囲を見渡してみるが周辺には人っ子一人居なかった。
「出来たばかりの世界では争いごとなどなかったはず。だがどうだ?」
ずらされていた目線がこちらをしっかりと捉える。
三白眼に射貫かれ、太腿が凍った。
「人々の心というのは不完全であるため、皆争い、世界はダメになっている。愚かな話だ」
彼は自分のすぐ横を通り抜け、いま綺羅が入って来た山道の入口へと向かって歩き出す。
振り向くこともできないまま遠くなっていくその声が脳髄を揺らした。
「そして、君ほど愚かな人間を、私は知らない」
かくん、と。
膝から力が抜け、ろくに整地されていない山の中でしゃがみこむ。
「綺羅ッ」
咄嗟に蓋が飛び出し、支えを失ったからくり人形のように力なく沈んだ綺羅の身体を支えた。
遅れてパートナー達が次々飛び出す。
視界がぐらつき、嫌悪感が肺を圧迫する。
「綺羅!綺羅、おい!しっかりしろ!どうした?! 何をされた?!」
「野郎ッ!!」
「待て、陽葉!綺羅を助けるのが先だ!早まるな!」
「いまの…知ってる……どこ、で……?」
うまく呼吸ができない。
眼球の奥で今まで何度か夢の中で見た記憶が流れる。
痛み、怒号、血の味……そして、自分を見下すあの目。
「綺羅さん?!」
視界の隅っこに、懐かしい顔が映った。
短く切りそろえられた黒髪の奥にある眉が心配そうに下がっている。
「……コウキくん?」
「ええ。僕です。落ち着いて、ゆっくりでいいので、呼吸をしてください」
久しぶりに彼と再会した驚きからか瞼の裏を駆け巡っていた記憶は奥に引っ込み、呼吸が落ち着いた。
パートナー達の顔を見回す。
「ごめん、ありがと」
「いえ。なにがあったんですか?」
「…大丈夫。なんでもないよ」
心配そうに差し出された彼の手を取り、立ち上がった。
頭を振り、じんわりと残った頭痛を追い払う。
「綺羅…」
「そんな顔すんなよ、蓋。大丈夫だ。ほら、この通り。な? 皆もごめん、心配かけて。もう大丈夫だから」
苦い顔をする仲間たちに何とかボールに戻ってもらい、コウキと共に山内を歩き出した。